1.お母さん
私の名前は町田ユウ。この4月から中学生をやってます。
お父さんはいなくて、お母さんが1人。ついでに言えば、お父さんもどきが1人いる。
「ユウ! ユウ!」
隣の部屋から聞こえてくる、ガラガラ声のこの人がお母さん。髪はふわふわの金髪なくせして「不良なんかになっちゃダメ」というのが口癖。大人はおかしい。
「お母さんね、今から仕事行ってくるから、鍵しめといてね」
「はーい」
「もうっ。お菓子食べながら返事なんかして。子供はいいわよね、呑気で!」
お母さんは飲み屋で働いていて、いつも夕方には機嫌悪そうに家を出て行く。長いスカートをヒラヒラさせて、それで、上のシャツはピッタリとくっついていて。自分の母親ながら綺麗だと思う。
私は誰に似たんだろう?
目は小さいし、鼻も上むいてるし、顔もまん丸でお母さんには似ても似つかない。私が小さい時に別れたお父さんに似てるのかもしれない。けど、お父さんの写真は全然ないから分かんない。
お母さんみたいに、綺麗だったら良かったのに。一度、お母さんに聞いてみた。
「私ってお父さん似?」って。
「違うわよ」
「じゃぁ、お母さん整形したの?」
そう言ったら「仕事行く前にくだらない質問しないでよ」って凄く嫌そうに答えてきた。やっぱ、お母さんのそういう所が嫌い。顔以外はぜーんぶ嫌い。
言い忘れたけど、お母さんに似ているところもある。
ふわふわの髪。
私は結構気にいってる。
お父さんもどきについて。
この人はつい最近まで、居候だと思ってた。真面目そうな顔で、時々ごはんをよばれに来る。風呂まで入り泊まっていく。そしてお母さんのことを「由梨さん」と他人行儀で呼ぶ。お母さんはこの人のことを「あの」とか「その」で呼んでいる。
この人がお母さんと付き合っているとわかったのは、中学生になってから。今まで気が付かなかった自分も自分だけど、この人の話を友達にしたら、「それ、お母さんの彼氏なんじゃないの?」ってバカにされた。
お父さんもどきは根暗で、全然格好よくない。どうせ付き合うなら、マッチみたいな人と付き合えばいいのに。しかも、私にまで敬語を使って、どうかしてる。だから、あまり話してあげないんだ。
お母さんが出て行くと、私は鍵をかける役目。
「火事になるから火は使わないで」といつも言う癖に、夕ごはんはボンカレーしか用意してない。
だから、内緒でガスコンロに火をつけて、コトコトあっためる。お腹が空くから、玉子焼きだって上手に焼けるようになったし、チャーハンだって作れる。
いいお嫁さんになれるかも、なんて。
私の家はアパートの2階。夜はお母さんがいないので、小さい頃は怖かったけど、もう慣れた。ベストテンやドラマだって見放題。誰にも文句言われないなんて最高。寂しくなったら、友達の家に電話すればいいし、結構今の生活が気に入っている……かも。
「お母さん! 何で起こしてくれなかったのー」
時計は8時を指している。
夜中まで、テレビを見てたから遅刻寸前。寝ているお母さんに向かって文句を言うけど「うっさい」っていう返事。本当に、普通の家庭っていうのに憧れる。
ユウちゃん起きなさい。ごはんよ。
起きたら、トーストと目玉焼きと、私の好きなプリンが並んでいて、というのが私の理想。
妄想はこのくらいにして、何も食べず学校まで走る。飴をつかめるだけ持ってポケットに入れる。お腹が空いたらなめる。
これが私の朝の光景。え? 早寝して早起きしたらいいじゃんかって? 無理無理。昔っから夜型なんだ。私。
「遅ーい」
校門の前で、生活指導の山田につかまる。何故か、手には竹刀を持って仁王立ちしている。生徒をいびる事が、山田の生きがいなんだと思う。
「すみません。寝坊しちゃって」
頭を下げると、セーラー服の胸ポケットに忍ばせておいた飴がポロポロっとこぼれた。
「町田、だったな。1年のくせにたるんどるな。ちょっと職員室に来い」
「えー、でも。朝の会はじまっちゃいます」
「いいから来い」
山田は廊下を歩くとき、威嚇するように竹刀をバンバンと廊下に打ちつけながら進む。四角い顔、七三に分けた髪。太いまゆげ。
途中、上級生とすれ違いジロジロと見られる。
「あいつ、何やったんだよ」
3年生の翔子先輩だ。床すれすれのスカートにパーマ。不良少女と呼ばれてに出てくる人みたいだ。うちの中学校では翔子先輩を知らない人はいない。
山田は翔子先輩には何も言わず、どんどん職員室に私を連れていく。
私、何も悪いことしてないのに。翔子先輩の服装の方が問題あるんじゃない?
山田先生、何で注意しないの?
大人は不思議だ。
ガラガラガラ
山田は大げさに職員室のドアを開けた。担任をしていない先生が3人くらいいて、こっちをじろじろ見ている。その中を通って、校長室の横にある応接間に連れていかれた。
山田は茶色いビニール張りのソファーに腰掛けると、足を広げて偉そうに言った。
「お前、この前から遅刻寸前だな」
「はい。あの。お母さんが」
夜の仕事と言いかけてやめた。何も知らない小学生のとき、茜っていう友達の家にいっていてお母さんの話をしたら、次の日から、茜は話もしてくれないようになった。
中学になって一緒のクラスになってから「あの時はごめん。お母さんがユウとは付き合っちゃダメだって言ったから」って謝ってくれたけど、ショックだった。きっと私が茜に傷つく事を言って怒らせてしまったんだ、って今まで思ってたのに。まさか話してくれない理由が、私のお母さんにあったとは思ってもいなかった。
だから言わないことにした。
「お母さんが? 起こしてくれなかったでもいいたいのか。もう中学生だろ。しっかりしろ」
バンッと竹刀が床を叩いたので、私はビックリしてしまった。山田は驚いている私の顔を見て満足気な表情をしている。
「それからー」
山田は必要以上に大声を張り上げた。
「髪、染めてるのか? やけに茶色いじゃないか」
「地毛です」
「地毛なんて言葉知ってんのか! そんな事言う奴に限って染めてんだよ」
なんか、ドラマみたい。この先、髪の毛つかまれて殴られるのかな? 私。
ガラガラガラッ
救世主がやって来た。
「ま、町田さん。どうしたの?」
担任の森あや子先生。顔は、菊池桃子と斉藤由紀を足して、んーと、とにかく可愛い感じ。私の代わりに必死に山田に頭を下げてくれている。
「森君。もうちょっと生徒に厳しくしないと、なめられますよ!」
「すみません。私からも言って聞かせますので、もうよろしいでしょうか?」
「それと、町田の髪の毛、茶色いから親御さんに電話しておいた方がいいな。あー、そうだそうだ。学校に飴を持ってきたことも言っといてくださいよ」
「は、はい。わかりました」
あや子先生は私の腕を優しく握って、職員室から救出してくれた。
「先生、ありがとう」
「今度から、きちんとしてね」
「うん」
先生に連れられて、教室に入った。朝の会の途中だったらしく、全員がこちらをジロジロ見る。なんか、やだなぁ。この感じ。
「おい、ブス! 何やったんだよ」
クラスの格好つけの慎也が口火を切った。学制服の下に赤いTシャツを着て、わざとみんなに見せているようだ。もちろん、制服の袖もクルクルと折っていて、アイドルの真似をしてるみたい。それなのに、一歩教室から出ると、袖も几帳面に元に戻して、しかも襟もしっかり留めて、赤いTシャツがみえないようにしている事をみんな知ってる。
小心者の格好つけ。
そんな男子のことはどうでもいいので、さっさと席に着いた。
「何だよシカトする気か? ブス」
「やめなさい。町田さんは少し遅刻しただけです」
あや子先生はコホンと咳払いした。白いブラウス、黄色のカーディガン。フレアースカート。男子の中でもあや子先生に憧れている人はいるみたいだ。
こんな人がお母さんだったらな。
そんな事を思った。




