10.逃走
しばらく話に入れずに1人空を眺めた。キラキラと輝く星。ちっちゃい頃に、おじいちゃんとかぶと虫を採りに行った時に見た星に似ていた。おじいちゃん達と母は仲があまり良くないみたいで、私が小学校にあがった時くらいから遊びには行っていない。毎年贈られてきた誕生日プレゼントも、中学校に入ってからは届かなくなった。きっと母は愛情を受けて育ってないから、私にも冷たいんだってつい思ってしまう。
ーーー動物園の動物は赤んぼの育て方も分からなくて育児放棄することもあるのよー
遠足で動物園に行った時、飼育係りの人が言った台詞をなぜだかよく思い出す。
「ユウ、何だよ。おなか空いたんか?」
翔子さんが心配して声をかけてくれた。
「ううん、だいじょうぶ」
「大丈夫じゃねぇよ。絶対おなか空いてる顔だって。バカだなァ遠慮すんなって」
翔子さんは勝手にいろいろと解釈をして、とうとう食べ物を買いに行く話に発展した。
「やっちゃん。車出してくんない?」
「何だよ、着いたばっかだぜ。そうだ、ヒロシ! お前めし買いに連れてってやれよっ。ついでに俺にもジャムパン買って来てくれ」
「えぇージャムパンっすか。お子ちゃまですねぇ、やすさん。やすさんが車貸してくれるんだったら俺行きますけど」
「ぶつけんなよ!」
そう言ってやすさんは車の鍵をヒロシさんに向けてポーンッと放った。
「あ、痛ぇっ。この野郎っ! やす」
運悪くハルさんの額に鍵が命中した。命中したと同時にハルさんはボコッと瞬時にやすさんに駆け寄り彼のお腹を捕らえていた。
「くっ……お前っ」
「ちょっ、ハルさんやり過ぎっす」
ヒロシさんが止めに入った。他のメンバーは、またいつもの事だと言わんばかりに冷ややかに見つめていたが、とても高校生には見えない髭のマブさんにいたっては、タバコをふかしながら咳き込むほどゲラゲラと大笑いをし始めた。
「おあいこじゃんっ」
ハルさんは悪びれた様子も無く言い放った。やすさんはかなり痛そうにしている。
「連れてってやるよ」
ハルさんが来いって目で合図をした。切れ長の綺麗な目だと思った。
「お前襲うなよ」
他のメンバーが囃し立てるのを一蹴するようにハルさんは言った。
「こんなガキ襲うかよ」
もっと違う表現でも良かったのに。ハルさんの言葉に軽くショックを受けた。
「ふり落とされんなよ」
バイクが走りだすと、私の背中ごしにからかうようなやすさんの声が響いた。
意外にもハルさんはゆっくりと走ってくれていた。後ろから追い抜かしていく車を眺めながら風が流れるのを感じた。
夜の景色、夜の風、そしてハルさんの髪の香り。ハルさんの腰に手を当てて後ろに載っている自分が不思議でしょうがなかった。
結局、5分ほど走って着いた店で、ハルさんは、やすさんのジャムパンとお菓子など、メンバーの分を手当たり次第に入れていった。
「お前は?」
ハルさんが私の顔を覗き込んだ。
はじめてハルさんと話す。ふわふわの金髪、切れ長の目、細いあご。
私は緊張してしまって、思わず目の前の「金さんラーメン」をかごに入れた。
「アホか」
ハルさんはそう言って、私が入れた「金さんラーメン」をかごから取り出すと元の棚に戻した。
「湯、どこで入れんだよっ。変わった奴だな」
「あ」
「ったく、ガキ!」
ハルさんは言葉の割りにはニコニコと笑っていて、笑うとのぞく八重歯は発見だった。クラスの尾崎君とは違う、何だろう。この気持ち。
今もの凄くドキドキしている。
お金を払っているハルさんを後ろでみつめながら、翔子さんの言葉を思い出した。
ーーハルさんはいつも彼女いねぇ時ねぇもんーー
そうだよなぁ。同じ空気を吸えば吸うほどハルさんの格好良さが、体に染みていく感じがする。緊張はしてるけど、それが逆に心地よくて、ずっとこうしていたいって感じ。
私の今の想いは、一時のものなんだろうか?
「お前、これ持てる?」
大量の食べ物の入ったビニール袋を手渡され、片方の手でハルさんにしがみつき、片方の手に袋を持って、ハルさんの後ろにのっかった。
相変わらずバイクはゆっくりで、やすさんと競争していたハルさんとは別人の様だった。
カサカサカサカサと風をうけ音をたてるビニール袋。片手でつかまっているので、自然と力が入る。気がついた時にはハルさんの背中に顔を押し付け、体全体につかまっていた。
「おいっ。力入れすぎだろ」
「あ、うん」
「お前、ガキのくせに胸はあるんだな」
「……」
ひゃぁー。誰が硬派だって言ったの?
私は思わずハルさんの背中から離れると、上体を反らした。
くっくっくっくっとハルさんは笑っているようだった。
不意に後ろから拡声器のウィンッっていう大きな音に続いて「そこの坊やたちー、ちょっと止まりなさーい」って声が鳴り響いた。
「やべっ。ポリかよ」
私がチラッとと視線を後ろに向けると、パトカーがついて来ているのがわかった。
「しっかりつかまれよ」
ハルさんはそう言うと、おもむろにスピードを上げた。
さっきまでカサカサ鳴っていたビニール袋は風を含んでバッサバッサと大げさな音をたてた。
「……ろよっ」
「え?」
スピードを上げれば上げるほど、風の音で全く声が聞こえない。めまぐるしく消え去っていく景色。私は目を開けて、流れて消え去っていくライトを見た。異次元にいるような感覚だった。
執拗に追いかけてくるパトカーを振り切るように、バイクはどんどんスピードをあげていく。さすがにスピードがMAXまで達すると、落ちはしないかという不安が頭をかすめ、ハルさんの腰に巻いた自分の手がしびれるほど力を入れた。
丁度目の前に大型トラックが立ちふさがった。パトカーもすぐさま追いつき、トラックとパトカーにはさまれるような形になった。
「くそっ」
トラックが左に指示器を出した。
減速しないとトラックにぶつかってしまう。しかし、減速すれば、パトカーに周りこまれつかまってしまう。
ヴーーーン
ハルさんは減速するどころか、スピードをあげた。曲がろうとするトラックの左に周りこみ、気がつくとバイクはトラックの前方に躍り出た。
ファンファンファンファン
トラックのクラクションが鳴らされる。轟音が背中を押す。スピードをあげているのに周りはスローモーションで幻覚を見ているような感覚に襲われた。
パトカーも負けてはいない。追い越し車線からトラックを抜くとバイクの横に並んだ。
「いいかげんに止まれっ」
明らかに警察も動揺している様で、先ほどとは全く違う怒号ともとれる声で叫んだ。
「……なげろっ」
ハルさんが何か指示を出している。
「え?」
「なんでもいいから投げろっ」
ハルさんの言われるまま、片手でビニール袋の中にあるジャムパンをパトカーのフロントガラスに向けて投げた。
ジャムパンはフロントガラスに命中した。袋はぱすっと地味な音をたてて破れた。
「ポテトチップスもあったろ」
「うん」
私はハルさんの背中と自分の体の間にポテトチップスの袋をはさみ、片手で封をきった。
ハルさんは加速し続け、パトカーの前方に車線変更をした。
「いいぞっ。今だ」
ハルさんに言われるとおりに袋を持ってパラパラパラパラとポテトを撒き散らした。
桜吹雪のように散るポテトがパトカーの視界を一瞬だけ遮ってくれた。
「あっはははは」
ハルさんはミラーごしにそれらを見て大笑いした。
地味な作戦ではあったが、奇襲攻撃が良かったのか、パトカーはひるんで減速した。
「やりー!」
ハルさんは気をよくしたのか、大声で叫んだ。
「ユウ! 逃げるからな、つかまれ」
段々と回復して速度をあげるパトカー。しかし、パトカーがひるんでいる間にバイクとの距離は離れ、とうとうハルさんは逃げ切った。
はぁはぁはぁはぁ……あっははははは
久々に大笑いをした。
これはフィクションです。
良い子の皆様は真似をしないようにしてください;




