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騎士としての忠誠をあなたに……。

作者: 刹那玻璃

 ずっと耳の奥に響くのは、優しい祈りの声……。

 シンプルな男装を通し、戦いを続ける小さな身体……。


 最初は、


「大天使ミカエル、アレクサンドリアのカタリナ、アンティオキアのマルガリタの姿を幻視した」

「神の言葉を聞いた」


と言っている小娘がいると聞いたときには笑ったものだった。

 この乱れた世界に、神も天使もいるわけがない。


 しかし、彼女は、最初は侮り監視として近づいた私に微笑んだ。

 貴族として宮廷にも出仕していた私は美しい……着飾った女性は見慣れていたが、彼女は化粧もせず、髪もバサバサ、地域の方言丸出しの村娘のはずが、高貴なといえば良いのか神秘的な空気を纏っていた。


「初めまして。ジャンヌです」

「ふーん。『天使さま』の声を聞いたって女か。小さいな。シャルル陛下に取り入ったのか?もう少し身綺麗にしていれば、愛妾でもなれるのに」

「シャルル陛下の愛妾?」

「それとも、色々な貴族の元に行くのか?」


 ジャンヌは首をかしげ、


「神の身許には祈りを捧げれば皆、近づけるかと思います。私は、貴族の皆様に行っても、戦乱、国々の安寧についてお願いするしかありません。貴族の皆様の領地の村や街の復興をお祈りしております。その為にも私は戦うのです」


後で聞くと17才だった彼女は微笑む。


「ジル・ド・モンモランシ=ラヴァルさまとお伺いいたしました。爵位をお持ちのあなたさまにお話をするのは大天使ミカエルさまよりの祝福かと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。陛下のためにも、人々のためにも……」

「お前に言われずとも‼」


 24歳の私は憤る。

 7歳も下の小娘に馬鹿にされている気がした。


 フワッ……と笑った。


「そうでございますね。男爵は、国のために武器を持ったのですもの……素晴らしいです」


 私はジャンヌの監視であり、隙あらば、手柄を横取りなどを考えていた自分が何故か恥ずかしくなった。

 一瞬黙り込み、


「勝手にうろうろするな。軍は男だらけだ。襲われても文句は言えないぞ」

「……手当てを担当するテントでおります。失礼いたしますね」

「何をするんだ?」

「怪我が良くなりますように……もしくは神の身許にと祈るのです」


失礼します。

 頭を下げ去っていった。


 着いていくことも出来ず、去っていく背中を見つめていた。


 ジャンヌは、軍事経験のある私が言えば、全く戦術はない。

 ただ、軍では一般兵からの信頼が厚く、そして日々、神に祈る。

 その祈りだけで、兵士たちはジャンヌを慕い、敬愛する……。

 ジャンヌは一心に神に祈り、


「戦い抜きましょう‼」


とそう、告げただけで、士気が上がる。

 その強さがきっと権力者にとって懸念、恐ろしさに変わるかもしれない……と思いつつ、自分自身がジャンヌに惹かれていくことに気づいていた。


「ジャンヌ。まだ戦うのか?」


 1429年9月8日……石弓の矢が当たり怪我をしたジャンヌを見舞った私は問いかけた。


「……女がそんな怪我をしてどうするんだ?結婚をして子供をとか考えないのか?」

「……ありがとうございます。男爵。私は神のお言葉を信じ、戦い抜くのみです。ご心配くださってありがとうございます」


 痛々しい姿で、しかし微笑む。


「このまま別れるのか?私は領地に戻る……ジャンヌ……」

「おきをつけて……領地の人々に、尊敬される領主さまであられますように……」


 差しのべたかった手を振り払われたような思いだった。

 心を残しながら去っていくと、ジャンヌは山の上から岩が転げ落ちるように、立場が変わってしまい、神の言葉を伝える『オルレアンの乙女』から『異端』『悪魔と取引をした』魔女として囚われた。


『男装』していることが『異端』なのだと。


 私は嗤った。

 あの気の小さいシャルル7世は、兵士や民衆の人気のあるジャンヌを妬むだろうと思っていた。

 そして、イングランドに近い佞臣ねいしんが囁くだろう……ジャンヌを捕らえることが、この国を再び混乱に陥れることを……。


 しかし、ジャンヌをシャルル7世は救わなかった。

 1431年5月30日……ジャンヌは火炙りの刑に処せられた。

 骨すら残らぬほど焼かれ、灰はセーヌ川に流された。




 あぁ、私は何をしているのだろう?

 錬金術に傾倒し、戦場で何人もの命を奪ったが、今も、手の中で一つの命が潰えた。


「領主さま……お願いいたします……お願いいたします‼」


 手を組んで自分を見上げ祈る姿が、遠い過去に誰かがしていたと思いつつ、それを忘れるために刃を振るった。

 血が噴き出る。

 その深紅の液体は顔に散る。

 それを舌で嘗めると、


「……何もかも、壊れてしまえば良い……この世界は偽りの世界だ……」


と呟いた。




 ……1440年9月15日。

 数々のむごたらしい惨劇に、周囲とのいざこざで、ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル……レ男爵……は逮捕。

 公開裁判後、10月26日絞首刑の後に火刑……。


 刑場に向かいつつ、濁った瞳のままふと顔をあげた。

 水桶の水面に何かが見えた……。

 純白の質素なワンピース姿の、幼い顔……。


「……何をしている?」


 両側を掴む男たちの声を無視し、じっと見ると、両手を組み合わせ目を伏せて祈る……ここにいるはずのない少女が見えた。


『傷つけられし愛しき御霊よ、神の身許に……』


 声が聞こえた気がした。

 すると、私の体から次々に歓喜の声をあげながら天に召されていく、数えきれないほどの魂が……。


「ジャンヌが……したのか?」

「何を言っている?ジャンヌと言うのは、異端裁判で処刑されたではないか」

「ジャンヌ……ジャンヌ‼」


 桶の中の目を伏せていた少女は目を開けて、微笑みも、悲しみもない感情を消した瞳が一瞬私を見た。

 しかし、ゆっくりと後ろを向くと遠ざかって消えていった。


「ジャンヌ‼……あぁぁぁ‼」


 いつも微笑んでいた……。

 本当に気高く美しい女性だった……。


 今更だが、愛していた……。

 私を選んで欲しかった……神ではなく、自分を……。


 それを口にしていたら……あの別れのあとにも彼女に会うことは出来た筈なのに……。

 そうすれば、私は……。


「ジャンヌ……私の乙女……」


 目の前にはロープ……。

 生きたまま火炙りで死んでしまったジャンヌとは違い、温情だと周囲は思うだろうが、私には文字通り地獄に落とされるようなもの……。

 もう二度と……ジャンヌに会うことはできない……。




 ジル・ド・モンモランシ=ラヴァル……若い頃から気性が激しく、わがままで乱暴者とも呼ばれた。

 しかし、35年の生涯で、ジャンヌ・ダ・ルクと共にいた期間は3ヶ月半だったが、その間は本当に穏やかで暖かい日々を送っていたと伝承には遺されている。


 そして、ジャンヌの死によって、彼は病んでしまい、黒魔術や錬金術などの研究にのめり込んだとも言われている。

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