戦争の基本
久々に書いたぞ!
依然、不定期掲載
次は一体いつになるのか( ^ω^)
魔王に連れられて、阿立は魔王城最深部、魔王軍司令統合司令部を訪れた。
部屋の扉はには見たことも無い不気味な紋様が赤く光っており、それがゆっくりと回転している。
魔王が扉に触れ、怪しげな言葉を唱えると、光が徐々に薄れ、最後にカチリと音がして扉が開いた。
「守りの結界です。許された者以外がここへ入る事ができないようにしています」
阿立は「なるほど」と感心した。結界とやらの強度は不明だが、少なくとも、魔王軍には情報を隠匿し外部に漏らしてはならないとするその姿勢、つまりは情報が外部に漏れた場合に発生する損失をきちんと理解しているのだと感じた。
――これなら心配はいらない。
阿立はそう思った。
戦争における最も大切な事を彼らは既に知っていた。ならばそれ以外の事も知っているかもしれない。たとえ自分の知っている最新の戦略思考がなくとも、ある程度の事は承知済みだろう。
――いや、もしかすると一部ではこちらの方が上かもしれないな。なにせ魔法がある世界だからな。
なんでも有りだ。そう思いながら扉をくぐった数秒後、阿立は自分の目を疑った。
そこは司令部とは名ばかりで、日々、最前線情報をまとめているだけの『情報統括室』だった。
いや、なにも情報統括の行為を非難しているのではない。情報の更新と簡素化事体は、有事だろうが平時だろうが非常に重要な、『必ずしなければならない事』だ。
だが、これは酷すぎる。
ここは全魔王軍の指揮を執るはずの統合司令部ではなかったのか? 少なくとも、彼は魔王からそう聞いていた。
だが、部屋の中にいる彼らは通信装置と思われる水晶をのぞき込み、最前線からの報告を聞いて紙にまとめているだけ。それも物資が足りないとか、敵の数がどれだけとか、人員の補充が必要だとか……。それを聞いたのちに、彼らは別の水晶に、物資の輸送や人員の補充の命令を下している。
それは良い。それは良いのだが……。
これはどう見て司令部とは言えない。ここでやっている事は統合情報部としての仕事だ。
「失礼、魔王様。ここが司令部で間違いないのですよね?」
「そうです。ここがわが軍の中枢と言うやつですな。何か問題でもありましたかな」
いや、問題とかそう言う事以前の話として、
――名称を間違えているでしょうが! もしくは仕事内容!
と言う前に、だ。
「見たところ、基本的戦略・作戦の立案を行っていませんが、それはまた違う部屋ですかな」
「作戦、ですか……?」
なぜそこで疑問形、とこっちが聞きたいわ。まさかと思うが、ここは本当に情報をまとめるだけの部署では無かろうな。
だが、そんな阿立の不安は杞憂に終わっ……いや、もう理解できない方向に全てが破たんした。
「作戦とは何ですかな?」
「そこからかいっ!」
正直、もう不安しかない。
魔王から話を聞いた私は、驚きを隠せなかった。
彼の言う「司令部」とは、詰まる所、敵を倒せだとか、一目散に逃げろだとか言うだけの、そう言った魔王の意見を伝達するだけの部署だった。
「魔王さん、あなた約二年間もよくもまあこんな指揮で失脚しませんでしたね。」
私は皮肉交じりにそう言った。
普通なら敗戦もの、いや、そもそもこんな指揮ではクーデターへと一直線だろう。失脚から死刑までそう時間はかからなかったはずだ。今生きているのが本当に不思議でならない。
まともに敵の研究をしないばかりか、自軍の指揮すら出来ていなかったなど、前代未聞だ。なぜこの魔王軍が未だ健在なのか、その理由の方が気になる。現場によほど腕のいい指揮官がいるのか、はたまた敵がそれ以上に馬鹿なのか、そのどちらかだろう。
「いやあ、ほんとに運が良かったんでしょうね。ハッハッハ」
最高指揮官兼上司は、そうやって高笑いを決めている。
そんな姿に、私は腹が立った。
指揮官が判断を誤る、もしくはその業務を怠るという行為は、部隊を一瞬にして壊滅させてしまう要因になりかねない。
そんな基本的なことを、彼は分かっていないのではないか。
――勝てる戦も、これでは勝てない。
私は誰にも聞こえないように呟いた。
戦争の基本的な敗因の一つは、その出血の多量による戦闘継続力の低下だ。
こちらの兵士が大量に死することになれば、それだけで戦争そのものを行えなくなる。
この二年間で一体どれだけの死者が出たのかは、この世界の情報を持っていない私には想像できない。だが、少なくない命が失われているのは間違いないと断言できる。
「魔王さん」
私は、半ば呆れたような、怒りを堪えたような声で彼の笑いを遮った。
「あなたは今まで、具体的に何をしていたのですか。敵の戦いが始まって二年間、あなたは指揮官として、一体何をしたのですか」
私の質問に彼は少しだけ顔を傾け、ゆっくりと答えた。
「私が彼らに命じたのは戦線を維持する事だけです。それ以外には特に何も、ええ、何も命じていません」
「――そ、そんな事が」
――そんな事があり得るのか! とは、私は言えなかった。
魔王の返答はあまりにも、あまりにも、常軌を逸していた。
「戦線を維持すること以外に命令を下していないと言いましたが、それは一体どういう意味ですか」
「どういう意味も何も、そのままの意味です。私は最前線で戦っている部隊に、『その戦線を維持せよ』と命じただけで、それ以外は特に何も行っていませんが……。あのう、何かマズかったですかね」
マズいなんて話ではない。戦死したの兵の補充や物資の補給はどうした。他の部隊から援軍は送っていないのか。
いや、それよりも。
「なぜそれで戦闘が継続できる」
それが何よりの疑問であった。
私は魔王に尋ねた。だが彼は困ったような顔をして、私の話を聞き続ける。挙句の果てに「なぜその様なことをしないといけないのですか?」と聞いて来る始末だ。
「では戦争が始まって、以来一度も補給や援軍は出していないと」
「はい、その通りです」
「では、欠員の補充はどうしている」
「問題はありませんよ。なぜなら……」
その後の言葉は、私には予想もつかない物であった。
「我々は何度でも生き返るのですから」