契約成立(正社員?)
魔王軍による雨の日の奇襲は、結果的に大成功だった。
奇襲時、敵は酒盛りの真っ最中だった。
兵士は見張りなどの一部例外を除いて全て酔っぱらっており、まともに戦えるのは全体の1割もいなかった。
制圧は実に容易だった。
奇襲に対して敵はなんの対応もできずに敗北。中には、奇襲が飲み過ぎたための幻だと思ってそのまま寝てしまった者もいたらしい。
今作戦で敵は人員の4割と物資のほぼ全てを喪失した。
残りの6割は撤退。だが、再び攻撃を再開するのは不可能だろう。物資を失ったという事は、攻撃の手段を失ったというのと同義だからだ。
弓矢、剣などの武器の類から薬品、食料などの必需品まで全て抑えた。
彼らが攻撃を再開するのは、遅くとも次の物資が本国から届くまで延期となる。
ここまでは全て阿立順平の『予想通り』の事となった。
***
彼らの土地は砂と岩しかなかった。
ステップ気候。いわゆるBS地帯というやつだ。
植物がまったく育たないと言えばうそになるが、基本的に、彼らの土地では作物の生産がまるでできない。水が、つまり雨が降らないからだ。
だから彼らは雨を敬う。
雨が降れば彼らは、踊りで神に感謝をして、酒を飲み、肉を食べ、その日は床に就く。
雨が極端に少なく、かつ毎年ある程度の量がある地域ではたまにそんな風習が生まれる。
もう一つある。彼らの土地は、とにかく暑かった。
じっとしていても汗がタラタラと流れ出るほど・・・ではないにしろ、年間を通して日中の気温が20度を下回る事はまずない。
だからこそ、彼らは常に軽装で生活をする。つまり、薄着で生活をする。
もちろん、夜はある程度寒いので厚着の文化がないという訳ではない。だが、日中に厚着をするバカはいない。
そしてそれは、戦いの時にも適応される。
戦争が起こったとしても、彼らは防具を身に付けない。防具を身にまとえば、それだけ熱が籠る事になる。ただでさえ暑くてやっていられないのに、その上で厚着などしたら熱中症で死んでしまう恐れがある。
身を護るはずの装備が逆に自分を殺してしまっては意味がない。
だから彼らは、自分の身を護るために防具を身に付けないのだ。
「結果として、予想は大当たりでした」
彼はそう言ってこの世界に来て初めての酒の味を楽しんでいる。いや、正確にはその匂いだけを楽しんでいるのだが、それは今は問題ではない。
「雨の日に攻撃をしないと知った時点で、何らかの宗教・風習があるのではと思っていましたけれど、それだけではいまいちでしたからね。なぜ防具を身に付けないかという事を考えて答えがでましたよ」
「しかし、相手の服装だけでそこまで分かるモノですか? 私には未だに信じられません」
「信じられないと言えば魔王さん。あなたから頂いた情報の方が私にはおかしいと思えましたよ。あなたの情報には現在行われている事しかなかった。普通は過去の情報も渡すのが常識というものでしょう」
――戦いに勝つには敵を知らなければならない。
敵の見ている物、知っている事、普段の行い、宗教や習慣・風習、そしてなによりそれらを敵が得ることになった過去の出来事。
敵過去は敵自身よりも調査・研究をしなければならない事柄だ。
「次回からは、もう少し勉強します」
魔王はサラリとそう言ってきた。
彼はニヤリと口を歪め、
「つまり、俺を正式に雇うという事でいいんだな」
魔王の「ハイ」との返事を聞く前に、
「なら次の情報を今すぐ渡せ」
そう言ってようやく、そのマズそうな緑色の酒を口にした。