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戦い時は相手を見る事 

 その日は朝から雨だった。

 しとしとと世界を濡らす静かな雨。雨音は外と内とを分けるカーテンだ。家にこもれば、もう聞こえてくるのは雨音だけ。家の中で騒ぎ立てれば、それすら聞こえてこなくなる。

 乾いた地面は潤い、植物は芽をだす。

 そして、人間もその恩恵にあずかれる。雨は水だ。喉を潤し、体を清める。

 人の6割は水であり、我々は水なしでは生きていけない。


 だからこそ、水を敬うのはひどく単純な思考であると考えられる。

 そして、水がない地域ではその傾向がとても強い。


   ***


「雨の日を狙ってください」


 俺は魔王にそう言った。


「……雨の日、ですか?」


「そうです。できれば土砂降りなんかが好ましい。……今戦っているこちらの兵士は雨には強いですかね?」


「はい。彼らは岩の戦士。その体が砕けなければ、いつまでも戦える勇敢な戦士です」


 それを聞いて俺は、ほっとした。

 もし彼らが雨、とくに水に弱い性質を持っていたらこの作戦の実行はできなかっただろう。


「あのう、聞いてもいいですかな」


「雨の日の理由ですか?」


 魔王は「はい」と答えた。


「あなたからもらった記録・知識をジックリと考えました。まず思ったのが、雨の日に彼らとの戦いはなかった。これは事実ですね?」


「ええ、そのとおりです」


 確かに雨の日に戦いは無かった。これは魔王軍にとっても幸いだった。

 現状、戦線の維持は永続的に投入している援軍のおかげでなんとか持ちこたえている状況だ。そしてその援軍は、その地域で生まれる兵士、つまりは岩の種族のことだ。

 彼らはその地域で生まれる、生きた岩だ。だが、彼らは基本、目覚めるまでは眠っている。それを起こすには大量の水と、何らかのビックリするような衝撃が必要なのだ。

 雨水で水を確保して、衝撃は起きている者が叩くことで行う。

 つまり、雨の日は彼らにとっても援軍を増やす重要な日なのだ。


「ですが、それが何か? 雨の日は視界も悪いし、味方の声も雨音に紛れてしまって聞きずらい。戦いをするには好ましくない状況です。彼らもそう思って戦っていなかったのでは?」


「その可能性もあります。ですが、『一度』もないのはおかしい。記録によると雨の日の戦闘は一度もない。台風並にザーザーと降ってこられたら、そりゃあ戦闘は難しいでしょう。ですか『小雨程度の日』まで戦闘がないのは、あまりに不自然だ」


 なるほど、と魔王も理解を示す。

 魔王軍としても、雨の日は出来るだけ戦いたくなかったのでそんな事は考えもしなかった。なるほど、確かに小雨程度で戦闘が中止になるなどありえない事だ。


「つまり彼らには、雨の日に戦えない何かがある」


「雨の日に戦えない理由。そこで注目したのが彼らの服装です」


「服装……ですか」


「彼らは非常に軽装でまともな防具も装備していない。彼らは基本的に、馬を使って攻撃を仕掛けてきます。機動力を生かすために重い装備を嫌うというのは十分に考えられる話です。ですが、騎馬兵以外の歩兵にすら防具が与えられていなかった」


 確かに敵は歩兵団にも防具の類を持たせてはいなかった。

 戦闘において防具を嫌う理由は、機動力、柔軟な動きを制限される事などが考えられる。

 だが、歩兵はそのどちらも必要としていない。

 歩兵に求められるのは敵の殲滅と耐久性だ。

 殲滅は言わずもがな。敵を倒せなければ意味がない。

 もう一つの耐久性は敵を倒す力を維持する能力だ。

 いくら強大な力を持っていたとしても、すぐに死んでしまっては意味がない。

 故に、歩兵と防具は切っても切れない関係なのだ。


「敵は明らかに歩兵をないがしろにした戦法をとっている。だが、そんな事では指揮も下がるし、何より人が死に過ぎて部隊の維持すら難しくなる。そしてこれは局地的紛争ではなく敵国への戦争行為です。そんな事をし続けていればすぐに人員の確保が困難になって人手不足で勝手に崩壊するでしょう」


 しかし、そうはなっていない。

 敵の指揮は依然高く、死者もそれほど出てはいないらしい。


「彼らは元からあのような戦い方をしていたと考えられます。つまり、そもそも防具を付けない戦いをしているという事です」


「それは、危ないんじゃないですか?」


「危ないですよ、もちろん。ですが彼らにはその方が良かった。防具を付けずに戦う方が彼らにとっては都合がよい状態であるという事なのです」


「ですが、兵士は自分が生きる事も仕事の内です。戦えなければ兵士である意味がない。死んでしまっては無意味だ。彼らとてそうやすやすとは死にたくないでしょう」


「考え方が違いますよ、魔王さん」


 次の言葉には流石の魔王も言葉を失った。


 彼は言った。――詰まる所彼らにとって防具とは、便利な物ではなかったという事なんですよ――


 まさか自分の身を護る為の物が便利ではないなどと、いったい誰が思うだろうか。


「……つまりこう言う事ですか? 彼らにとっては生など惜しいものではなく、敵の死こそが最も欲しいものであると」


 その問いかけに彼はクスリと笑った。


「その発想はありませんでした。確かにその考え方も無くはない。けれど、敵の死が欲しいなら、もっと長く生きようとするでしょう? 彼らにとて人です。人であれば命は惜しい。おそらく、彼らが防具を着ないのは、彼らが死ぬのを恐れているからなんですよ」


 魔王は意味が分からなかった。

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