あの夏の君へ会いに行く。
セミがうるさい。
ミーンミン、と僕の鼓膜を震わせる。
大学生になって3度目の夏、僕は僕の生まれ育った町に帰ってきた。
家に帰ってきてまず1番最初に思うのは、やっぱり母さんのありがたみだ。
向こうでは、座っていてもご飯は出てこないし、寝転がっていても洗濯物は干されない。
でも、この家では座っているだけでご飯は出てくるし、寝転がっているだけで洗濯物が干される。
向こうでは元気にやってるの、と僕に問いかけながら母さんはご飯を作ってくれる。
向こうではどんな感じでやってるの、と僕に問いかけながら母さんは洗濯物を干してくれる。
こっちに滞在するのは4日。
1日目の夕方に僕は帰ってきた。
久しぶりの家族で過ごす夕飯は、毎回涙が出そうになる。
2日目と3日目はこっちの友達と遊んだ。
みんな髪色や服のセンスが変わりはしていたりするものの、中身は全然変わらず、中学や高校のときのように馬鹿みたいに笑いあった。
3日間はあっという間に過ぎ、そして、最終日。
僕は今日の夕方、また向こうへ帰る。
9時過ぎに起きて、母さんの作った朝食を食べ、両親の実家のお墓参りをしてまた家に帰ってくる頃にはおやつの時間を過ぎていた。
僕はあと数時間後、またこの町を出る。
僕には、最後に会わなければいけない人がいる。
こっちに帰ってきた時、必ず会いに行くアイツ。
来るのが遅ぇーって、いつもみたいに言われるのだろうか。
僕は車に乗り、家をあとにする。
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セミがうるさい。
ミーンミン、と私の近くで鳴いている。
アイツがこの町を出てから3度目の夏、私はアイツが来るのを待っている。
夏になってまず1番最初に思うのは、やっぱりあいつに会いたいってことだ。
向こうでは、そりゃ私よりかわいい女の子はいっぱいいるだろうし、そんな子達からアイツは人気があるかもしれない。
でも、帰ってくる度アイツは私に会いに来るし、少し悲しそうな目で私を見つめる。
向こうでは元気にやってるの、と聞くとまあいつも通りぼちぼちやってるよ、とアイツは言う。
向こうではどんな感じでやってるの、と聞くとこの前はあんなのことをした、と楽しそうに話してくれる。
こっちに滞在する時間のほんの少しの時間しか、アイツは私に会いに来てくれない。
そりゃ帰ってきたら自分の家のお墓参りや、こっちの友達と遊んだりはするだろうけどさ。
本音を言ったらもう少し会える時間が増えたらいいなって毎回思う。
アイツがこの町を離れても、奇抜な髪色やド派手な服のセンスになってなくて、毎回ほっとする。
全然変わらない、でも会うたび少しずつ大人になっていってるアイツを見るとやっぱりアイツが好きだなって再確認する。
向こうの方から足音がした。
「おまたせ涼風、久しぶり」
アイツが私の座る石の前にやってきて、そう言った。
私は溢れそうになる涙を堪えて、
「ほんとだよ、来るのが遅ぇーんだよ」
と、つい悪態をついてしまう。
本当は、待ってたよって言いたいのに私の声は届かない。
「遅なってごめんな、怒っとるか?」
「別に怒ってない、大学生さまは毎日大変ですもんねー」
「今日はこれ持ってきたから許してや、好きやったやろ」
そう言って、ひまわりの花束を差し出した。
私の好きな花。
なんだよ、覚えてたのかよ。
今でも好きだよ。ひまわりも、お前も。
そう言いそうになったけれど、私はぐっとそれを堪えた。
「冷たっ」
アイツが水をかけてきた。
まだ昼の暑さが残っている日の沈む前、その水は心地よかった。
「この町は変わらんな、よく遊んだ公園も、よく通った通学路も、少し景色は変わっても大事なもんは何も変わってない」
「そう?まあこの町離れてるあんたが言うんだからそうかもね。でも、結構変わったところもあるんよ?」
「お前覚えとるか?」
無邪気な笑顔で、鼻頭を右の人差し指でかきながら私に聞く。
アイツが恥ずかしいこと、照れることを言う時に必ずする癖だ。
「小学校の高学年、放課後に学校でかっつんとかやまちーとかとみんなでかくれんぼしたときにさ、俺とお前隠れるところが同じになったよな」
「あはっ、そんなこともあったねえ」
「そんで、見つかりそうになって奥へ奥へぎゅうぎゅう詰めになって隠れて、俺あんとき初めてチューしたんやからな」
なんつー恥ずかしい思い出ぶっかましてくるんだよ。でも、忘れるはずないでしょ。
私がこけそうになったのを助けてくれて、その拍子に唇が当たっちゃって、あの時お互い顔真っ赤で、そのまま固まっちゃって結局見つかっちゃうんだもん。
「かっつんもやまちーもちょっと前に会いに来てくれたよ」
「あー思い出話しとるとずっとここに居ってしまいそうやな」
山肌に半分沈んだ太陽を目の前の彼は薄目で見ている。
また少し大人になった、と実感する。
どんどん大人になっていく姿を見て、苦しくなる。
アイツの左手の薬指に指輪が見えた。胸が張り裂けそうになった。
もう私の想いは、言葉は、声は、届かない。
「ずっと居ってくれればええやん」
「もっともっと思い出作っときゃよかったな」
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「んじゃ、そろそろ行くわな」
アイツの返事はない。
「拗ねるなよ、また帰ってくるし、また会いにくるよ。いつもちゃんと会いに来てるだろ?」
それでもアイツの返事はない。
「次に会いに来れるのは、たぶんまた正月になりそうや、ごめんなあなかなか会いに来れんくて」
僕は泣きそうになるのを我慢して、
「また、会いに来るから」
「ちゃんと待ってるから、会いに来てな」
返事が返ってきたような気がした。ありえないのに。
周りを見ても僕以外、誰もいない。
それでも確かにこの耳に、懐かしいアイツの声が聞こえた気がしたんだ。
だから少しだけ期待を込めて、
「返事するん遅いやろ」
わかってはいたが、返事は返ってこない。
聞き間違いだったと自分に言い聞かせる、じゃなきゃこの目から涙が止まらなくなる。
少し僕は立ち止まり、左手の薬指にはめたアイツのイニシャルが彫ってある指輪を見る。
僕はそして歩き出す。アイツの、眠るお墓に背を向けて。
夏の夕方の、涼しい風が僕の背中を軽く押す。
はじめまして。
盆を過ぎたらこんな物語を書こうと、1か月ほど前から頭の片隅にあった案を文章にしてみました。
ちゃんと最後まで小説を書くのはこれが初めてなので、伝わらない部分やわからない部分もあると思います、すみません。
自分の書いた物語を誰かに見てもらうのが恥ずかしいと思う反面、どういう風に思われるのだろうという好奇心もあります。
感想、アドバイス、いただけたら嬉しいです。
それでは。