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『俺に盗まれてください!』

作者: 月出里
掲載日:2016/07/31

 あら貴方、初めて見る顔ね。またお父様が新しく雇った方なのでしょう?厩の見習いですって?そういえば前任の見習いはお金をくすねたとかで首になっていましたね。当然のことですが。


 それにしても貴方、私の顔を見ても何も言わないのね。えぇ?可愛らしいお顔ですね?貴方目がおかしいわ。お医者様に診てもらいなさい。

 いいこと?新人のようだから私の評判を教えてあげるわね。


「気持ちの悪い子」


 それはいつも私を見た人が言う言葉よ。なぜなら私の右頬には普通の人にはあり得ない鱗が生えているのだから。ほら、見えるでしょう?見えているのに私の顔を可愛いと言うだなんて不思議な人ね。


 私の右頬に鱗が生えているのには私の母について語らなければならなくなるわ。え?興味ないですって?そんなことより花が綺麗だから見に行こう?貴方ねえ、主人の長女が話しているのだから話ぐらい聞きなさいよ。他の召使い達は陰では気持ち悪いと言いながらも表面上はにこにこして話ぐらいは聞くわよ?まあ、彼らが近くにいることもほとんどないけれどね。それに貴方仕事はどうしているの。すぐにクビになるわよ。なに、もう終わらせたですって?まだ午前中なのに終わるわけがないでしょうに。どうでもいいから早く話せ?貴方、その偉そうな態度、お父様や家族の前では出さないようになさいね。貴方にとって私に貴方をクビにする力のないことが幸運だわ。


 話を戻すわよ。私の母とお父様は学校という施設で知り合ったらしいの。メイド達がコソコソと話をしていたのを盗み聞きした情報によるとね。

 お父様は貴族でも力を持つ公爵家の長男で平民として入学していた母と学校という所で出会い恋に落ちたそうなの。そこからは身分差だとかいろいろな障害があったみたいだけれど2人は学校を卒業後、幸せに結ばれたのですって。

 それならお嬢さんはこんな離れにいないだろ?ええ、そうね。母が人間であればこうはならなかったでしょうね。


 それは母が私を産んだ時に発覚したの。母の産んだ私の右頬と胴体にはこの気持ちの悪い鱗がびっしりと生えてあったの。それを見たお父様はまず医者を問い詰めたわ。そうしたら、その医者は人間と龍の間の子だと言ったそうよ。その医者は奴隷の人間と龍の出産に立ち会ったことがあったのでわかったのですって。

 龍といえば隣国の華ノ国の兵達が乗ってくる生物だから、母はすぐさま敵国の間者とみなされた。それまでは"身分を超えた結婚"で有名だった母とお父様だったけれど、違う意味で有名になった。華の兵士が乗る龍は喋れないし人間の姿にもならないから新開発された兵器だってことで討伐隊が皇帝自らの命で組まれたそうよ。

 母は私を連れて必死に華ノ国に逃げようとしたらしいけれど産後で弱っていたのもあってかすぐに討伐された。それでお父様が母にとどめをさそうとした時、母は私に魔法をかけた。魔力自体が他国に比べるとほとんど全国民になく、その代わりに科学で創りだした兵器で戦争に勝ち続けているこの国の兵士に母の魔法を止められる者はいなかったようね。

 母の魔法はお父様が私を育て上げること。ただし私が病死や自殺をした場合以外でそれを成し遂げなかったり途中で私を殺した場合、このヨーゥイ帝国を母の一族である龍の一族が潰しに来るというもの。ある一種の契約みたいなものかしらね。あと、龍の一族は華ノ国で飼われている下位の龍ではないとも言っていたらしいわ。プライドの高い種族なのかもしれないわ。


 そんなことで私は殺されずにここに生きている。お父様は後妻を迎えて2人の弟と妹が私にはいるのよ。皆、小さい頃はよく探検と言って遊びに来てくれたの。最近はたまに呼び出された時ぐらいにしか顔をあわさないけれどね。敵国の子、気持ちの悪い子、龍に変化していつ襲ってくるかわからないという意味で離れにいるけれどそういった悪口さえ聞こえなければ居心地は良いの。勉強を教えに来る人としばらく過ごせばそこのお花を詰んだり、絵を描いたり、お裁縫や料理も自由にできるの。食材は私が寝ている間に玄関に置かれてあるから飢え死にはしないしね。

 逃げ出したくないのか、ですって?もちろんしたいわ。他国のいろいろな場所に行ってみたいし、たくさんの人とお話したいわ。だけどお父様の部下に本館とここ離れの周りをすごく厳重に警備されているし、上手く逃げ出したとしても資金がないからどうしようもないじゃない。


 ほら、これで話はお終いよ。仕事に戻りなさい。ふうん、貴方の名前はタカラというの。変わったお名前ね。私?私は醴英(らいえい)。お嬢さんこそ変わった名前だな?それはそうよ。これは母のくれた名前ですもの。さっさと行きなさい。え?また来る?仕事をさぼってはだめよ。クビにされてしまうもの。


****


 ある日、ふらりと私の前に現れたタカラという厩見習いの男は、灰色の髪に茶色の帽子をかぶりいつもにこにこと毎日私を訪れるようになった。


 彼の仕事について私はいつも心配をしたが


「だ、大丈夫。終わらせた、から。」


 そんなに厩には仕事がないのだろうか。私にはわからないけれど。


 彼はあまり話すことが上手くなく、どもっていた。私に最初話しかけた時にはすらすらと話せていたのにと言えば事前から決めていたことはどもらずに話せるが考えて話すことにはどもるんだ、と話してくれた。


「その話し方でやはり苦労をしたのかしら?嫌ならば無理に話さなくても良いわ。」


 まだ出会って数日なのにこんなことを聞いてしまってもいいのかしら?私ったら教師や召使いとは必要最低限しか話せないし、友人だなんていもしないものだからわからないわ。


 けれども私の気持ちに反して彼の表情はにこにことしたままだったので私はひとまずほっとする。


「い、え。確か、に、苦労は、しました、が、この、話し方、のお陰で、兄、とも、呼べる人、に会えました、から、後悔はない、です。」


 兄、と言った時の彼の顔は特ににこにことしていてその人物の存在が彼の中でどれほどのものかわかった気がするわ。いいわねえ、私にもそれほど信頼できて頼れる人がいれば良いのに。羨ましい限りだわ。


「いいわね。羨ましいわ。その方はどのような御仁なのかしら?」


 彼は黄色い目を細くして話しだす。元から鋭い目だからけっこう怖い顔になるはずなのに怖く感じないのは他の顔のパーツが笑っているからかしら?こうしてみると彼がいつもにこにこしているのは怖い顔で他人を怖がらせないためなのかしら、だなんて考えすぎよね、きっと。


「寝ることが好きで、強いけど魔法は使えなくて、ぶっきらぼう、だけど、世話して、くれて、食いしん坊で、赤い色のゆ」


 あら?今までに比べるとあまりどもらずに話せていたのに、どうしたのかしら?ゆ、で止まるだなんて続きが気になるじゃない。


「ゆ?」


 なにかその兄のような人にとって私に言われてはまずい情報なのかしら。えらく目が泳いでいるわね。なんだかわかりやすすぎて可愛く見えるわ。男の人を可愛いと思うなんて私、おかしいのかしら?


「ゆ、湯船に、入、るのが、好き、なん、だ。」


 ……これはきっと嘘ね。とても言葉に詰まっているもの。まあ、人には言いたくないことぐらいあるでしょうし。彼が信頼している人だって勝手に他人に言われたくないことぐらいあるでしょうしね。


「赤い湯船?それはとても派手な色の湯船なのね。私であれば落ち着かなくてゆっくり入れないわ。」

「だんちょ、じゃ、ない、兄さん、は、赤が好きなんだ。赤いイヤリングを、いつも、つけてる。」


 だんちょ……団長、かしら?サーカスか何かの方?男性なのにイヤリングをつけるというのはなんだか軽い方か怖い顔の方のイメージが湧いてくるのだけれど。


「お話を聞いていると貴方のお兄様に会ってみたくなるわ。」


 見てみたい。彼がこんなにも嬉しそうに話す人物に。百聞は一見に如かずともいうじゃない?


「お嬢さん、が、そう言う、なら、兄さん、に、会わせ、たいな。」


 私はつい、笑ってしまった。諦めから生まれたその笑いは元気のないものね。仕方ないじゃない。前に逃げ出そうとした時は鋼でできた網で捕まえられて剣をつきつけられたのよ?諦める以外、ないのだもの。


「無理ね。私はここから出られないもの。残念だわ。」

「そっ、か。」


 それから彼とはお兄様のお話以外にもたくさん話した。

 彼は私とあまり歳が離れていないように見えるのにいろいろな場所に行ってきた所で見た風景や料理をつまりながらも話してくれた。手先の器用な彼は風景を絵に描いて見せてくれたりもした。

 他にもぬいぐるみというものを絵と話で教えてくれたり彼と同じようにお兄様に拾われた兄弟達やお兄様の下で働く人達との楽しい日常生活のお話や初めて馬に乗った時の恐怖と疾走感など彼は豊富な話題を話してくれる。

 私は私でこんなにお喋りする相手が今までいなかったものだから、とても嬉しくなってしまって。彼のお話を夢中で聞いたし、私も彼に比べると貧弱なものだけれど今日は何のお花が咲いた、このペンは書きやすいなどと話したわ。私が小さい頃に本館に冒険に行った話などは肩をすくませてハラハラといった風に聞いてくれていた。話し相手がいるというのはとても新鮮なことね。楽しいわ。


 お話をすること以外でも彼は私を楽しませてくれる。花で冠や指輪を作ったり、壊れてしまったものを直してくれたり。

 特にものを直すことについては熱心ね。これはドアの鍵を直してもらっていた時のこと。


「せっかく、この世に生まれてきたのに、いらないって、言われるのは、嫌なんだ。」


 なかなか良いこと言うじゃないと思ったわ。


「だから、人がいらないって言うのを聞くと悲しくなって、盗みたくなる。」


 何故そうなるの?悲しくなるまでは理解できるわよ。物を大事にする人なんだなって。だけどどうしてそこから盗むという思考になるのかしら?わからないわ。それに、にこにこと言う内容ではないと思うの。


「ええ!?だめよ、盗んでは!いくらいらないものだからって盗みは良くないわ!」


 彼はしゅんと肩を落とした。悲し気な顔は本の挿絵で見た大型犬を連想させる。だ、だからって、盗みはだめよ!


「うん。兄さん、も、よく言ってる。盗むなって。」


 そうよね。盗みを良しとするような人であればお兄様は悪人ではないかと疑うところよ。


「でも、どうしても我慢、できない、時は、盗んで直してから返してる。それでもいらないって言われたり、直せないものは、俺が盗んで、家に持って帰ってる。」


 盗むのね!?我慢できないと盗むのね!?


「だめじゃない!そこはきっちり我慢なさいよ!」


 彼は器用にドアの鍵を直してくれた。椅子に登っても私の手が届かない位置にあるここのところ調子の悪い蝶番も直してくれる。


「だって、毎日毎日、いらないって、言われて、嫌になるんだ。今も、実は、あるんだ。」


 あらまあ。それはきっと本館でのことでしょうね。私はいらないなんて口にしないもの。与えられた限られた物を大切に扱わないと生きていけないわ。それにこの離れには高価なものどころかほとんど物がないのだから盗みようがないものね。


「ええ?言っておくけれど本館の物に手を出してはだめよ。クビにされてしまうわ。そうしたら私の話し相手である貴方がいなくなってしまうじゃないの。やめてちょうだいね?」


 切実にやめてほしい。今の楽しい時間がなくなるのは辛いだろうから。


「うん。それに、兄さん、に、我慢しろって、言われてるから、今は、しない。」


 今は、なのね。盗みはしないでほしいものだわ。


「ちゃんと我慢なさいね。鍵と蝶番を直してくれてありがとう。」

「いい、よ。俺、は使用人、なん、だから。」


 貴方は当たり前のように言うけれど、私にとってはそうじゃないんだから。


「貴方ぐらいよ?私に近づいてくる使用人は。皆、この鱗が気持ち悪いと近づかないのに貴方は本当に不思議ね。」


 すると彼は私の頬を手のひらで包んだ。突然のことにあわあわと慌てる私が何もできずにいるのに彼は普段通りにこにことしている。


「鱗、冷たくて、気持ちいい、と思う。それに、他の国じゃ、お嬢さんみたいな、人、たくさんいる。髪、も、綺麗な薄桃色、だ。」


 その言葉と頬に触れる手に胸がどきどきとする。

 これは前にも経験したことがある。本館に忍び込んで見つかった時、お母様に殴られそうになりこれと同じぐらいすごくどきどきして動けなくなったわね。お母様の平手打ちは痛かった。

 でも、それとは違う気がする。この恥ずかしいけど嬉しい感覚。もしかして。


「髪の毛、でカラフル、なもの、は獣人の、子孫に特徴的、なものだか、らわかりやすい。」


 獣人の髪の毛や目は単色系の色が多く、獣人と人との子孫は単色に白や黒が混じったものになるそうね。なら。


「貴方も灰色だけど、獣人の子孫なの?」

「秘密。でも、本当、にお、嬢さん、みたい、な人をいっ、ぱい見てきた。」

「そうなのね。この国みたいに獣人と人間に身分差がないからでしょう?」


 華ノ国は古来から龍と共に生き、龍を尊敬し崇める国だ。

 その隣のシャイトン国はとても魔力の保有量の多い一族が統治する国だが人間よりも獣人の多い国みたい。それを考慮すればシャイトン国で獣人を差別する法が生まれるわけがないわね。

 華ノ国とは私の住む帝国と正反対に位置するキオワ王国は、数年前までは帝国と同じく獣人を差別する国だったけれど8年前に第二、三王子が起こしたクーデターが成功してからは平等化したそうね。

 全部本で読んだだけの情報で本当かどうかなんてわかりもしないけれど。


「そうだ、ろうね。でも、そんな、こと、を抜き、にしてでも、お、嬢さんは、可愛い。」


 私の頬に熱が集まるのがわかる。白い鱗も含めてきっと赤くなっているだろう。この男はなんら大したこともなくいつもと同じ、にこにこ顔だというのに。


「ありがとう。このようなことを言われるのは初めてだけれど、そう言ってもらえて嬉しいわ。」


 きっと私は彼に恋に落ちてしまったのだ。お父様と母が落ちたというものに。


 それからはこれまで以上に胸がどきどきする毎日だった。恋をするだけでこれほど変わるとは考えてもいなかったわ。いっそ恋について研究をしてみれば面白い結果が出てきそうな気がするのだけれど。


 彼と出会ってからもう5年になったわ。時間の経つのは早いものね。私は16になり、彼は21になった。もうすぐ私の誕生日なのだけれど、彼は毎年"プレゼント"というものをくれるの。

 一番初めの年はテディベアという熊の可愛らしいぬいぐるみ。それから毎年毎年贈り物を彼から頂くのだけれど、お返しができないからなんだか申し訳ない。それを言ったら


「お嬢さん、の笑顔、が見れ、るから十、分です。」


 彼はこう言うけれどどうなのでしょう?私は彼から物を貰うという事自体が嬉しすぎて毎年どうにかなりそう。物を貰うという事自体があまり経験のないことだから、もういっぱいいっぱいで。

 もちろん貰った物は大事にしているわ。ぬいぐるみでしょう?白いお花の髪飾りにネックレス、龍が描かれた本の栞。申し訳ないと思いながら今年のプレゼントは何かと楽しみにしている私がいるのも事実。今年は何をくれるのかしら?


 そんな冬の終わり、私達は朝、いつものように庭先でお喋りをしていた。話が一段落ついたところで彼はにこにこ顔をやめて真面目な顔をして話しだす。あら何?貴方が真面目な顔をすると少し怖いのだけれど。

 彼は私の両手を両手で包みこみぎゅうっと握ってくる。彼の手に触れる度に思うけれど、物を直す時に器用に動く手はこんなに大きいのよね。それにごつごつとしていて硬い手。私には暖かくって安心できる。


「お、嬢さん。よ、く聞い、て。俺は今日、城、に旦那様、達と、一、緒に行く。」


 お父様に気に入られたのではないかしら?彼の給料も上がるだろう。何故もっと喜ばないの?


「あら、それは良かったわね!これまでの働きが認められたということじゃない!」


 さらに力を込めて私の手を握る彼は目をぎゅっとつむった。ちょっと、貴方の手と違って頑丈ではないのだから、優しく扱いなさいよね。痛いのよ、力入れ過ぎ!


「で、だ。お、嬢さん、と会う、時間が少なく、なってし、まうが心配しない、で、くれ。」


 そのようなことを心配していたの?いちいち言わなくたって良いようなことだけれど、なんだか嬉しいわね。


「わかったわ。お仕事、頑張りなさいね。」


 私もきゅっと手を握り返すと(もちろん彼のような力ではないけれど)目を開いていつものにこにこ顔にさらに明るさを加えた顔になってくれた。


「あ、あ。頑張、ってくる。」


 それからというものの、彼と会う時間はますます少なくなった。お仕事が忙しいのだから仕方のないことね。

 でも、彼とお話することに慣れていた私は少し退屈になってしまったわ。久しぶりにメイドの話でも盗み聞きをしてみましょう。


 本館と離れの間はメイド達の休憩スペースになっていて、私が出て行くとお話が終わってしまうので私はよく柱の陰から聞いている。あれは私が小さい頃からこの屋敷で働いている方達ね。ふくよかで抱きついたら柔らかそうだなあってよく考えていたわね。歳をとったせいかしら?少し痩せた?


「厩見習いのタカラがご主人様のお付きになるだなんてねえ。馬車だけでの話だけど。」


 あら、彼の話じゃない。よく聞いておかないと。


「どんな仕事も午前中で終わらせてどこかに消えちまうんだから恐ろしいわあ。この間なんてご主人様の執事が半年かけて整理していたものを3時間で終わらせて消えたんだってさ。しかも執事のものよりも正確だったらしいよ。」

「だからクビになっちまったのかい。情けないねえ、厩見習いに負けるとは。」


 そんなことをしていたの!?すごいじゃない!!


「それだけ優秀なんでしょう。それよりも、物がなくなるけど元よりも良くなって帰ってくるのは何なのでしょうね。お化けかしら。」


 残念ながらお化けではないわ。彼の仕業ね。


「私しゃ20年ここで働いてるけど見てないわよそんなもの。どこぞの誰かが物好きでやってるんでしょ。」


 ふくよかなおばさん、その通りです。お化けなんて信じないってお顔をなさっていますものね。


 巻き毛の痩せたおば様が話しだしたわ。この方の声ってキンキンと耳に痛いのよ。


「もっと気になる事件といえば、最近城で図面が盗まれたみたいよ。」


 なんだか物騒なお話になってきたわね。


「知ってるわあ!武器の詳細が書かれた書類一式が盗まれたやつでしょ!大変よねえ。」


 大変どころか重大事ではないの!国の機密情報が盗まれたですって!?


「でも昔の書類でしょ?大丈夫じゃない?」


 能天気なおば様はそのようなことを言うけれど、大丈夫ではないわよ!


「大丈夫じゃないでしょ。そこから改良されたら困り物だわ。」


 つくづくふくよかなおば様とは意見が合いそうだわ。


「あらもうこんな時間!仕事に戻らないと怒られるわ!」

「私達よりも年上のジジイに怒られるのは飽きたわねえ。」

「もっと格好良ければいいのにね。」


 男性の顔については同じ意見のところは昔と変わらないみたいね。


「「「オホホホホ!」」」


 どうして高笑いを最後にしていくのか未だに謎だわ。


 とうとう今夜は私の誕生日。春といってもまだまだ寒くて氷が庭に張って雪も降っているけれど。私の胸はぽかぽかと温かい。彼が来るまでは外の寒さと同じく年中寒かったけれど、今は違う。とても温かくて私が大事にしていくものだ。

 それなのに彼は現れなかった。ずっと庭先で待っていたけれど来なかったわ。きっとお仕事が忙しいからね。仕方がないわ。それでもがっかりすることぐらいは許してくれるかしら?楽しみにしていたのですもの。


 夕食を1人で食べてお風呂に入り、ベッドに横たわる。きっと明日、『ご、ごめん』とか言って来るのでしょう。そうして目を閉じてゆっくりと眠りについていったのだけれど。

 物凄い音がして飛び起きざるをえなかったわ。そうしたら部屋の窓ガラスが割れていて、窓の側に誰かがいるじゃない!すごく体の大きい方ね。顔は……月明かりの影になってよくわからないわ。あら、尖った耳が頭の上にある!尻尾も!!獣人の方なのね!

 えっと、これは、逃げた方が良いのよね?きっと襲撃者なのでしょうから。それはすごいわ。あのお父様の部下達を突破してきたのでしょう?私をさらえばこの帝国に龍が襲いに来るのだから、敵国にとって十分な材料にはなるでしょうし。大してこの国に思い入れた感情はないのだけれど、彼と会えなくなるのは困るもの。ひとまず逃げましょう。


 ちょっと貴方。何ドアの前に立っているの!?逃げられないじゃない!窓から逃げろということかしら?でもこの高さから飛べば死ぬわよ?

 カーテンでも引きちぎって逃げる?でもまずカーテンを引きちぎれるのかしら?


「お嬢さん。」


 あら?この声は。彼の声?でもここにはいないはずよ。だって目の前に近づいてくる方とは体格が違うもの。


「醴英。俺の話を聞いてくれ。」


 目の前に跪き、彼はまたも真面目な顔。いつにも増して怖いです。


「え?貴方、タカラです、よね?」


 彼の頭の上に移動した耳はぺたんと折れる。尻尾も心なしか下がったかしら。


「ああ。俺は狼の一族の者だ。直系の、な。」


 あらまあ!それでは人間ですらないのね!人の姿にもなれると聞いたことはあったけれど、ここまでのものなのね。


「俺はキオワの間者だ。この5年であらかた任務はやり終えた。だから俺は国に帰る。」


 ええ!?間者ですって!彼が?にこにこ笑っている彼がですか!?


「だから、だから……」

「だから?」


 固唾を呑んで待つ私。彼は私の手を握ると下から覗きこんでくる。貴方、今の格好を分かっているの?ズボンは履いているけれど上半身が裸なのよ?しかもいつもよりも割り増しで筋骨隆々になっているの。それなのに可愛らしいお耳と尻尾がついていてひどくアンバランスなことを理解していて?


「だからっ!俺に盗まれて下さい!」


 えええええ!ぬ、盗まれて下さい、ですって?冗談よしなさいよ!貴方、私の立場を分かっているでしょう?


「冗談がすぎるわよ!」


 あら!初めて人に怒鳴ってしまったわ!でもそれどころではないわ、まったく!


「じょ、冗、談じゃ、ない!本、気だ!俺に盗まれて下さい!」


 さっきまですらすらと話していたのに詰まるのね。それと最後だけ詰まらずに話すなんて。どうなっているの、貴方!


 外が騒がしいわね。突破してきただけあって追手が来た、といったところかしら。


「どうしてそこだけ詰まらないの!?私の出自を説明したのをお忘れになったのかしら?無理なことを分かっているでしょう?それに、私のことを誰かがいらないと言ったのかもしれないけれど、もう慣れているわ!気にしないでちょうだい!早く逃げなさい!貴方、間者なのでしょう?」


 逃げなさいよ!貴方と会えなくなるのはもちろんすごく辛いだろうけれど、死んでしまうのはもっと辛いことだから。ドアの外に追手が来たようね。さっき彼が鍵をかけていたけれど、破られるのも時間の問題でしょうね。


「だっ、てずっ、と、醴英、にどう、言おう、か考えて、たから、詰まら、ずに言、えたんだ。それに」


 悠長にお話している場合ではないと思うの!


「貴方、自分の状況が分かっているの!?」


 ドアなんてもうミシミシなっているし。何かで打ちつける音がするわ。どうするのよ!!


「そ、れに、醴英、が、いら、ない、と言われ、ていたのもあ、るけど!俺、が、醴英、を好き、なのが、一、番の理、由だっ!だ、から、俺に盗まれて下さい!!」


 え……?なん……ですって?


「貴方が……私を……?」


 彼の鋭く黄色い目が私を射抜く。彼の瞳には驚いた顔をした私が写っていた。


「そう、だ。貴方、の、ことを、愛し、てる!醴英、は、どう思ってる、か知ら、ないけ、ど、俺、は貴方、を愛してる!だから、俺に盗まれてください!!」


 すごく、すごく嬉しい!だけどこんな状況で言うかしら!?両想いだったことはとても嬉しいのだけれど……ああああ!


「私も、貴方のことが大好きです。盗みはいけないことだけれど、私を盗んでちょうだい。」


 彼はとても嬉しそうだ。耳がピンとたって、尻尾はゆさゆさ揺れている。


「ありが、とう!醴英!」


 でもその時。ドアがバキッと壊された音がした。私は知らない男に肩を強引に引っ張られて後ろに下がらさせられ、私を取り戻そうと前に出た彼は鋼の網に囚われてしまった。もがかないで。もがけばもがくほど絡みつくその網を私は知っている。


「タカラ!!」

「醴英!!」


 必死に叫ぶが、何かの薬を嗅がされて、私は意識を飛ばされた。


 目を覚ますと夕方だった。空が真っ赤に染まり、血を連想させるそれはとても不吉に思える。


 大勢の男達に加えて、お父様にお母様、私の弟達や妹もいる。ここは本館のお庭かしら。私はというと手を後ろ手にくくられて椅子に座らせられているみたい。私には何もできないというのにね。笑えるわ。


 彼は皆がとり巻く円の真ん中に縛りつけられていた。体は人間のものに戻っており、深い傷が体中につけられている。


「お前には失望した。目をかけていただけあって、残念だ。」


 お父様の冷たい目。久しぶりに見るわね。私が生まれる前は良く笑う方だったらしいけれど、今は年中こうなってしまったみたい。私はお父様に会うのが何十年ぶりで顔すら忘れかけていたのだけれど。


「あんた、達、の情報、はすで、に本国、に転送、済、みだ。俺、に何、をしよう、とどう、にもな、らない。」


 手際が良いこと。そうでもないと間者には選ばれないのでしょうけれどね。


「そうか。ではお前には奴隷になってもらおう。死ぬまで帝国に仕えるのだ。光栄なことだな。」


 奴隷ですって!奴隷になる時に押される特殊な焼き印で魔法が使えなくなると聞いたことがあるわ!貴方自身が逃げられなくなるじゃない!


「反、吐が、出、るね。」


 彼の顔を蹴りつけたお父様は冷ややかな声で執事に話しかける。なんてことをするの!顔の傷が余計に酷くなったじゃない!!お父様が彼の顔を蹴りつけたところなんて怖すぎて見ていられない。目をつぶってしまうぐらいなのに、他の方々は平然とした顔。ありえないわ、貴方たちの感性はどうなっているの?


「奴隷商人はまだか。」


 何か小型の機械の表面を覗きこんだ執事はそれを懐に戻して報告する。


「もうすぐ到着するとのことです。」


 彼はその言葉を聞くとバッと伏せていた顔を上げて赤い空に吠えた。顔は人間のままだけれど、本物の狼のような力強く太い遠吠え。狼の一族の者なのだから、本物に違いないのだけれど。


「耳障りだ!黙らんか!!」


 お父様は何度も彼を蹴るけれど、彼は何度も何度も遠吠えをした。赤い空にその遠吠えが溶けていく。


「これで懲りたか!!」


 肩で息をするお父様はとても情けなく見える。彼も蹴られすぎて遠吠えをする力もなくなったようだった。


 私はぼろぼろと泣くことしかできない。彼のこんなにも悲しげな遠吠えや蹴られて無残な様子は見るに耐えない。


「奴隷商人が到着致しました。」


 ガラガラガラ。やけに馬車の車輪の音が鮮明に聞こえる。もう、やめて。嫌だ、お願い!!誰か、助けて!!


「さあ、これでお前も」


 お父様が奴隷商人から焼き印を受け取り、彼の背中に押そうとした瞬間。彼が発したよりも大きく、力強い遠吠えが私の真後ろから響く。首だけを懸命に後ろに回して背後を見ると、真っ赤な空に大きな狼の形をした黒い塊が、いた。


「旦那様!!お逃げください!!」


 黒い塊からお父様を守るように立った執事だったが、吹き飛ばされる。見ると、先ほどまで黒い塊のいた地点から執事の間までにいた男達も皆散り散りに蹴散らされている。

 お父様の前に立った黒い塊だったが、お父様はなんと、彼に焼き印を押そうとしていた。


「ははははは!お前がどうしようと、この男は奴隷になる!!」


 お父様が彼に焼き印を押しつけた。肉の焼ける音と彼の絶叫を予想し、目を必死につむった私だったけれど。そのような音は私の耳に届くことはなかったわ。恐る恐る目を開けると、彼の代わりにお父様が悲鳴を上げるところだった。


「私の手が!あぁっ!あぁ!ああああ!!!」


 お父様の手は噛みちぎられており、千切れた手はお父様の足元にぽいと投げ捨てられていた。ちょうど水桶に入り、ジュウウと鉄が冷まされていく。


 黒い塊はお父様が失神するのはどうでもいいらしく、彼に近づくとにゅうっと人型に変わった。


「何やってんだ。今まで上手くやってたのに失敗するとはな。俺は今日、大事な妹達の試験日だったんだぞ。じっくり見ようと思っていたのに、どうしてくれる。」


 黒い髪の男性は全身が裸だったのに、次の瞬間には服を着ているわ。どうなっているの?魔法、かしら?


「ごめ、ん、なさい。」


 がりがりと頭を掻いた彼の両耳には赤いイヤリングが。もしかして。


 バキンと何かが壊れる音がする。男性が彼の手錠など彼を拘束していたものを壊し、彼を自由の身にした音だった。


「ほら、魔力封じの手錠を壊したんだ。さっさと転送魔法陣で帰れ。それぐらいの魔力は残ってんだろ?」


 近づいてきたお父様の部下達を紅い鞘から刀身を抜いて、ばっさばっさと斬っていく。


「でも、俺、の魔力、じゃ、彼女、も連れ、て帰、れない。」


 彼は男性の後ろで炎の魔法を使って男達に攻撃している。なかなか威力があるのではないのかしら。


「あ゛?あー、前に言ってた"お嬢さん"のことか。ほら、予備の転送魔法陣やるから持っていけ。」


 男性は1枚の布を懐から取り出すと彼に投げ渡した。彼は慌てて受け取ったけれど口をしかめて頑固な顔になる。


「で、も、団長、いつ、も1枚、しか持っ、てない、んじゃ」

「うるせえ。さっさといけ!」


 どん、と彼を私の方に突き飛ばした男性は一人でお父様の部下達と相手をしだす。


「お待、たせ。怖、い思い、をさ、せてごめ、ん。」


 彼は魔法で創りだした鋭い氷の塊で私の手錠を壊す。私の手首は痛いほど凝り固まっていたけれど、自由に動かせるようになった。


 本当よ!!どれだけ心配したか絶っっっ対に貴方にはわからないでしょうね!


「馬鹿。心配させないで!」


 涙が次々に溢れ出る。だって怖かったの!死んでしまわないか、本当に!


「ご、ごめ、ん。」


 彼はオロオロとする。オロオロしたって許さないんだから!!


「あれは貴方のお兄様?」

「う、ん。そう、だ、よ。」

「早く逃げろ、馬鹿共!!こんな所でいちゃつくな!!」


 彼のお兄様に怒鳴られてしまったわ。凄く怖いお顔なのだけれど、何故か口元は笑っているような気がするのは気のせいかしら。


「は、はい!」


 彼はお兄様から貰った布をばさっと地面に広げて布に手を当てる。ぼおっと青白い光が彼の手から広がり、布全体に光が浸透していく。


「綺麗な夕焼けだ。カメラがあれば撮れるのにな。」


 敵を排除しながらぼそぼそと何かを呟いていたお兄様だったけれど、どこからか声が聞こえる。


『団長ぉ!タカラの家に侵入してタカラの拾い集めたもん持って帰れって言ってましたけどぉ、ごっついおっさんがいっぱいで行きたくないッス〜!』


 若い女性の声だ。機械を持っていないから魔法の一種かしら。彼は布に手を当てたままだ。だんだんと青白い光が強くなっていく。


「うるせえ。俺もおっさんに囲まれている。それぐらいどうにかしろ。」


 投げやりにそう言うお兄様はいかにも気怠げだ。


『えぇ〜!あんまりッス!』


 泣き声の女性を慰めるように穏やかな声の男性が慰める声が聞こえてくる。


『おい、後でタカラに泣かれる方が厄介だろ。団長、後で奢って下さいね。』

『私もッスよ!忘れないで下さいネ!』

「ああ。わかっている。」


 彼の魔法のせいか、布はいよいよ眩しいほどに発光をしだす。彼は布から手を離すと私の手を取り、その黄色い瞳で私を見つめた。


「俺、に、盗ま、れてく、れますか?」


 灰色の彼の髪が布から巻き起こる温かい風に揺れる。私が返す言葉はただ1つ。


「ええ。そのかわり、幸せにしてね。」


 彼はにこりと笑うと私を抱きしめた。硬い胸板と腕に囲まれて、苦しいぐらいだけれど。胸の中から沸き上がるこの感情の名は。幸せ、ね。


「も、ちろん。」


 次の瞬間、私達は青白い光に包まれて家の庭から姿を消した。目を開けると赤い夕焼けのかわりに満天の星空が。違う場所に来たんだなってことがわかる。


「遅れ、てごめん。誕生、日、おめで、とう。」


 ああ、そうだったわね。貴方、覚えていてくれたの。私でさえいろいろありすぎて忘れていたわよ?


「ありがとう。」


 今年のプレゼントはあの離れから出してもらえただけでも十分ね。それよりも早く、貴方の手当てをしたいのだけれど。痛々しくて、見ていられないわ。


「あ、の、プレ、ゼント、なんだ、けど、受け取っ、てもらえ、ますか?」


 どこから取り出したの?何もない空間から出したように見えたのだけれど!?これも、魔法?


 彼が私に差し出したのは小さな箱。大きな手のひらの上でその箱を開けると、小さな可愛らしい金色の指輪が納まっていた。

 もしかして、これって、婚約指輪なのかしら!?だいぶ段階を飛ばしているような気がするのだけれど!でも。


「ありがとう。こんな……素敵な指輪を貰えるなんて。大事にするわ。」


 にこにこ顔をさらに、にこにことさせた彼は指輪を私の左薬指につけると再び私を抱きしめる。


「俺、も、醴英、って、いう大、事な、奥さん、を大事に、護る。」


 大空に輝く星々が私達を見守っていたわ。素敵なプロポーズ。


 あれからいくらかは過ぎたけれど、私の旦那様は今日も素敵です。

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