第8話 進撃
40分前__
城鐘高校・戦闘場
「これより、城鐘高校と有原高校の公開演習を行います!」
霧島部長と黄泉原さんの提案で俺、多摩翔は城鐘高校の公開演習を視察する事になった。本来こういう仕事は黄泉原さんが適切だと思うんだが、葉隠のオペレーションもとい王並の実力を見るために王並工業に残り、手持ち無沙汰な俺が向かう事になった。
『いいか?向こうのエースばかりに注目するなよ。その周りの戦力にも目を向けろ。配分的には6:4くらいで観察するんだ』
(部長の言葉は百里ある。エースばかり見てそれをサポートする周りの調査を怠れば即ち負けに繋がる。周りの高校の様子を見てみると、去年度のエースのあまりにも強大な実力を見て、その戦いを間近で観察する事により対策を練ろうとしているのが大多数だな)
確かにエースの徹底的な対策を取り、最優先に潰すのは有効打になり得る。しかし冷静に考えてみれば、それが通用すれば過去に5回も優勝できるわけが無いのは自明の理である。
(さて、そろそろ試合が始まるか……ん?なんだあの機体?)
両高校の機体が揃った途端、会場が少しざわめいた。エース機と思しき機体が、右腕に一振りのレーザーブレードを装備しているだけでフィールドに降り立ったのだ。
(去年のデータとまるで違う……ブレードはあくまで補助武器で、ライフルとハンドガンがメインだったはず……それに、機体デザインも違っている……?)
そして、試合が始まった。
「試合は一方的でしたよ。城鐘のエース機が高速で敵機に近付き、レーザーブレードで一瞬で倒して行って……それの繰り返しです。周りの機兵器の補助も完璧でした。あくまでトドメはエースに任せ、補助に徹する……まるで」
「前までの俺たちの戦い方だってか。ちっ、当てつけを食らってるみたいで気に食わねえ」
多摩先輩の撮ってきた試合を黄泉原さんが観察し終わったようだ。なんだか浮かない顔をしているように見える。
「こいつら、全然本気で戦ってないね。DCSすら起動してないよ」
「……どういう事です?それに、DCSって」
やはりと言った様子で、多摩先輩は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「俺らは城鐘のエースが適正者なんじゃねえかって睨んでたんだ、案の定だったな。」
部長が簡単に俺に説明したあと、黄泉原先輩が付け加えた。
「DCSを展開している際はNOAAが反応して青色の光を発するんだ。去年の試合では光ってたんだけど、今の映像にそれは確認できなかった……まあ本試合前に切り札見せるわけにはいかないもんね」
仕方ないさ。黄泉原先輩の一言で取り敢えずの研究は終わった。その後、軽く起動チェックを行い解散となった。
城鐘高校……
「……奴らにDCSを見られるわけにはいかない。そういう理由があっても全力で暴れられないってのは辛いっスわ……ねえ、部長?」
「……いつかは弁明しなければならないな」
「無視っスか……まあいいっスけど。でもいつかって、いつにするんスか?」
それまで話を続けていた生徒2人は互いに沈黙してしまった。
「もう、動き始める頃だと思うんス。そろそろ他所に連絡回しましょうよ」
「しかし、それは契約の範囲外だ。破りでもすれば……」
「そんな紙切れと多くの人命、秤にかけるまでもないでしょ」
髪を染めた下級生とおぼしき生徒がもう片方に詰め寄る。先ほど部長と呼ばれた方の生徒は気難しい顔で固まってしまった。
「行動は早ければ早いほど良いに決まってます。後手後手に回って取り返しがつかなくなった、なんて笑えないっスよ」
「……わかった。やれるだけやってみよう」
2人の生徒に迷いは無くなった。彼らはその夜機兵器に乗り、どこかへ消えた。
そして、翌日。
「部長」と呼ばれた生徒のボロボロの機体と、その生徒の亡骸が発見された。その向かい側に見慣れない黒い機体が倒れていた。
この事件から、機兵器を巡る大きな運命の歯車が回り始める。
「葉隠、聞いたか?あの事件」
「……ああ。城鐘の部長だろ?」
「起こってほしくない事が遂に起きたな……」
俺は教室で隣の席にいる中橋と例の件について話していた。機兵器を使った殺人……軽い戦争だ。そんな報せが広まれば、機兵闘技祭なんて開かれる事もなく……今年度は中止となってしまった。
「お前、確か機兵闘技祭目指したくてここ入ったんだろ?なんつーか……」
「ついてねえな、俺も」
なんとも言えない虚無感を感じながらも昼になり、食堂に向かおうとしたその時。
「みんな、取り敢えず席に着け。特に葉隠、お前に大きく関わる事だ」
先生が突然教室に入ってきた。かなり神妙な顔をしていて、教室の雰囲気が急激に重くなる。
「俺に関わるって事は……機兵器の事ですか?」
「ああ。連合軍が前々から議会を開き、今朝『締結』した条約だ」
__対機動兵器自衛許可法
所属不明・不審な機動兵器(機兵器)に対して、機動兵器を持つ者はこれをもって反撃する事を許される。尚、反撃の際の殺害は不問とする。
「なんだよ……なんなんだよ」
俺の憧れた機兵器は、こんな事に使われるはずのない物だった。なのに……
「……君に戦う覚悟があるのなら、これを君の機体に貼ると良い」
先生はそう言って、俺に1枚のマグネットをくれた。
「それは、この条約に基づき、戦う事を決めた証明だ。戦うかどうかは自由だが……私はできるだけ戦って欲しくない」
「……」
俺は黙る事しかできなかった。本当は今すぐにでも投げ捨てたかった。でも、身体が、全く動かせなかった。
「よお、葉隠。元気かー、ってそんなわけねえか」
部室で暇を潰していると、霧島部長がやってきた。
「映像の中じゃあんなに元気そうだったのにな。多摩なんか現地で見てきたから尚更ショックでけえだろうよ」
「俺、未だに信じられないんです。機兵器がこんな事に使われるなんて」
「俺だってそうさ。こんな事をした奴らを絶対に許しちゃならねえ。機兵器を殺しの道具に使わせるかよ」
俺は、敢えて避けようとしてた質問をぶつけた。
「先輩は……戦うんですか?」
「……どうだろうな。今はまだ決めらんねえや」
「て事は、戦うつもり……少しはあるんだね」
いつの間にか黄泉原さんが部室に入って来ていた。多摩先輩と王並も一緒だ。
「少なくとも、中途半端な気持ちで戦うのはダメだ。そんな軽い気持ちで行ったら……犠牲者に合わせる顔がねえ」
黄泉原先輩と部長の話が一段落したところで、王並が口を開いた。
「……すみません。1つ、良いですか」
彼女が手元から何か資料を取り出した。「各高校機兵器部宛」とあり、差出人は……
「城鐘から……?一体なんの資料だ?」
開くと、[極秘]の記載と[生徒にのみ開示を許可]との指定があった。
その内容は、例の事件の詳細が事細かに書かれていた。
「以下は事件の背景についての詳細である……国はかねてより、反国家戦力・エスカを確認していたが、その正体を掴めずにいた。昨年11月、身分不明の男から1通のメールを貰う。その内容は、所属不明の機体が都内の某所にあるというものであった。……国はあの機体を前から知ってたってのかよ」
「……文句は後にしろ。今は現状把握が先だ」
「……その機体は黒く、多くのパーツが改造されたものであった。動力は既に停止しており、何者かに撃墜された後の様であった。これをすぐポートリック・サイエンス社に聞いたところ、数年前に機兵器の試作品の数機を奪われ、それを量産・改造を施した集団がいたという回答が返ってきた。政府はこの機体をその集団の物とみなし、前年機兵闘技祭優勝高校である城鐘にのみこの情報を伝えた。……そんで、この始末か。笑えねえよ」
「……待ってください。まだ続きありますよ。追記:先日、黒い機体と交戦した雨宮仁部長と共に出撃した聖坂卿染です。今回の事態は連中の暗躍を明るみに出そうと画策した私たち2人の単独作戦で、2人がかりでほぼ相討ちに近い結末に終わりました。部長の死は大きな損失でしたが、敵がどれほどの実力者かをわかっていただけたと思います……。こいつ、自分のところの部長が死んだというのに、なぜこんな態度を……っ」
「多摩先輩落ち着いてください!怒る理由もわかります、けれどここは全部読み終えましょう。その後、1発殴ればいいんです」
王並の説得で、なんとか多摩先輩は落ち着いてくれた。でも確かに、この聖坂とかいう男はなんでここまで冷静なのだろうか。本来なら1番怒りに燃えるべき人間だ。
「…… 頭は冷やせたか?じゃあ続き行くぞ。相手の実力をわかって貰った上で聞きます。この文書が届いた高校の中にDCSを……起動できる学生はいますか」
俺は察した。もう、この戦いから逃れる事はできないんだ。機体を自在に操れる者がこの戦いには必須なんだ。
「戦うか否かは自由です。もしよろしければ以下の日時に集合願います。良き返事をお待ちしております。……ここで終わりだ」
聖坂が指定した日時は5月14日18:30。それが、おそらく構えていられるギリギリのラインなのだろう。でも……俺は戦いたくない、でも戦わなければならない。一体どっちを選べば
「葉隠!」
黄泉原さんの呼び声で、俺は現実に引き戻された。
「あんたが機兵器で人を傷つけたくないのもわかる。でも自分は大きな戦力で、戦わなければ多くの命が消えてしまうのもわかってる……そこで悩んでるんでしょ?」
たった数週間の付き合いなのに、そこまで見抜いてくる……やっぱりこの人はすげえや。
「……っ、その通り、です」
俺は、正直に俺の迷いを吐いた。ガキの頃から憧れてた機兵器をぞんざいに扱う奴らが許せない。でも機兵器で戦えない、戦いたくない。そんな甘い自分も気にくわない。先輩達は黙って俺の話を聞いてくれた。
「葉隠。よく言えたな」
最初に口を開いたのは霧島部長だった。
「俺も、黄泉原も、多摩も、王並もみんな同じだ。みんな機兵器が好きで、それこそ相棒のように共に歩いてきた。それを人殺しに使う奴らは許せない。でも、相棒を使って仇といえども殺しはしたくない」
「きっと他校の生徒も同じ気持ちです。戦うか戦わないかは別にして、取り敢えず行きましょう、城鐘に」
「僕と戦ってた時の威勢はどこ行ったんですか?らしくないです。決めるのは、行ってからでも遅くないんですよ」
「1人で抱え込む必要は無いんだよ。いつでも私たちに頼っていいんだからさ」
先輩達や王並の言葉が心に直接届いてきた。そうか……最初から答えは決まってたのか。先生からコレを貰ったあの時から、ずっと。
「みんな、ありがとう。俺、決めました」
俺は零に向かって歩く。そして肩部にマグネットを貼り付けた。
「……覚悟は、できたのか?」
「はい。俺は、戦います。でも殺さない。2度と動けないように叩きのめす……って甘いですかね?」
これが俺の答えだ。殺したくない、でもやっぱり相手が許せない。なら、殺さずとも倒す。これが、俺の出せる答えだった。
「いいんじゃない?あんたが苦労して出した答えなら、それが1番だよ」
すまねえな、零。お前を戦いの場に出したくは無かったけど……奴らを倒すまでの辛抱だ。それまで、協力してくれるか?
俺の心の中の問いに答えるかのように、零はわずかに青く光った。まるで、俺がみんなに隠している事も見抜いているように。
この戦いで絶対に死ぬわけにはいかない、俺の約束のために。
第8話了