tokonatsu
1
ハワイ、そこは常夏のビーチ。訪れる人々がそれぞれに酔いしれる楽園。普段は東京の乾いたオフィスで毎日を過ごす私も例外ではなかった。
ハワイに一人旅。
会社の同僚にはずいぶん馬鹿にされたが、いやいや、これはこれでいいじゃないか。ビキニの女に、観光客のはしゃぐ声、透き通るようなコバルトブルーの海に、白い雲、青い空。日本じゃ絶対味わえない特別な世界がここにある。素晴らしいじゃないか。もし、家族なんていたら大変なんだろうな。常にトイレに気を使って、食べ物探して・・・大変そうだ。
そりゃ、家族がいれば、にぎやかで退屈はしないだろうけど。
2
私はこの旅行で、一人の女性と知り合った。外国人じゃなく、日本人だ。英語が喋れない僕に、外国人の友達ができるはずもないが。
それはそうと、その女性とは、とあるカクテルバーで出会った。空港の割引パンフレットに掲載されていたバーだ。店内にはブルーとオレンジのライトアップがされていた。ハワイアンなBGM音楽が流れていたりして、雰囲気があった。人気があるらしく、僕が店についた時には行列ができていた。店内からは、かすかに音楽が聞こえるが、行列に並ぶ人々の声が狭い白壁に反射して結構うるさい。
さすがに退屈だったので煙草に火をつけようとしたとき、女性が後ろから声をかけてきた。私は、そのやさしくしっかりとした声に安堵感を覚えたのと同時に、端正な顔立ちで、いわゆる美人の彼女が話しかけてくれたことに胸が躍った。向こうにその気はなかったと思うが、私は一目惚れしてしまった。
彼女と話しているうちに。彼女が沖縄出身だということ、プロのカメラマンで世界中を旅しているおかげで、英語のほかに、フランス語やドイツ語などがしゃべることができることなどを知った。どれも私にはない魅力的なものに感じ、ますます彼女のことが好きになった。
彼女はこのカクテルバーに何度か足を運んでいて、おすすめはプレレフアというトロピカルカクテルだそうだ。ぜひ飲んでみたかったが、それより私は彼女と隣の席で話がしたかった。
しかし、結局席は遠く、それ以上話せなかった。それでも、僕と彼女は偶然帰国する日が一緒だったので、メールアドレスを交換して、その日はホテルに帰った。彼女は仕事で来ているので、そんなに会えないかもと言っていたが、せめてあと一回だけでも会いたかった。数回のメールのやり取りの末、私たちが帰る前日、夕方にあのバーで会えることになった。
さて、二日の空白ができてしまった。できないサーフィンを楽しんだり、土産物を買ったりしてハワイを満喫した。ある宝石店に立ち寄ったときに一つ、あやふやなものを買った。もし彼女といい感じになったときのためにプレゼントしようと思い、青い真珠のネックレスを買った。もし彼女と上手くいかなかったら、そうだなぁ、ちょっと気になる会社の子にでもあげるか。
とにかく青い真珠のネックレスの行方はどうなるか、それにかかっていた。
カメハメハ大王よ私に幸あれ!
3
待ちに待った帰国前日の夕方、私は気合を入れて例のバーへ足を運んだ。今日は行列ができていない。彼女もまだ来ていないようだ。まだ約束の1時間前。ハワイで時間の使い方を間違えたのは今回ばかりではない。彼女が来るまでの時間は、さまざまなカクテルを試し飲みして過ごした。ただしカクテルに酔ってこのチャンスを台無しにしない程度に。
カクテルを二、三種類試した頃、日本人の初老の男性に声をかけられた。
「楽しんでますかな。」
気さくに話しかけてきたその初老の男性との話は大いに盛り上がった。
日本の会社の話、ハワイの海がきれいだという話、ハワイの人々の悪口なんかも話した。初老の男性は定年で退職し、奥さんと二人でハワイに旅行に来たという。夫婦で水入らずのハワイ旅行。
なんて素敵な夫婦だろう。
この人と話しているうちに、私にとってハワイの楽しみの一つは、ハワイで出会った日本人との交流だと感じた。英語をしゃべることができたなら、もっと楽しいだろうけど。私はそれからしばらくその男性他愛もない話をしていたが、残念なことに、初老の男性は、奥さんとの時間を楽しむために帰って行った。
しかし、ほどなくして、
「待った?」
と懐かしい声がした。全然、と嘘をついて彼女のために椅子を引いた。
「ごめんね。仕事が少し長引いちゃって。でも、おかげさまで満足のいく写真が撮れたの。見る?」
「うん、見たい。」
彼女は、前に会った時にも持っていた青いエナメルのバックから写真を数枚撮り出した。
バーの照明は薄暗いので、鮮明には見えないが、彼女もそれを承知で見せてくれた。
「きれいだね。これカメ?」
「カメじゃないよ〜。マンタ。かわいいんだから。」
君の方が可愛いよ。
「ハワイよく来るの?」
「う〜ん、ハワイに関する仕事が入ればね。今回たまたま夕方の浜辺が私のテーマだったから。」
「そっか。いいなぁ、楽しそうで。」
「うん。私も今の仕事に満足してる。そうだ、写真撮ってあげようか?普段あんまり人はとらないんだけど。」
「本当に?うれしいな、プロのカメラマンにとてもらえるなんて。」
写真を撮ってもらった瞬間、正直、彼女に撮ってもらうことよりも、彼女と一緒に写りたいと思っていた。とはいえ、カメラマンである彼女にそんなことを言えば機嫌を損ねると思い、黙っていた。写真を撮り終えると彼女は、
「ねぇねぇ。すごい景色がきれいなところがあるんだけど行かない?」
といった。私は彼女からの誘いを断るはずもなく、言う通りについて行った。
私たちはバーを出て様々な店が立ち並ぶ浜辺を歩いた。バーにいた時の喧騒はまるでなく、遠くで夕食を楽しむ人々の音がする程度だ。ロマンチックと言えば聞こえはいいが、二人の間に会話はなかった。私の頭の中で、何を話したら盛り上がるのか必死で探していた。
「ハワイって本当何もかも素敵よね。でもハワイの人ってかわいそう。」
「何で?」
「だってこれが当たり前になっちゃうんだもん。真っ白な宝石みたいな砂浜に、魚がはっきり見えるきれいな海。でも、もしハワイの人が日本に来たら、今の私たちと同じ様な気もちになるのかしら。」
「・・・。」
「どちらにしても私にとって、ハワイは永遠の夢の場所だと思うの。現実なんだけど、現実の枠に入れてしまうとうまくおさまらない。だからこそ素敵なんだけど。」
そうだ、私だってそれは強く感じている。この世界を現実とすれば、私が明日から始める元の日常の世界は一体何なのか。私がハワイで彼女と出会い、話し、楽しんできたことも、すべて現実の世界へ持っていってもいいものなのか。
そうこうしているうちに彼女の言う、景色の奇麗な場所に着いた。そこは、小高い場所からビーチを見下ろせるようになっていた。ビーチには、寄り添う二つの人影が点々としているほか誰もいない。真っ赤な夕日照らしている海は、旅情を誘った。
あぁ、常夏のサンセット。
私はその景色に見とれ、彼女はカメラのシャッターを切っていた。
太陽が沈み、店明りが目立つ頃には、私の心の中は、とても澄んでいた。
私たちはその後、海の見えるレストランのバルコニーで彼女と、ハワイで最後の晩餐を楽しんだ。
「じゃぁね。」
「うん。もし、またハワイで会ったらこうして一緒に食事しよう。」
「いいわ。じゃ、それまで元気でね。」
「うん、それじゃ。」
帰り道、私は青い真珠のネックレスをヤシの木にかけ、翌日ハワイを後にした。