第2話
学校に着くと、カバンを教室に置いて翔と2人で更衣室に向かった。
めんどうくさいからトイレで着替えたいのだが、トイレで着替えていることは禁止されている。特に全校生徒が運動着に着替える今日は教師たちが見回りをしているためバレる可能性が高い。そんなリスクは犯したくないため、仕方なく更衣室で学校指定の運動着とジャージに着替える。
すると予鈴のチャイムが構内に鳴り響いた。
「やべっ、割とギリギリだな!戻ろうぜ」
翔がジャージのチャックも締めずに制服をグチャグチャに袋に詰め始める。
それに急かされた俺も慌てて制服を同じように突っ込んだ。
「よし、急ごう」
二人で誰もいなくなった更衣室を出ると急いで教室まで戻った。
二人で教室に入ると、一人の女子生徒が歩いてこちらにむかってくる。
「おはよっ、光一!それと一応そこの遅刻大魔王も」
「一応ってなんだよ!おめぇ一度くらいまともにあいさつしてみろよ!」
「だーれがあんたにまともにあいさつなんてするもんか、アホ」
あー、今日もまた始まったか…。
彼女、石原朱音はいつも翔をこうやってからかい、翔もいつもそれを真に受けて反発する。
翔は所謂鈍感というやつである。
「まったく、幼馴染みってのはどこもこんな感じなのかね?」
「しょうがねぇだろ光一!こいつがいっつも俺をバカにするのが悪いんだよ!」
ったくだからそのバカにするために毎度飽きずに突っかかってくる理由を考えてみろよ、このバカ!
考えもせずにバカみたいに毎日バカバカ言われて…さっきからバカしか言ってない気がするな。
最近のことと言えば…この前学校帰りにカラオケに行った時のことが一番新しいパターンだと思われる。
その日、石原がイメチェンなのか普段しない髪止めを付けていた。そのことに翔が帰り道で気が付いて(翔がそういうところに気付いたのは奇跡)「お前のその髪どめ、結構似合ってんな」と言ったのだ。
後の石原の顔といえばそれはもう天にも昇るような喜びを感じさせる笑顔で、終始口の両端上がらないように必死に抑えていた。
しかしそんな石原に翔は「どうした?で顔の筋トレか?」などと言い出したので 石原はしょうがないとなんとか我慢していたが、流石にこれにはドロップキックをかましてしまった。
「お幸せに…」
もうこいつらのことは放置しようと決め、一人教室の右後ろにある自分の席に座った。
「もう何言ってんのよ光一!」と言う誰かや「どこをどう見たら幸せなんだよ!」とほざく誰かの声が聞こえるが、それさえももう気に耳に入れないようにと机に突っ伏すことにした。
席に着くとまるで俺が座るのを待っていたかのように同時に本鈴のチャイムが鳴り、まるでチャイムが鳴るのを待っていたかのように同時に副担任である真鍋先生教室に入ってきた。
「ホームルームを始めるぞ、早く席に着け!」
立っていた男子生徒は皆、「やべっ!」と言うか、そうとでも言いたそうな顔をして足早に席に着く。
生徒が全員席に着いたことを確認すると真鍋先生はホームルームを開始した。
「それではホームルームを始める。今日はわかっているだろうが実技考査が行われる。前回の実技考査からそれほど経ってはいないが、それでも…」
真鍋先生の話は右耳から入って左耳から抜けていくように頭に入ってこない。朝同様その話を聞くキャパシティーが無いほど考え込んでしまっているからだろう。
実技考査はパンドラを用いた戦闘を生徒同士で行いその能力、戦闘の内容をいくつかの項目から評価される。
普通科では装科大学への推薦において最も大きな審査基準となる成績である。つまりは、普通科の生徒にとってこの実技の成績はまさに生命線なのだ。
俺の実技の成績は間違えなく絶望的だと言える。
なぜなら最低基準であるパンドラを用いての能力の使用ができないからだ。
そもそもなんで能力が使えない俺がこの装科大学付属第四高校に入学できたのかと聞かれたら、EMの適応値だろう。聞いた話では俺は入試での測定において適応値で世界的に見ても類をみない高数値を叩き出したらしい。
そのためもしその欠点が改善されるならという希望的観測も含まれてなんとか入学することができたのだ。
しかしこのまま能力を使えない状態が続けば、悪ければ3年生に上がる前にこの学校にいられなくなるだろう。
窮地とはまさにこのこと言うのだと思う。
「…をしろ!聞いているのか、神崎!」
先生なんか怒ってるな…って、え?俺?
「はっ、はい!」
慌てて返事をすると周囲からは馬鹿にするような笑い声が聞こえる。
先生はやれやれとため息を吐くと、恐らく先ほど聞いていなかったため2度目になるだろうと思われる要件を言う。
「ホームルームが終わったら私と一緒に職員室に来い」
なんだ?よりによって今日ですか?今回成績が悪かったら…みたいな話でもされるのか…ああ、アーメン。
ホームルームが終わると言われた通り真鍋先生と共に教室を出る。
成績に関して言われることの恐怖で心臓の鼓動がどんどん早くなっている。
一階に降りて一番手前の扉を開いて職員室に入る。先生は自分の椅子に座り机の上にあったペットボトルの身を少し飲む。見たことのないそのラベルに思わず目が行ってしまう。
「元気もりもり、今日もあなたを輝かせる乙女炭酸!」ってなんだよ…ていうか真鍋先生がこれ飲んでいるということが既に色々と突っ込みどころあり過ぎる…。
もう口に出してしまいた、そんなツッコミを心の中でかましている俺に向けて真鍋先生は口を開いた。
「君は今自分が置かれている状況、そして今後自分に起こりうることの可能性を理解しているか?」
「えっ!?いや決して乙女炭酸が真鍋先生に似合わないとかそんなこと微塵も思ってませんよ!?ええ、全くもって!!!」
「はぁ、全く何を言っているんだか。私だって乙女だ、輝きたい時だってあるさ。だが今はそんな話じゃない、今日を何の日だと思っているんだ光一?」
真鍋先生にも輝きたい時があるんですか!?何それ知りたい知りたい詳しくお聞かせ願えないでしょうか!?…じゃなかった。
今の発言が本当なのかは知りたいところだが、今はもっと重要な話があることを忘れてはいけない。
ちなみに真鍋先生にはいろいろとお世話になっていることもあり、彼女からは二人で話すときに光一と名前で呼ばれている。
「はい、もう後がないってことですよね。それは十分理解しています。だけどこればかりはどうしようもないんです…」
「ああ、わかっている。だが今回話があるのは私ではない」
そういって先生は真上を指さした。
俺もその指の先に何かあるのかと上を見る。もちろん、視界に入るのは天井と50年前から国内シェアが100パーセントとなったLED照明灯だけだ。
まさか天井に張り付いて反省しろってわけじゃないよな?
そんな下らないことを考えている俺に真鍋先生はため息を吐いた。
「何を考えているのかは知らんがお前にがある相手は人間だぞ。それも校長だ」