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EAT MAN  作者: 三文士
4/7

紳士は逢瀬に、浮かれてしまう

またまた間が空いてしまいました。ここから完結まで少し更新速度をあげてゆきます。お時間のある方、ぜひお付き合いください。

私とユリの勤め先からそう遠くない場所にある商店街。



程よく賑わいを見せるその通りを少し横道に入ったところに小さなイタリア料理店がある。



無愛想だが腕の良い店主と、ぼおっとして気が利かないが愛嬌のある若い娘で切り盛りしている町の料理屋。



店主自慢の手打ちパスタに加えて、とびきり美味いミラノ風カツレツを食わせる。



ワインも豊富に取り揃えている。



そこは私の大のお気に入りであり、初めてユリを連れて行った時も彼女が大げさなくらいに感激してくれたのをよく憶えている。



三組も客が入れば一杯になってしまうこの小さな店で、私とユキは今日はじめて

男と女という関係の下二人きりで食事をする。



今までは職場の同僚として。



その次は相談する者とされる者。



そして今、我々はお互いを恋人候補として視野に入れた上でこの会食に臨んでいる。



しかも、私のお気に入りの店で。



いや、今では彼女のお気に入りの店でもある。



まさに完璧だ。



完璧な人生の流れを感じている。



人生が思い描いた通りの順序で進行している。



こんなに気持ちの良い事があるだろうか。



私はアンティパストと白ワインを前にして既に満腹を感じていた。



「どうしたんですか?さっきから?」



「ええ?」



私はハッと我に返って目の前のユリに意識を戻した。



そうだった。



こんなにも素晴らしい女性を目の前にしてうわの空でいる事がいかに罰あたりな事かをまざまざ思い知った。



それほどに彼女は魅力に溢れただ座っているだけでも、まるで一枚の巨匠が手がけた名画を見ているようだった。



完璧なのだ。



まるで作り物の様でもある。



優しさに溢れ美しく暖かで、それでいて儚く弱い存在でもある。



雪川ユリという存在自体がまるで誰かの理想像であるかの如く完璧なのである。



彼女の事を考えるとまるで幻想なのでは疑ってしまうほど、しかし彼女は確かに雪川ユリとして私の目の前に存在している。



私は心底彼女に夢中だった。



「ほんとうに。今日はうわの空じゃないですか。らしくないですよ。」



「ゴメン、なんだか緊張しちゃって。」



本心だった。



普段ならこんな事は絶対にないのだが、どうしたって地に足が着かない。



フワフワと地面から浮いてしまうのだ。



手打ちパスタも大好物のカツレツも、まともに味がしないほどだった。



「そんな強ばった表情が見れるなんて、今日はそれだけでも来たかいがありました。」



ユリはそう言ってイタズラっぽく笑った。



私もつられて笑おうとしたのだが、どうにも顔の筋肉が引きつってしまい上手く笑えなかった。



「もちろん、相変わらず料理も美味しかったですよ。ほんっとに、素敵なお店ですよね。」



「ああ、そうだね。気に入ってもらえて本当に私も嬉しいよ。」



私は、何とか彼女に笑かけると食後のコーヒーをやっとの思い出飲み干した。



「今日はとっても素敵な夜だわ。」



彼女の瞳に私の顔が映し出される。



そのガラス玉の様な美しい目に投影されると、自分の全てが見透かされてしまう様でとても辛い。



辛いのだが、それがまた狂おしいくらいに快感なのだ。



彼女は人を見つめるだけで恍惚とした気分にさせる。



「私も楽しかったよ。ほんとうにありがとう。」



そう言って彼女の手を軽く握った。



イヤらしさを感じさせず、ごく自然に握手の様に。



すると彼女は、少しだけ驚いて手を引こうとしたが直ぐに思い直して私の手を強く握り返しこう言った。



「こんな事を言ったらワタシをフシダラな女だって、思うかもしれません。でも構いません。聞いてください。」



そう言うと彼女は如何にも勇気を振り絞ってという感じで喋り始める。



「今夜はとっても楽しかったんです。さっきも言いましたよね。ワタシの人生でこんな素敵な夜ってなかったと思います。」



聞いているこちらも心臓の鼓動が早くなってくる。



「だから今夜を。こんな素敵な夜を、ここで終わりにしたくないんです。この意味、わかっていただけますよね。」




見ると、彼女の顔は林檎の様に紅潮しており両目にいっぱいの涙を浮かべてさえいた。



私は、極度の興奮からか今にも内臓が口から飛び出してしまいそうだった。



怖いくらい、全てが望んだ方向に進んでいた。



自らが望み、思い描いていたことなのにまるでなにか大きな流れに足を掴まれされるがままに流されている。



何故か、そういう妙な気持ちがしていた。



だがそんな考えなど気のせいだと信じ込みたい。



目の前の彼女はそう思わせるに足る女性だった。



「私も同じ気持ちだよ。この夜を終わらせたくない。」



精一杯の気持ちを込め、私はそれを言葉にした。



彼女の手をもう一度強く握り返した。



少し痛いくらいに。



彼女の目からは涙が止めどなく溢れ、マスカラと混ざって黒くなってしまっていた。



「うれしい」



彼女はとても静かにそう言った。



その声は私だけに聞こえるほどの小さな囁きだった。



「涙で顔がヒドイことになっちゃった。直してきますから待ってて下さいね。」



そう言うと彼女は立ち上がり一旦は歩き出したのだが、何故か立ち止まってこちらに振り向いた。



そうして、輝くほど笑顔で私に微笑みこう言った。



「どこにもいっちゃ、イヤですよ。」



今まで淑女な部分の彼女しか見えていなかった私だが、ここにきてお互いの気持ちを確認しあった事で、彼女の小悪魔的な部分も顔を見せ始めていた。



男は女性の外見や普段の振る舞いが清純であればあるほど、時折垣間見る女性特有の小悪魔の表情に弱い。



私も、世の男性諸君と同じ様にあの笑顔と台詞ですっかり心臓を握り潰された。



私はせいぜい紳士ぶろうと、彼女が席を立っている間に会計を済ませておこうと思った。



給仕の娘を呼ぶと、いつものドジな子ではなく見慣れない女性がやってきた。



「ありがとうございます。お会計はこちらです。」



「どうも。ねえ、いつもの娘さんは今日は休みなの?」



何気ない世間話のつもりで話しかけた。



「え?ああ。そうですね。うーんと‥」



何故かその見慣れない給仕は周りを気にしていた。



「ええと、はいはい。そうです。体調が悪くて休んでます。」



なんだかその子もトボけた表情をしていたがさほど気にならなかったので



「お大事にと伝えておいて」



とだけ言って会話を終わらせた。



その後少ししてユリが帰ってきた。



崩れかけていたメイクは元通りになっており心なしか先ほどよりも濃くなっているようだった。



「いきましょうか。」



「ああ。何処へなりとも。」



私たちは店を後にした。



途中、街中を二人腕を組んで歩いていてふと一人の女性と目があった。



ちょうど信号待ちをしている時だったから目に止まってましったのだ。



しかしそれが、どうにも誰だか思い出せない。



じっと眺めていたら向こうも気付いたらしい。



しかしどうにもおかしいのだ。



その女性は私の顔を見た途端、何故だかヒドく怯えだした。



どうして怯える必要があるのか。



色々頭を悩ましてみたが理由が見当たらない。



向こうはこちらを伺いながらキョロキョロ周りを見回している。



ここまできたら気になって仕方がないので信号が変わったら話しかけてみようかなと考えていたところ、不意にわき腹を小突かれた。



「?」



横を見ればユリがワザとらしいくらいの膨れ面をしている。



「どうしたの?」



「ふん。」



彼女はそう鼻を鳴らしてそっぽを向いた。



「何か怒らせてしまったかな?」



「まったく男の人というのは怖いです。」



ユリはその可愛らしい横顔を精一杯不機嫌そうにみせている。



「つい先ほどお互いの気持ちを確かめあったばかりだと言うのに、もう別のヒトを目で追いかけてるんですから。」



ヤキモチだった。



思わず強く抱きしめようとしたが流石に公衆の面前である。



大声で歓喜の雄叫びをあげたいところをグッと我慢して彼女の腰にソッと手を回し、耳元で静かに囁いた。



「キミ以外に興味なんてない。心配しなくて私はずっとキミの物だよ。」



それを聞くと彼女は耳から赤くなってゆき俯いてしまった。



「アナタというヒトは本当に口が上手いから。余計心配なんです。」



確かに私は口数の多い方だ。



しかし先ほどの私の言葉には嘘偽りはない。



あえて言うなれば意図的に言葉を間違えてはいる。



私が彼女の物なのではなく。



彼女が私の物なのだ。



正確には私の一部となる。



文字通り、血肉として、私が死ぬまでの間ずっと。



まあ私のこういうところが嘘つきなのかもしれない。



だがそうだろう。



どうしたって私は、サイコキラーなのだから。



結局目が合った女性は誰だったか解らず仕舞いだったけれどそんな事どうでも良かった。



ユリの言う通り目の前の素敵な女性と心が通じ合っているのだから必要ない。



通り過ぎざま女性はずっと目を伏せていたけれど、とんと思い当たるフシはなかった。



ふと、ユリの方に目をやるとあんなに膨れていた割には至って平然としていた。



だがほんの一瞬、凄まじく恐ろしい眼光でその女性を睨みつけた様な気がした。



もちろん気のせいかもしれない。



だが女の嫉妬というのは決して侮れないものだ。



つくづくそこが、愛らしくもあるのだが。




つづく


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