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EAT MAN  作者: 三文士
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紳士は母音の『 i 』が好き

前後編からなるサイコスリラーです。題材は猟奇殺人です。淡々とした文章ですが人によっては不快に感じる箇所もあるかもしれませんのでホラーやグロテスクな作品が苦手な方はご自身の判断でご拝読いただければ幸いです。

アユミは学生時代、陸上部だったという。



最近はめっきり運動不足だと言っていたが、それでも体型は野生動物の様にしなやかで美しかった。



だから甘辛くスペアリブにした。



ユカリは少々肉付きが良くて、コロコロとしていた。



髪もふわりとした亜麻色で地毛だという。



だから角煮にした。



エリは中肉中背でコレといった特徴のない娘だったが、体臭がとても芳しく常に良い香りがした。



どうやら自分でブレンドしたハーブティーを欠かさず飲んでいるらしく、体臭もそれによってある程度コントロールしているらしい。



だから調味料は使わず、塩焼きにした。





どの女の子たちもご多聞に漏れず、えも言われぬ程に美味かった。



アユミは上等な地鶏のような食感だったし。



ユカリは程よく脂がのっていて、紹興酒との相性は抜群だったし。



エリと言えば、噛めば噛むほどに彼女自慢の芳香が口一杯に広がって私を幸せな気持ちにさせてくれた。



私は例外なく、彼女たちを愛した。



私は、世間で言うところのサイコキラーである。



自分でも異常なのは解っている。



いや正確に述べるのであれば



自分が他者とは少し違う考え方だと理解している。



しかしそれが、理に反しているだとか非人道的だとかは思ったことは一度もない。



昔はただ単に、「こういうことすると何でか皆が怒るんだよなあ」くらいに感じていた。



自分が反社会的な人間であると言及してくれたのは産まれて初めて付き合った女性、マキだった。



マキは大学の同級生で、聡明な美しい娘だった。



彼女はカウンセラーの勉強をしていて、よく私を相手にカウンセリングの復習していた。



そして彼女受ける授業の項目が



『精神病質者』



俗に言う『サイコパス』についての内容になった時だった。



優秀な彼女は見習いの身でありながらも私の心の奥深く、深淵の部分に到達してしまった。



彼女は言った。



「病院に行きましょう。」



と。



こうも言った。



「本当に可哀想なヒト。アナタは悪くないのよ。」



と。



涙を流しながら抱きしめてくれたっけ。



私は生まれて初めて、他者からの深い愛を感じた。



自分へと一心に注がれる慈しみを感じた。



嬉しかった。



だから私もその気持ちに応えることにした。



最愛の彼女には余計な手を一切加えず、そのままでいただいた。



彼女を頬張った瞬間、恍惚にこの身は打ち痺れ溢れ出る幸福感と共に感涙が頬を伝っていった。



これこそが究極の愛の形であると、その時確信した。



舌先が彼女との思い出を蘇らせてくれる。



澄ました顔。



怒った顔。



泣いた顔。



そして一番美しい、微笑んだ顔。



彼女との思い出は最高の調味料であり。



最高のスパイスであり。



最高の付け合わせであった。



この時は経験が浅かった故まるで気が付かなかったことなのだが。



私が対象を深く愛すれば愛するほど。



同時に対象が私を愛すれば愛するほど。



私が対象を口にした時の味わいに深みが増すことが解った。



これは、性交渉時に得られる快感が意中の相手とそうでない相手の場合で大きく異なる事に非常に似通っている。



私にとって相手を食す行為は意中の相手との初めての性交渉のそれに等しい。



否、それ以上の快感かもしれない。



誰にとっても「初めて」が一度きりしかないのと同じ様に。



私の幸せも同じ相手に二度目は無い。



だからこそ、その一回が貴重でありその有限の中に至福に感じる。



その儚さが、より愛おしさを感じさせてくれる。



私は人でなしの化け物なのかもしれない。



非常に受け入れ難くはあるのだが、この社会で生きていくにはそれを意識せざるを得ない。



だが私自身この行為に何ら恥じるところはなく、あくまでも自分にだけ与えられた他者を愛する崇高な行いだと信じている。



食事と性交渉を混合させた、究極の愛情表現。



世間は私を「Eat Man」などと名付け食人鬼呼ばわりしているが、自身では愛の表現者を自負している。



そんな私の前に、初恋の相手マキ以上に心を掴まれる相手が現れた。



彼女の名前は「雪川 ユリ」24歳。



職場の同僚だ。



彼女は名は体を表すの如く、雪の様に透き通る白い肌に身体の線は流るる川の様にしなやかで細く美しい。



そしてその人となりは「純潔」の花言葉の百合そのもの。



控えめで奥床しく、いつも誰かの後についてまわっているそんな印象を受ける程だ。



そんな性格なものだから、何度か心無い同僚たちに仕事の手柄を横取りされていたこともあった。



私は一度だけ彼女に聞いてみたことがある。



あれは全て、キミの功績だろう?と。



欺瞞に満ちた薄笑いで挨拶をする主任の昇進祝いで、春の花の様な微笑みを浮かべ彼女はこう言った。



「私なんかの功績ではありません。確かにお手伝いはしましたけれど、それでもやっぱり主任が一番の功労者ですよ。」



買いかぶりすぎですよと言った後、少しだけ頰を染めこう付け足した。



「私、功績とか昇進とかってあまり興味がないんです。ただ一生懸命やって『ありがとう』って誰かに言ってもらえればそれで十分満足なんです。」



ちょっと臭すぎますかね?と恥ずかしそうにしている彼女をみて私は内心穏やかではいられなかった。



頭のてっぺんからツマ先まで身体の感覚は失なわれ空中に浮いている様な気分だった。



私は再び、電撃的な恋に堕ちたのだ。



それ以来、私は一日たりとも彼女の顔を思い浮かべない日はなかった。



土日以外はほぼ毎日会社で顔をつき合わせているため日を増ごとに想いは強くなってゆく。



彼女と何気ない会話をする時、私はつとめて平静を装っているが内心では春の嵐が吹き荒れている。



こんな言い方は下品であまり好きではないのだが、敢えて言わせてもらう。



私は雪川ユリその人に、心底イカレてしまっている。



彼女の方はと言えば、相変わらずの可憐さで男女を問わず周囲から愛されていた。



当然、寄ってくる全ての人間が彼女にとって好ましい相手というワケではない。



特に勘違いをしてる男の場合はタチが悪い。



例の手柄を独り占めにした主任もその一人だ。



おっと、今は課長か。



その欺瞞課長は手柄を独り占めにしただけでは飽き足らず、彼女を手篭めにしようと考えた。



己のちっぽけな権力をかさに、ヤツはしきりに彼女に言い寄った。



しかし彼女はそれらを華麗にスルーし続けた。



私は、日々溢れんばかりの気持ちを必死抑えながら心の内で課長を罵り彼女を讃えた。



それでもケダモノじみた品性で諦めの悪い課長は精神的にも彼女を圧迫し始めた。



流石の彼女も目に見えて衰弱し始めた。



私も、いよいよとなったらの決心はしていた。



原則、愛した女性以外は手にかけない。



これは私なりの愛情表現であり復讐や粛正の手段ではない。



神聖化してきたこの行為をあんな下劣な男の為に汚すことはしたくない。



しかし、彼女の生命に関わるというのなら話は別である。



奴に彼女を奪われてたまるものか。



彼女は私と、ひとつになるべきなのだ。



今すぐ彼女を私の内に収めたい。



狂おしいほどに。



という具合に私は私なりに思い詰めていたのだ。



しかし、全ては杞憂に終わったのだ。



きっかけは見兼ねた私が彼女に声をかけたことからだった。



「雪川くん。最近、なんだか顔色が悪いよ。何か悩みでもあるのかい?僕で良ければ相談にのるよ。」



殺しは最後の手段としてもせめて話だけでも聞いてあげたい。



そんな想いが私にはあった。



彼女は今にも泣き出しそうな表情で私の提案に頷いた。



その顔が一層愛おしくまた哀れで私までこみ上げるものがあった。



お気に入りのイタリア料理店で彼女の話を聞き終わった私は怒りに身が震えるほどだった。



度重なる課長の嫌がらせで毎日終電まで残業させられているそうだ。



しかも全く中身のない仕事ばかりでやってもやっても終わりがない。



そして、不毛な雑務を終えてその報告をしに行けばありもしない難くせをつけられ最後には決まって口説かれるという。



それがもうかれこれ一カ月続いてるそうだ。



これではいくら気丈な彼女でも壊れてしまう。



私は更なる提案として課長への牽制役をかって出たが彼女は静かに首を横にふった。



「私のせいで貴方に迷惑がかかるかもしれません。それだけは絶対に避けたいんです。」



彼女は涙ながらそう答えた。



「ちょっと前まではここまでじゃなかったんです。それが最近になって突然酷くなって。」



私は、しかるべき場所に依頼して証拠を集め警察へ突き出すようすすめた。



彼女曰く、既に興信所には手配をしているそうでもう少しで材料が揃うとの事。



「最近解ったことなんですけど、あの人色々なとこからお金を借りているみたいで。どうやら危ない所との付き合いもあるみたいなんです。」



よくよく救い難い男だ。



ロクに仕事もしない癖に人の手柄を横取り独り占めにした報いだろう。



「そこから借りたお金のせいでどうやら凄く追い詰められているみたいなんです。変だと思われるかもしれませんが、それがちょっと心配で。」



この後に及んでもまだあの下劣な男を心配してやるなんて。



人の道理を超えた人格者だ。



まさに天使のそれだ。



私も何か出来ることがあれば必ず力になる、そう彼女に約束してその日は別れた。



後日知った話だがその時もひっきりなしに課長から連絡があったらしい。



いよいよもってストーカーと化したわけである。



私はこの日から本格的にユリの支えになってやろうと決心した。



巷を騒がしている猟奇殺人犯を敵に回すことがどれほど恐ろしいことなのか、あの欺瞞課長に思い知らせてやろう。



そう思った矢先である。



その課長が行方不明になった。



会社を連続で無断欠勤し連絡もつかないらしい。



私はユリと顔を見合わせた。



課長が無断欠勤をして一週間目。



彼の妻から警察に捜索願が出された(あろうことか奴は妻子持ちだったのだ、あろうことか!)。



そうして、一ヶ月が経ったが、とうとう彼は見つからないまま会社の席は整理された。



邪魔者は消えた。



私はなんて運の良い男なのだろう。



自らの手を全く汚さず邪魔者が目の前から排除された。



言っておくが私はあの男の振りかざすちっぽけな権力に屈していたわけではない。



ユリを私の一部とするにあたり、社内であまり目立った行動は取りたくないからだ。



私が今まで警察の手を逃れてきたのは運が良いからというだけはない。



それ相応なりの努力があってこその結果なのだ。



私はいただいてきた全ての女性たちと表面的には無関係を装ってきた。



それというのも、最初の女性であるマキの失踪時には散々警察から疑われて閉口したからである。

 


故に、相手を選び誘い出す時には細心の注意を払っている。



その為に私が考えた独自の手法があるのだが、それはまあ後々ご紹介しよう。



とにかく、舞台は整った。



マキの後、かくも深く愛する女性に出会えるとは夢にも思っていなかった。



あれ以来、私は心に空いた虚ろな穴を埋めるため、偽りの愛を貪っては一時の寂しさを誤魔化していた。



そんな歪みきった私の前に運命的に現れた天使、雪川ユリ。



彼女の微笑みが、私をあの無垢で純粋な頃に引き戻してくれる。



さあ。



今こそ彼女と一つになる時だ。



この胃の中で彼女が私の血肉となっていく。



ああ待ち遠しい。



私は『EAT MAN』



愛と肉に餓えたケダモノだ。









つづく。













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