幼少期4
後ろ手に縛られ、猿轡をされたまま、麻袋のようなもので杜撰に運ばれる。
まったく油断していた。
浅慮極まりない。
自分に絶望だ。
俺を害するのは貴族社会の膿だと思い込んでいた。
そんなはずはない。
俺は貴族で、この町の領主の子息なのだ。
社会からあぶれた屑こそ警戒するべきだったのだ。
まあ、今こうなってる以上手遅れだけど。
襲撃は白昼堂々と行われた。
白昼堂々どころが、授業中堂々である。
体育の時間、球技にいそしむ級友たちを尻目に木陰で立ったまま本を読んでいた。
ボールをぶつけ合う遊びの中に俺が混じると、途端に俺の周りに外部フィールドが張られ遊びどころではなくなるからな。
近くで、例の少女がひたすら穴を掘っている。
今朝彼女のお気に入りの積み木が壊され泣きわめいていたが、その積み木を持ってきているのは埋めて供養するつもりなのだろうか。
この時俺は警戒心の欠片もなく、ぼんやり文章に目を通していた。
突然、グラウンドと呼ぶにはお粗末な荒地の向こうで轟音がとどろいた。
俺も先生もクラスメイトも、思わず音源と原因を探そうと注視する。
その次の瞬間には俺の腹に強烈な衝撃が走り思わず身を折る。
次に頭を打たれたと自覚したところで意識が闇に落ちた。
なんて情けない。
なんて頭の悪い。
なんて生の無駄遣いだろうか!
俺が悔いている間にも誘拐犯は俺を担いで走っている。
蹴られたか何かした腹に肩の骨が食い込み、正直痛いどころの話ではない。
みっともない呻き声が出ないよう全霊で口を閉じているしかなかった。
どこか暗い倉庫のようなところで袋から出され、乱暴に放り捨てられた。
「ふ……っぐうぅ」
背中から落ちたため、縛られた手の縄が背中に食い込み耐えきれず声が漏れる。
隣に俺より丁寧に置かれたのは、あのピンクツインテ少女だ。
「おい領主の息子ってのはこっちだろ?なんだこっちのガキ」
「や、いい服着てたからよう。どっかの令嬢かもしんねえだろ?」
俺の脚も縛りながら気楽に笑いあう男たち。
少女は完全に俺のとばっちりらしい。
とはいえ、ただでさえ逃げにくい状況で足手まといがいるのは困った事態だ。
見捨てるという選択肢はアリだろうか?
「そんでも、誘拐だけでいいなんて楽な仕事だったぜ」
「こっちの女は売れそうな先を探さねえとな」
そんな会話をしながら奴らは出ていった。
誘拐だけでいい……ということは、誘拐して身代金どうこう以上の厄介を企む何某かがいるのだろうか?
逃げないと。
何としても。
俺はまだこの異世界を生きてない。
芋虫のように身をよじっていると、隣でキョトンとしている少女と目が合った。
少女は手を縛られているだけで、足も口も自由だ。
ず、ずさんだ……
こんなのにさらわれちゃったおれみっともねえよ……
この状況すらわかってないのか、彼女はコテンと首を傾けた。
そして俺に指を向けて一言。
「オセロー!」
そうです俺がオセロです。
彼女の中には俺が貴族だとかそんな事欠片も認識してないのだろう。
少女は今度は自分を指さして一言。
「ロアは、ロニア!」
……そうだね、君の名前はロニアで一人称はロアだね。
知ってるよ……。
あまりの前途多難に空を仰ぐ。天井が暗いなぁ。
じーっと俺を見ていた少女、ロニアは、俺の猿轡のせいで会話ができないと気が付いたようだ。
最初は手をもぞもぞ動かしていたが、届かないとわかるとガッと顔を近づけてきた。
「……ッ!?」
驚愕に引いた俺の顔の分もグイッと詰めてくる。
幼いとはいえ、目の前にドアップで少女の顔があるのは驚く。
そのまま口を開いたロニアは、俺の猿轡を正面から咥えた。
わずかに触れあった唇の温度や、頬にかかる吐息に思わず心臓が跳ねた。
俺、もとは男子高校生。ロリ趣味はない……!
俺の動揺をよそに、ロニアが咥えた猿轡をぐっと引っ張る。
どれだけ緩い嵌め方をしていたのか、それで猿轡は取れてしまった。
ロニアさんまじアグレッシブ。
ロニアは未だに状況を読めていないようで、また自分を指さして。
「ロニア!」
これは呼んでくれと言っているのだろうか?
普段なら完全無視しているところだが、この状況で泣きわめかれても困る。
「……ロニア、ありがとう」
俺の言葉にロニアは顔をパァァァと輝かせていた。
そうですね、ロニアさん友達いないから名前呼ばれないものね。
なんか厄介な事態の中で厄介な相手に目を付けられたな……




