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狼達の花宴 ~大軍師伝~  作者: 花和郁
巻の六 伸ばした手
47/66

(巻の六) 第二章 帰城 上

「何ですと?」


 司会役の家老が目をしばたたいて問い返した。


氷茨(ひいばら)殿、もう一度おっしゃっていただけますかな」

「桜舘家を滅ぼすべきです」


 元尊は落ち着いた口調で繰り返した。


「今が好機でございます。二万五千を派遣して一気にたたきつぶしましょう」


 墨浦(すみうら)城の評定の間は静まり返った。人々は困惑したように顔を見合わせて口をつぐんでいる。


「本気で申しておるのか」


 しばらくして問いが投げかけられた。声の主は沖里(おきざと)是正(これまさ)だった。全国に名が轟く成安家の宿将(しゅくしょう)だ。


「もちろんでございます」


 元尊は以前より肉の落ちた頬に薄い笑みを浮かべていた。是正(これまさ)の反対は予想していたのだ。


「この提案をした理由を申し上げましょう」


 元尊はあぐらをかいたまま背筋を伸ばして胸を張り、当主宗龍(むねたつ)の前に居並ぶ人々を見下ろすようにして語り始めた。


「ご存知の通り、当家は現在厳しい状況に置かれております。三年前に磯触国(いそふりのくに)十七万貫と狢宿国(むじなやどのくに)半国十三万貫を失い、鯨聞国(いさぎきのくに)鮮見(あざみ)家に八万貫を削られました。一時二百十万貫に膨らんだ当家の領地は現在一百七十二万貫、ついに報徳院(ほうとくいん)家に抜かれて天下第二位となりました。鮮見家と宇野瀬家に挟まれて戦が長く続き、戦費で財政が苦しくなっております」

「そうなったのはお主のせいではないか」


 狢宿国(むじなやどのくに)の合戦も鯨聞国(いさぎきのくに)の戦も指揮をとっていたのは元尊だ。是正の指摘にその通りと多くの者が頷いたが、元尊はゆっくりと首を振った。


「いいえ、違います。当家の苦境は桜舘家のせいでございます」


 驚く家老たちを前に、元尊は悠然とした口ぶりだった。


「思い出していただきたい。狢河原(むじながわら)の合戦で当家が負けたのはなぜだったでしょうか」

「連署殿が骨山(ほねやま)願空(がんくう)の策に引っかかったからです。他にありますまい!」


 是正(これまさ)の息子の正維(まさつな)がいらだった声を上げた。元尊から重要な評定があると呼び出され、薬藻国(くすものくに)の守備を家臣に任せて父と共に駆け付けてきたのだ。


「それは違います。桜舘直春の裏切りが原因です」


 正維(まさつな)が反論する前に、元尊は言葉を続けた。


「確かに、蜂の巣の策で我が軍は足止めされ、藻付(もずく)故途(もとみち)の寝返りで狢橋(むじなばし)が封鎖されると動揺が広がりました。しかし、まだ崩れてはおりませんでした。あの時桜舘軍が敵の本隊の側面を突けば、我々は動揺を(しず)めて軍勢を立て直すことができ、勝利していたのです。しかし、臆病な直春は前進をやめて戦場から逃げ出し、わたくしは撤退を決断せざるを得ませんでした。その際、川を渡れなかった者が多数捕虜になりましたが、それも桜舘軍のせいです。当家の武者たちを襲う宇野瀬軍の背後を彼等が突けば、多くの者が川を渡れたはずで、寝入(ねいり)城は失われなかったでしょう。彼等の卑怯と臆病のせいで、当家は三十万貫を失ったのです」


 是正は呆れた風に溜息を吐いた。


「何をばかなことを。その場合、直春公が逃げ遅れるではないか」

「そうとは限りますまい。あの時点では、桜舘軍はほとんど損害を受けておりませんでした。当家の武者たちを救うことができたのに、見殺しにしてさっさと逃げ出し、自分たちだけ生き延びようとしたのです。間違いなく大軍師を名乗るあの小僧の献策です」


 元尊は一瞬ひどく顔をしかめた。


詭弁(きべん)だ」


 是正は声に怒りをにじませた。


「味方を見捨てて逃げたのは氷茨殿だろう。桜舘家は何の得にもならぬ戦に駆り出され、善戦して勝利しかけたのに、氷茨殿が逃走したせいで撤退を余儀なくされたのだ。彼等の追撃に願空は七千ほどを差し向けている。あの戦に彼等がおらず、宇野瀬軍の全てが当家領へ向かってきていたら、我が城のある薬藻国(くすものくに)も危うかったかも知れぬ」


 正維(まさつな)も父と同意見だった。


「武者たちの話を聞いた限りでは、あの時の桜舘軍の撤退は正しい判断だったと考えます。残っていれば全滅したかも知れません。その場合、葦江国が宇野瀬家か増富家のものになり、当家は今以上に苦しくなっていました」

「氷茨殿は忘れておるようだが、負け戦が続く当家が大きな危機に陥らぬのは、桜舘家がおるからだ。従属した当初こそあの家は当家に守られておったが、今は逆だ。(かかと)の国と(からす)の国の二方面で苦境にあっても、足の国は桜舘家がおるため安全なのだ。直春公は力を付けて勢力を伸ばし、増富家を弱らせ、宇野瀬家を(おびや)かしておる。今や助けられ、守ってもらっておるのは当家の方なのだぞ」


 元尊は眼鏡の奥の目を細めた。


「それはどうでしょうか。あの家が戦で勝てるのは当家との同盟があるからです。安心して葦江国を空にでき、全軍で出撃できるからこそ、大封主家と渡り合えたのです」


 元尊は直春を責めるような口調だった。


「その恩を彼等は返したでしょうか。戦では逃げ、その後の出陣の要請は拒否し続けております」


 元尊は鮮見家との戦に桜舘軍を使おうと何度も使者を送ったが、直春は増富家と緊張関係にあるからと全て断った。


「あの家は自家の利益のために戦をし、領地を広げているだけです。直春は天下統一を目指すと公言しているそうですぞ。小封主のくせに思い上がりもはなはだしいことです」


 彼等は憎まれ滅ぼされて当然だと元尊は確信しているようだった。


「桜舘家は今、増富領をねらっております。もし勝利すれば領地は百万貫を超え、(かみ)(くに)の諸国へ進出が可能となります。玉都(ぎょくと)を占領することさえできるかも知れませぬ。浪人上がりの田舎封主に、宗皇(そうおう)様のおわす都を渡すのですか。そうなれば、直春は間違いなく当家に牙をむくでしょうな」


 元尊は言葉に力を入れて断言した。


「つまり、桜舘家には叛意(はんい)があるのです。当家の安全のため、危険な彼等を討伐するべきでございます」


 是正は眉間(みけん)にしわを寄せた。


「だが、あの家はずっと当家に忠実だった。要請を断られたことはあるが、宇野瀬家に鞍がえするような動きや、当家を出し抜いたり利益を独占したりするようなことはしなかった。同盟を破棄して攻め込めば、裏切ったのは我等だと世の人は思うぞ。それでは当家に従う小さな家々が不安に思い、離反を招くかも知れぬ」


 墨浦(すみうら)城のある大門国(おおとのくに)や隣接する三国は成安家の家臣たちの領地ばかりだが、御使島(みつかいじま)には勢力を伸ばしていく過程で臣従させた小封主がいくつも存在する。敏廉の小薙家が増富家に従っていたのと同様の状態で、成安家に不満を持てば、数万貫の領地ごと鮮見家などに寝返る可能性があった。


「それを防ぐためにも桜舘家を野放しにできませぬ。勝手をする者は罰を受けること、当家の庇護(ひご)下でこそ生き抜くことができることを見せ付けてやるのです」

「封主たちは当家の駒ではない。そんな料簡(りょうけん)では信用を失うぞ」


 是正の言葉を無視して、元尊は話を進めた。


「桜舘家に叛意がある証拠は他にもございます。まず、宇野瀬家との交易です」


 元尊は膝元の黒い(うつわ)を取り上げた。


「これは磯触国(いそふりのくに)の漆器です。今は宇野瀬家のものになり、都や(けい)国へ運んで大儲けしているそうです。狢宿国の銅や薬、海藻も墨浦を通らず、豊津から各地へ売られております」


 磯触国(いそふりのくに)の漆器と朧燈国(おぼろひのくに)の鉄器や刀剣は、互いの技法を取り入れて新しい装飾や形状のものが生まれ、都や恵国で人気を(はく)している。


「全てはあのいまいましい豊津()のせいでございます」


 萩矢(はぎや)頼算(よりかず)が考案した新しい帆布(ほぬの)によって、豊津から都へ向かうことが可能になった。その結果、墨浦に立ち寄る船が減った。都までの日数が短くなり運べる量も増えたことで、豊津商人の品物は値段が下がり、墨浦商人の高価な品々は売れなくなった。


「商人たちは皆困っております。これは当家の危機でございます」


 墨浦商人を保護し運上金(うんじょうきん)を納めさせることで成安家は栄えてきたのだ。


「しかも、鮮見家が(うるお)っているのです」


 新しい帆を使う船は豊津から西進して御使島(みつかいじま)の北を進み、置杖国(おきえのくに)の先端で風を待って都を目指す。その港には平均五日、季節によっては半月近くも滞在することになる。

 商船一隻には二十人ほどが乗っており、五隻停泊すれば百人の船乗りが港で暇を持て余す。自然、賭場(とば)ができ、女が集まり、宿屋や酒場が林立した。土産物や女へ贈る(くし)などを売る店も増え、商人や船長たちが情報交換する料亭もできた。わずか一年で小さな漁村は人口数千の町に膨れ上がり、鮮見家の得る税が成安家との戦の軍資金になっていた。


「宇野瀬家と鮮見家は当家の敵です。桜舘家は敵を助けているのです。葦江国は宇野瀬領に大量の麦を売っているそうです。敵に兵糧を渡しているのでございますぞ!」


 元尊の甲高い声が評定の間に響いた。


「宇野瀬領の刀剣類や金物も豊津を経て都へ運ばれております。豊津を落として交易を遮断すれば、願空を経済的に締め上げることが可能なのでございます。また、前連署倫長(のりなが)が豊津との交易を禁止した時は、冬を越すのに必要な麦・炭・木綿などが高騰し、民に不満が広がったと聞いております。そうなれば、願空に不満を持つ家臣たちは内応の誘いに乗るかも知れませぬ。数年前まで宇野瀬家は一百二万貫、今は百五十万貫、三分の一は新参者です。主家を滅ぼされた飛鼠(とびねず)家の旧臣など、心服していない者は少なくないでしょう」


 菊次郎や直春を倒したい元尊と豊津を支配したい商人たちの利害が一致したのだ。


御屋形様(おやかたさま)の目標は都へ上り、天下を統一することでございます。それには宇野瀬家と鮮見家を弱らせなくてはなりませぬ。桜舘家と豊津商人は邪魔なのでございます。豊津を支配すれば大きな富が当家のものになり、財政は立ち直りましょう」

「お主は商人と結び付きが強いからな」


 是正は不愉快そうだった。彼等から元尊に多額の付け届けがあるのは周知のことだ。


「直春の勝手はこれだけではございません。制圧した茅生国の土地を市射・錦木・泉代の三家に分配しました。主家たる当家を差し置いて恩賞を与えたのでございます。こんな振る舞いを許してよいのでしょうか」


 元尊の声が裏返って大きくなった。


「その上、桜舘家は新しく大きな城を造り、生意気にも天守を築いたのですぞ。大封主家の城にしかないものをです。この墨浦城にすらありませぬ。野心をむき出しにしたと見るべきでございましょう!」


 その立派な城を奪ってやりたいのだと、元尊の表情は語っていた。


「桜舘家を討つべきでございます。わたくしが御屋形様にかわって武者を率い、討伐いたします」


 人々は沈黙していた。言いたいことは分からなくもないが、同盟を破棄して攻め込むことに賛成はしかねるのだろう。


「だが、勝てるのか」


 是正は渋い顔で尋ねた。


「桜舘家は現在四十九万貫、もはや小封主とは言えぬ。しかもすぐれた武将が多い。味方なら頼りになるが、敵に回せば手強(てごわ)いぞ。同盟を維持し、戦は避けるべきだ」


 是正は勝てぬ戦をしないことで有名だ。桜舘家と戦いたくないという発言に広間の人々はざわめいた。


「特に大軍師の知略は恐ろしい。常に兵力で劣勢にありながら勝利し続けておる。新しく副軍師も加わったそうだ。お主では勝てまい」

「銀沢信家ですか」


 元尊はふんと鼻を鳴らした。


「あの小僧がどうやって狢宿国から逃げたかご存じですか。家臣を犠牲にして自分は生き延びたのですぞ。実に卑劣で臆病ですな」


 元尊が嘲笑(あざわら)うと、是正は顔をしかめた。


「その家臣は直春公の理想に共鳴し、自ら志願したと聞いておる。あの軍師が命じたわけではない」


 是正は以前この城で目にした少年の姿を思い浮かべているようだった。


「その家臣のおかげで桜舘軍は壊滅を(まぬが)れ、葦江国へ攻め込まれるのを防ぐことができた。直春公は遺族に厚く報いたそうだ」


 そんな忠義を尽くしてくれる家臣がお主におるのかと是正は言いたげだった。


「自分たちの恥を隠すため、死者を忠臣に仕立てただけでございましょう」

「責任をなすり付けるよりはましでしょうよ!」


 正維が小声で吐き捨てるように言った。軍学の師の陰平(かげひら)索庵(さくあん)自裁(じさい)させた件だが、元尊は聞こえなかったふりをした。


「もう一人の軍師は主君を売って寝返った裏切り者でございます。しかもあの小僧に一度も勝てなかったようですな」

「実績ある者をけなしても、そなたの実力が増すわけではないぞ。伝え聞く両軍師の策略は恐ろしいものばかりだ。(あなど)ってはならぬ。家臣を団結させて難敵を打ち破る直春公の統率力も、名将と呼ぶにふさわしい」


 是正は宗龍に言上した。


「御屋形様。どのような理由を付けようと、不実(ふじつ)を働いておらぬ者との同盟を一方的に破棄すれば、裏切ったのは当家と世の人は思うに違いありませぬ。歴史ある探題家の名を(けが)すことになります。このような恥ずべき提案をどうか採用なさいませぬよう、お願い申し上げます」


 元尊も当主に向き直った。


「桜舘家を討てば足の国は当家のもの、天下への道が開けます。わたくしめに秘策がございます。必ずや勝利してご覧に入れます」 


 元尊は頭を低く下げ、口の中でつぶやいた。


「反対ばかりする阿呆どもめ。当家を立て直し、勢いを取り戻さねばならぬのに、二年も無駄にしてしまった。この機をのがすことはできぬのだ」


 狢河原の敗戦後、元尊の求心力は低下した。家中で反対派が勢い付き、評定は混乱して何も決められなくなった。元尊はしばらく出仕せず、自邸に籠もって考えに考えた。


「なぜ負けた。何が足りなかった。名誉挽回(ばんかい)し、天下統一の野望を遂げるにはどうすればよい」


 たどり付いた結論は一つだった。願空や桜舘家の軍師に勝つ。それしかない。特に、十六も年下の菊次郎が大軍師と称賛され、自分より評価されるのは許しがたかった。


「俺は無能ではないはずだ。家柄はもちろん、才能でも学問や知識でも負けていない! 勝てるはずなのだ!」


 どうすればあの小僧を倒せるか。

 その思いはやがて、桜舘家は滅ぼすべきだという確信に変化した。その方法を求めて、元尊は初めて真剣に兵法書(へいほうしょ)を読んだ。索庵(さくあん)(のこ)した多数の書物に埋もれて半年を過ごした末に、これなら勝てるという作戦をまとめ上げた。


「どうか、わたくしめにお任せください。こたびは決して逃げませぬ。万一劣勢に陥ることがございましても、踏みとどまって最後まで戦い続けることをお誓いいたします」


 天下統一を諦めるつもりはない。一旦は遠のいたかに見えたが、この戦に勝てば事態は好転するはずだ。自分だけがこの大事業を成し遂げられるのだと元尊は信じていた。

 宗龍は首を傾げ、迷う顔になった。元尊はとどめの言葉を口にした。


(すみれ)様は近頃この町に活気がないとお心を痛めていらっしゃるとうかがいました。また船がたくさん来るようになれば、墨浦は(にぎ)わいを取り戻します。あの帆を手に入れれば交易が一層盛んになり、ますます繁栄いたしましょう。都へ連れていって差し上げるためにも、豊津は落とさねばなりませぬ」


 菫は農家の娘だったが、墨浦に野菜を売りに通ううちに美貌が評判となり、元尊の目に留まった。宗龍はこの純朴な娘を寵愛(ちょうあい)し、彼女を献上した元尊の敗戦の責任を問わず、連署にとどめた。


「菫に都を見せるのか。喜びそうだな」


 悪くない考えだと宗龍は思ったらしい。表情をやわらげて左脇に座る人物に尋ねた。


宗員(むねかず)の意見を聞きたい。桜舘家を攻めるのに賛成か」


 三つ下の弟は頭を低くして申し上げた。


「桜舘家は大きくなりすぎました。臣従した当初は十六万貫でございましたが、今や茅生国の三家を事実上従え、合わせれば七十万貫を超えます。これは鮮見家すら上回る勢力でございます。増富家との戦にも連勝し、あの大封主家を滅ぼしてしまうかも知れませぬ。そうなれば、次第に当家の命令を聞かなくなりましょう。直春公は天下統一を目指しておられるそうですが、自分の手で成し遂げようと、当家から独立を図るやも知れませぬ。交易で関係を深めている宇野瀬家と手を結ばれたら、当家は今以上に苦しくなります。足の国の平穏と当家の安泰のため、手に負えなくなる前に討伐しても、やむを得ないと諸国は思うことでございましょう」


 淀みない口調は準備していた言葉であることを示していた。宗員は元尊と昵懇(じっこん)で、多額の援助を受けている。狢河原で名目上の総大将をつとめたのもそれが理由だった。


種縄(たねつな)はどう思う」


 宗龍は公家風の装いの次席家老に視線を向けた。


「恐れながら、大きな賭けと存じます」


 杭名(くいな)種縄は平伏して言上した。


「敵は直春公と大軍師、勝つのは容易ではございませぬ。もしこの戦に負ければ当家は非常に苦しくなります。率直に申しますと、危ぶむ気持ちもございます」


 全く熱意の感じられない口調だった。


「しかしながら、氷茨殿は決して逃げぬとおっしゃいました。あっぱれな覚悟と申せましょう。成功すれば当家の版図は再び天下一となります。都へ上る日が近付くことでございましょう」


 種縄は主君の考えが賛成に傾いているのを察して反対しなかったが、期待はしていないようだった。政敵である元尊が戦に負けて責任を問われればよいと思っているのかも知れない。


「ならば、やむを得まい。桜舘家を討とう」


 宗龍は面倒くさそうに命じた。


「元尊に全てを任せる。葦江国を制圧せよ」


 宗龍は(まつりごと)や戦に関心がない。自分で考えず、家臣の言葉に頷くだけだ。やらせてみて、失敗したらその家臣を切り捨てればよい。


「茅生国も手に入れて参ります。遠からず、御屋形様と菫様を都へお連れ申し上げるとお約束いたします」

「うむ、楽しみにしておる。あとは任せる」


 宗龍はあくびをかみ殺すと立ち上がり、平伏する家臣たちの真ん中を通って広間を出ていった。


「では、わたくしの立てた計画の詳細を申し上げます。皆様にお頼みする役割を、できるだけ迅速に果たしてくださいますよう、お願いいたします」


 評定の終了後、広間を出た是正に息子が話しかけた。


「やはり、薬藻国の守りを固める役目でしたね」


 二人は宇野瀬家への備えを任され、桜舘家との戦からはずされた。是正がいると元尊はやりにくいのだろう。


「本当に勝てるのでしょうか。見事な作戦ではありましたが」

「全てあの通りに行くならな。だが、敵はあの直春公と大軍師だ。そううまくは運ばぬだろう」


 是正の口調は苦々しげだった。


「直春公は軍師や家臣を信じ、助言に耳を傾ける。ゆえに苦しい戦に何度も勝利し、改革を行って桜舘家を強くすることができた。一方、氷茨殿は言い訳と責任転嫁に終始し、自分の非を一切認めない。どちらがすぐれた総大将と思うか」

「では……」


 息をのむ息子に是正は首を振った。


「氷茨殿の成功を祈ろう。やつが失敗すれば桜舘家が敵に回る。その場合、当家は御屋形様の代で滅びるかも知れぬな」


 六十になった老将は悲しげな目で赤くなり始めた空を見上げていた。



「まさか、そんな……」


 錦木仲宣は聞いたことが信じられないという顔だった。


「あの男のやりそうなことですね」


 泉代成明は珍しく怒りをあらわにして吐き捨てるように言った。


「成安家が敵に回るとは……」


 安瀬名数軌も愕然(がくぜん)としている。桜舘家に寝返ったばかりなのに、その家が滅びそうなのだ。


「陰険眼鏡のくず野郎め。最初からいけ好かなかったが、まさか裏切るとはな」


 忠賢は嘲笑うような口ぶりだったが、目は笑っていなかった。


「何考えてるんだろう。やっちゃいけないことが分からないのかな」


 田鶴は理解不能の相手にいらだっている。抱き締められた小猿が苦しげにもがいていた。


「自分の都合しか見えていないのでしょうな」


 本綱も腹にすえかねる様子だ。小薙敏廉は憤激(ふんげき)していた。


「臣従する諸家を守ってこそ探題ですぞ。必ず報いを受けますな」

「僕も許せないと思います。でも、体が震えます。あの大封主家が敵に回るなんて」


 直冬は怒りより恐怖がまさっているらしい。


「豊津の妙が、氷茨元尊の軍勢は二万以上と知らせてきました。成安家は全力を挙げて攻めてくるようです」


 直春は人々を見回した。


「この事態にどう対処するか、皆で検討しようと思います」


 視線が菊次郎に集中した。


「大軍師殿はどのようにお考えですかな」


 成明が言い、仲宣は溺れている者がつかまれる枝を見付けたような表情になった。


「そうですな。何か妙案はありませんか」

「拙者もうかがいたい」


 数軌たち三人の必死な様子を当然だろうと思いながら、期待されているのとは違う言葉を菊次郎は返した。


「考えはあります。ですが、その前にお尋ねすることがあります」

「そうだな。それが先だな」


 忠賢も笑みを収めた。


「そっちがまず答えるべきじゃねえか。なあ、お殿様」


 目配せを受けて、直春は三人に問うた。


「今後も当家に味方してくださいますか」


 錦木家と泉代家は独立した封主で、対等な同盟関係にある。数軌ら外様衆もまだ桜舘家に従って日が浅い。増富家に頭を下げて帰参するか、成安家に呼応するか。蜂ヶ音家や福値家につくという選択もできる。

 三人は顔を見合わせた。最初に口を開いたのは成明だった。


「もちろん、あなた方と共に戦います。裏切るつもりはありません」


 口調には強い意志が感じられた。


「直春公以外の人に従いたくはありませんね」

「私も同じ気持ちですな」


 仲宣は疑われて心外という顔だった。


「いまさら他の家と手は結べません。成安家は我々に何もしてくれませんでしたからな」

「親父の言う通りです。直春公にどこまでも付いていきます」


 仲載が言い切った。


「武者たちも同じ気持ちですよ」

「我々も桜舘家を離れません」


 数軌はほっとした様子だった。


「持康公には仕えたくありません。毒蜂も暗愚な当主もご免です」


 直春に向ける視線は息子を見るようだった。


「あなたのような主君に仕えたいとずっと思っておりました。ぜひ、成安家に勝っていただきたい」


 成明が真剣な口調でまとめた。


「要するに、我々は全員、直春公にほれ込んでいるのです。大軍師殿にも、他の方々にもです」

「そうですな。これは恋ですな」

「親父、いい年して何言ってんだ」


 仲載が呆れたが、数軌は大まじめに頷いた。


「いや、恋かも知れません。あなたを忘れることも、見捨てて去ることも、とてもできません。想像するだけで胸が苦しくなります。直春公と皆様にはそういう魅力がありますな」


 成明は菊次郎と定恭に目を向けた。


「それに、大軍師と副軍師のお二人を敵に回すのは避けたいですからね」

「想像するのさえ恐ろしいですな」

「増富家も勝てなかったのです。成安家も同じでしょう。勝つ方に付くのは当たり前ですな」


 成明が頬をゆるめた。


「いつの間にか、手を組む相手に注文が多くなりました」

「確かに贅沢になりましたな。四年前は助けてくれるなら誰にでもすがりたいと思っていましたが」

「直春公を知ってしまったら、他の主君に仕えるなんてできませんよ」


 三人は愉快そうに笑い声を上げた。


「ありがたい。心より感謝申し上げます」


 直春は畳に手を突いて深々と頭を下げた。菊次郎も、田鶴も、直冬や本綱や敏廉も、忠賢まで、まじめな表情で同じようにした。


「俺たち水軍も桜舘家に付いていくぜ。元尊は護衛料をなくせとか言い出しそうだからな」


 昌隆が面白そうに言った。


「では、お願いがあります」


 顔を上げると、菊次郎は言った。


「裏切らない証拠として、ここで直春さんと主従の(ちぎ)りを(おこな)ってください」

「主従?」


 田鶴が驚いた声を出した。


「それってつまり……」

「皆様には当家の家臣になってもらいます。直春さんに臣従してください」


 先程直春と相談して決めたことだった。成安家と増富家、大封主家二つと戦うことになる。建前として残していた同盟という関係を取り払い、直春の命令に全て従うことを誓わせたい。そうでなければこの難局は乗り切れないと考えたのだ。


「増富家を滅ぼしたら持ちかけるつもりだったことです」


 桜舘家が百万貫を超えたら、成安家との関係はどうしても変化する。対等な同盟に切りかえるか、最悪敵対する可能性も考えていた。そのための新豊津城でもあったのだ。


「こんな状況で申し訳ありませんが、今ここで問いたいのです。俺たちの仲間になってくれますか」


 直春の真剣さに、見守っている菊次郎たちは緊張で息ができなくなりそうだった。


「家臣に相談しなければ決められないことでしょうが、時間がありません。お三方のお気持ちだけでも確認させていただきたい」


 さすがに即答は難しいだろうと菊次郎も直春も思っていた。が、成明は数呼吸ほどの時間目をつむると言った。


「分かりました。桜舘家の家臣になりましょう」


 仲宣も続いた。


「当家も異存はありません。そうだな、仲載」

「親父がいいなら俺は大歓迎だぜ。忠賢さんの副将に正式になれるしな」

「拙者はもとよりそのつもりです。峰前城のみんなも同じ気持ちでしょう」


 菊次郎は意外に思った。


「いいんですか。もう少し考えた方が……」

「いや、かまいません。いずれこうなるだろうと思っていました。私も家臣たちも覚悟はできています。少し早まっただけです」

「当家の力だけでは生き残れませんのでな。どこかに臣従するしかありません。成安家を頼みましたが、向こうから手を切ってきました。ならば、縁の深い直春公を選びましょう。家臣たちも納得するでしょう」


 成明と仲宣は存外晴れやかな顔をしていた。


「我々はもうとっくに仲間だと思っていました。ここにいらっしゃらない市射公も同じお気持ちでしょう」

「そうですな。いまさらですな。何度も一緒に戦った仲ではありませんか」

「ありがとうございます。心より感謝申し上げます」


 直春はもう一度深々と頭を下げた。菊次郎もそれにならった。直冬や本綱は涙ぐみ、田鶴はそっと目をぬぐった。敏廉や定恭も感動した様子だった。忠賢だけは皮肉げな笑みを浮かべて人々を眺めていた。


「では、軍議を始めましょうか」


 菊次郎が口を開くと、諸将は顔を引き締めた。


「まず、現状を確認します」


 定恭が人々の輪の中央に足の国周辺の地図を広げた。


「我が桜舘家はほとんどの武者をここに連れてきています」


 槍峰国中部の海辺、野司城の印を指さした。


「豊津には城と町の守りに合わせて六百しか残っていません。駒繋(こまつなぎ)城に二千一百がいますが、宇野瀬家の動きも警戒しなくてはなりませんので、しばらくは動かせません」

「たった六百か。成安家を信用してたのが裏目に出たな」


 忠賢がいまいましそうに言った。この二十日余りの間に伸びた無精(ぶしょう)ひげをいじっている。


「だからこそ、僕たちは勝ってこられたんです」


 直冬は残念そうだった。田鶴は怒っている。


「同盟を一方的に破るなんて想像しないよ。悪いのは元尊だよ」

「六百では城も町も守れません。急いで豊津に戻る必要があります」


 地図で見ても豊津は遠い。間に万羽国と茅生国が挟まっている。


「しかも、数日以内に帰還しなければなりません。早ければ五日後には成安軍の騎馬隊が豊津城に到達します」

宗速(むねはや)の野郎か!」


 忠賢が舌打ちした。狢河原の合戦にも参加した精鋭だ。


「あの四千を先行させてくる可能性があります。元尊は僕たちが戻る前に城を落とそうと考えているはずです」

「海はどうだ」


 昌隆は豊津湾を見つめていた。


「成安家には水軍がある。攻めてくるんじゃないか」

「恐らくそうでしょう」


 菊次郎も同じ考えだった。


「騎馬隊は南国街道を南から迫り、水軍は武者を豊津港に上陸させて北から城を攻めるといったところでしょう。早さが勝負を決めます」

「運が悪いね。あたしたちがこんな遠くに来てる時に攻めてくるなんて。偶然かな?」


 悔しそうな田鶴に、直冬は憤然(ふんぜん)と答えた。


「きっと違いますよ。二万を集めるのは成安家でも相当大変です。国中から武者を呼び寄せなくてはなりません。兵糧や運ばせる小荷駄隊の準備もいります。水軍の船だって急には動けないですよ」

「増富家と共謀ってことか」


 忠賢の言葉に定恭が頷いた。


「間違いないでしょう。それで全て説明できます」


 陽光寺砦近くの戦で牛など逃げる用意があったことも、本拠地でなく野司城に向かい、籠もって出てこなかったこともだ。


「持康様が外様衆を攻めたのは我々をおびき出すためだったようです。軽く戦って後退し、領内深く引きずり込んだのです。成安家出陣の知らせを聞いて慌てて引き上げるのを待っているのでしょう」


 定恭は表面上は落ち着いていて、冷ややかすぎるほどの口調だった。


「作戦も予想がつきます。五形城に残していた武者を出陣させて退路を断ち、挟み撃ちにするつもりです」


 直春はじっと地図を眺めている。


「つまり、追撃してくるのだな」

「はい」


 定恭は断言した。 


「引き上げる前にそれを撃破しなくてはなりません」


 諸将の顔が曇ると、忠賢はわざと愉快そうに言った。


「ちょうどいいじゃねえか。どうせ連中をたたかないと戻れないんだろ」


 菊次郎は首肯(しゅこう)した。


「引き上げたあと、峰前城を落とされては意味がありません。戦って弱らせてから帰る必要があります」

「時間がない時に合戦とは」


 蓮山本綱は苦い顔だ。


「そうですね。そんなことをしていたら間に合いません。ですから、二手に分かれましょう」


 菊次郎は地図の野司城と豊津をとんとたたいた。


「すぐに戻る人たちと、残って増富軍を撃破する人たちに」

「すぐにって言うけど間に合うの?」


 田鶴は不安そうだ。


「帰ったらお城が落ちちゃってたりしない?」

「間に合います。水軍の船を使えば」


 菊次郎は昌隆に目を向けた。


「それを提案しようと思っていたところだ」

「何人乗せられますか」

「米俵を下ろしてちょうど船倉は空だ。押し込めば運搬船(うんぱんぶね)に三百、護衛の戦船(いくさぶね)に二百が乗る。三隻ずつだから一千五百だな。それ以上は無理だ」

「問題は誰が行くかですが」


 菊次郎が顔を向けると、直春は信頼の表情で見返した。


「菊次郎君が行ってくれ。君の知恵が必要だ」


 菊次郎もそのつもりだった。


「あの城を設計したのは僕です。守り方も弱点も一番知っています。責任重大ですが」


 体が震える思いだった。


「なら、あたしも行く。妙姫様や雪姫様が心配だし」


 田鶴は侍女なのだ。


「直春さんは残るの?」

「合戦には大将が必要だ。俺の姿がないと武者たちが不安がる。家臣になると言ってくれたこの三人のためにも戦場にいるべきだろう。こちらのけりを付けてから戻る」

「さすがは直春さんですね」


 自分の役割を知っていて迷わない。


「定恭さんは直春さんを補佐してください」

「分かりました」


 大軍師は戻る。副軍師は残った方がよい。


「峰前城の人々を内応させたのは俺です。責任があります」


 槍峰国や増富家の事情に明るい定恭は直春のそばに必要だろう。


「問題は豊津へ帰るのを誰にするかですが」

「僕が行きます!」


 手を上げたのは直冬だった。


「僕が守ります。町も、城も、姉様たちも。菊次郎さんと田鶴もです。行かせてください。お願いします!」


 頭を下げた義弟を、直春は温かい声で(はげ)ました。


「直冬殿なら安心だ。頼んだぞ」

「はい!」


 十七歳の青年武将は頬を紅潮(こうちょう)させて、大きな声で返事をした。菊次郎は微笑んで、騎馬隊の将へ目を向けた。


「忠賢さんも戻ってください。一千五百では足りません。騎馬隊なら足が速いです」

「合戦はいいのか」

「仲載さんと数軌さんがいますし、定恭さんと相談して何とかします。攻めてきた敵をたたくのに騎馬隊が必要なんです」

「分かった。任せろ」


 忠賢はにやりとした。


「船には乗れませんから、陸路になりますが……」

「騎馬武者は足の速さが命なんだ。絶対間に合わせる。遅れるやつは俺がぶん殴る」

「信用しています。先に行って待っていますね」


 菊次郎は頷いて、直春に視線を戻した。


「もう一つ、決めることがあります」


 直春はすぐに察した。


「宇野瀬家のことだな」

「成安家とは手切れになりました。増富家とも戦の最中です。この上宇野瀬家まで敵に回したら生き残れません。同盟を提案します」


 忠賢は疑う顔だった。


「願空は承知するのか。攻める好機と思うかも知れないぜ」

「条件次第でしょう」


 差し伸べた手を相手が握りたくなるような手土産が必要だ。菊次郎は葦狢(あしむじな)街道を指でなぞった。


「願空が(ほっ)しているものは何でしょうか」

「豊津帆ですか」


 直冬は考えながら口にした。


「それも一つです。今はあの帆を宇野瀬家の船に付けてはいけないことになっていますが、許可しましょう。願空は(けい)国へ貿易船を送っています。きっとのどから手が出るほど欲しがっているでしょう」

「もう一つは駒繋城の通行料ですな」


 本綱は腕組みしている。


葦狢(あしむじな)街道を運ばれる荷にかかります。当家の貴重な収入源ですが、致し方ないでしょうな」


 願空は旭山(あさひやま)城下の商人と結び付きが強い。この提案を断ることはできないだろう。交易が一層盛んになれば宇野瀬家の収入も増える。


「勝つため、生き延びるためだ」


 直春は決断した。


「ただにしよう。宇野瀬領の商人から通行料は取らない。それで交渉できるか」

「可能だと思います。互いに攻め込まないと約束を()わします。さらに、成安家の背後を(おびや)かしてほしいと頼みましょう。元尊は薬藻国の守りを固めているでしょうが、墨浦の人々を不安にさせることはできます」

「そういったことが案外戦場での自由を奪い、判断に影響するものです」


 本綱が言い、昌隆も同感という顔つきだった。

 菊次郎は御使島へ手を滑らせた。


「鮮見家にも同盟を申し込みましょう。鮮見家は宇野瀬家と同盟していますし、当家とは都へ向かう船の寄港地なので関係が深まりつつあります。元尊はしばらくそちらへ援軍を送れないと伝えれば、きっと喜んで成安領に攻め込むでしょう。使者は萩矢(はぎや)頼算(よりかず)さんが適任です」

「なるほどです、師匠」


 直冬が真剣な顔で感心している。


「また、蜂ヶ音家に出陣を要請しましょう」


 菊次郎は槍峰国の北隣の国へ指を置いた。この封主家とは昨年の秋に同盟を結んだ。


「直春さんたちが去ったあと、持康公を牽制してもらうのです。合戦で増富家を弱らせておく、切り取った土地は差し上げると言えば、欲深な儀久(のりひさ)はきっと動くでしょう」


 直春は地図をもう一度確認し、諸将を見回した。


「この戦は早さが勝負だ。俺たちは元尊を撃退したら、すぐにこの国へ戻ってこなければならない。豊津城を守り切れても、時間がかかれば外様衆が滅ぼされてしまう。可能な限り早くあちらの戦を終わらせる必要がある」


 直春は数軌に顔を向けた。


「あなたたちはもう俺の仲間だ。決して見捨てない。必ず戻ってくるから、しばらく守りを固めて辛抱してくれ」

「そのお言葉、皆に伝えます。我々は直春公と皆様を信じております」


 続いて仲宣・仲載親子と成明に言った。


「あなた方も守る。俺は信じてくれた人を裏切らない。頼りにしている」

「ははっ!」


 三人と数軌は平伏した。


「俺たちは絶対に勝つ! この仲間がいればきっと勝てる!」


 直春の口調は確信に満ちていた。


「もちろんだぜ」


 忠賢がにやりとした。直冬はこぶしを振り上げた。


「僕も頑張ります!」

「あたしと真白(ましろ)もね」


 田鶴は猿の手を持って振った。


「我々も同じ気持ちです」


 本綱が言い、三人や数軌は頬をほころばせた。昌隆は興味深そうな顔つきだった。

 直春さんの言葉はなぜこれほど勇気付けられるのだろう。

 菊次郎はうれしくなった。


「では、具体的な作戦を検討しよう。菊次郎君、定恭殿、頼む」

「はい」


 両軍師は総大将に一礼し、一緒に今後の行動を説明した。諸将はすぐさま動き出し、日暮れを迎えた陣内は慌ただしくなった。

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