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第二話

 ヴァルシュタイン王国の聖騎士軍の歴史は今から約80年ほど前に遡る。王国歴349年、突如として魔族が出現、人間との敵対を宣言する。魔術を操る魔族に対して人間は無力であり蹂躙されて行った。そこで当時のヴァルシュタイン国王は国王直属軍として聖騎士軍を発足。数多の血を流しながらも魔族に対抗し、決死の作戦で拮抗状態を作り出すことに成功する。


 時を同じくして英雄アロイス・エーベル・フォン・グリムハイムの神聖術の発見と聖騎士への神聖術付与により、ヴァルシュタイン王国は国内の魔族の一掃に成功。その後も対魔族の切り札として聖騎士軍は国王直属軍として常駐される事となる。




 コツコツと小さな足音を立てながらイリスは当時から聖騎士の宿舎として使われている建物を目指す。夜に沈んだ前庭を抜けて建物に入ると、まず蝋燭ろうそくで薄暗く照らされたエントランスに出た。人影は無い。本来なら明日の朝に入寮する予定だったのだ。出迎えがある方が不気味だと思いながらイリスはエントランスを眺める。


 そこは王城と同じ土色の壁と砂色の石で出来た床を持つ広々とした空間だった。ダンスパーティーでも開けそうね、と皮肉のように考えながら、イリスは薄闇につつまれたエントランスを眺める。つと視線を上げると左右に別れた2つの大階段が見えた。きっとあの先にいくつもの部屋が並んでいるのだろう。足を踏み出しかけて、辞める。勝手に入ってもいいものだろうかと疑問が頭をもたげる。


(今更、ね?)


 そしてそんな自分の問いをイリスは一笑に付した。今更だ……もう建物の中には入ってしまっているのだから。軽く首を振り、ともすれば不安に引き摺られそうになる自分を否定する。暗いエントランスは少しだけ不気味だ、と思いながらもイリスがコツリと足音を響かせて足を再び動かした瞬間だった。


「……侵入者、にしては無用心だな」


 エントランスに響いた声にイリスはぎくりと身をすくませる。首を左右に巡らせて声の持ち主を探す。


 エントランスの左手に位置する扉が薄く開かれ、そこに男が立っていた。年齢は遅らく彼女と同じか少し上だろう青年は、切れ長の目でイリスを射るように見ていた。張り巡らされた緊迫感に彼女は息を飲む。


「しかも女か。逢引か夜這いか……なんにせよ、宿舎は聖騎士以外立ち入り禁止だ」


 だからさっさと消えろと言外に青年が告げる。その一方的な態度に彼女の目が怒りに燃えた。彼女の顔から表情が消える。他にこの場面に遭遇した者がいたなら、その雰囲気に凍えて逃げ出しただろう。けれど青年は生憎とそんな事で引く性質たちではなかった。ふんっと口角だけ上げて一つ笑う……馬鹿にしたかのように。


「私は……」

「……姫様?」


 冷たくイリスの声が名を告げようとしたその時……少し懐かしい声が彼女の耳をくすぐった。青年の背後から、もう一人同じくらいの年の青年が姿を現す。薄暗い中でも彼女はその懐かしい姿に顔をほころばせる。


「ルーカス、久しぶりね」

「はい、姫様もご健勝のようでなによりです」


 柔らかな微笑みを顔にのせてルーカスが流れるような動作で膝を着く。その相変わらずな様子にイリスは苦笑した。一瞬流れた和やかな雰囲気を壊したのは青年だった。


「……姫様?」


 あざけるような響きを持った声と温度の下がった瞳で青年はイリスを射る。その様子に彼女は眉をひそめた。青年の精悍な顔立ちにはもう、お飾りほどの笑みも消えていた。


「お前がイリス・ヘレーナ・フォン・ゾルベルグか」


 不機嫌な視線で彼女を観察するかのように青年は見る。その不躾な視線と態度に、どうしてこんな態度を取られないといけないのか、とイリスの双眸が再び怒り燃える。清廉な美貌が凄味を増す。青年の目が驚くかのように少しだけ開かれた。


「イリス・ゾルベルグよ。伯爵令嬢の地位フォン・ゾルベルグは捨てて来たわ」


 その言葉に青年とルーカスが息を飲む。今度こそ見開かれた青年の双眸にイリスは少しだけ溜飲を下げた。ルーカスには告げてあったはずなのに、と彼の様子を少しだけ疑問に思いながらも、イリスは青年から視線を逸らさなかった。2つの強い視線が交わって火花を散らす。先に視線を逸らしたのは青年の方だった。


「悪かった。クリスティアン・ロイスだ」


 少しも悪いと思ってない響きの声で告げて、クリスティアンは肩を竦める。そうして背中を向けて元の扉へと消えていく。緊迫感が霧散してイリスは小さく溜息をついた。肩を竦めようとして……クリスティアンが同じ動作をしていたことを思い出し、やめておく。左手が髪を掻き乱した。それを咎めるようなルーカスの視線に苦笑で誤魔化してから、唇をむっと尖らせる。


「……なんなの、あの男」

「クリスは……少し気難しい所があるのですよ。普段は面倒見のいい方なのですが……」


 溜息とともに呟かれた言葉にイリスの眉間に皺が出来る。面倒見のいい人物、誰が? と聞き返したいところを、ぐっとこらえる。ルーカスを責めたい訳ではないし、どうせなら久しぶりに会った彼と重い雰囲気を過ごしたくはなかった。……きっと一生今の言葉に同意する事はないだろうと思ってから、イリスはクリスティアンの事を思考から追い出す。そしてルーカスに笑顔を向けた。ルーカスも1年前変わらない笑顔をイリスに見せてくれる。


 そして中断された和やかな空気ががようやく流れ出した。ルーカスの笑顔を見ながら、ようやくここまで来たのだとイリスは実感した。

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