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序章 1

 留まることなく流れる海の潮騒と濃い潮の香りに包まれていると、疲弊した心は幾らかは落ち着いた。

 昨日さくじつにランズ港を出航した定期船は、六日後にはウルディアスへと到着する予定だった。

 甲板の最後尾、穏やかな波をかき分けるスクリューの稼動音に紛れて、海鳥達の鳴き交わす声が耳を打つ。甲板の船縁に立っていた長身の男は、海鳥達から青く透き通る空に視線を移した。

 海の水は空の色を映して様々な色に様相を変える。凪いだ海と穏やかな空を、海鳥達の風をかき分ける飛行を眺めていると、夢うつつの状態を彷徨っているのかと錯覚をしてしまう。


 ここはこんなにも穏やかだった。何もかもが。


 甲板には乗客達がまばらに散り、思い思いの場所で船旅を満喫している。


「旅行ですかな?」


 少し離れた船縁に同じく立っていた初老の男が、にこやかに笑いながら話しかけてきた。


「──いえ。私は、ウルディアスに移住をしようと思っています」


 一瞬だけ返答に迷う。しかし笑い返しながら、そう答えた。


「ほぅ。移住ですか」


 この初老の男も、ランズ港から乗って来たはずだ。顔に覚えがあった。彼の奥さんだろうか、一緒にいた老婦人の姿はない。


「ここ近年、ウルディアスに移住をする人が増えましたな。私の娘も、ウルディアスに嫁ぎましてな。先の冬に、子供が産まれたのです」


 老人は嬉しそうに語った。


「それは、おめでとうございます」

「待ちわびた初孫なのです。私のところは雪が深いのでなかなか動くことが出来なかったのですわ。ようやく顔を見ることが出来ます」


 冬が終わりを告げ、気候は緩やかに暖かく、春先も間近に迫っていた。

 老人の話を聞きながら、脳裏に浮かぶ"ある光景"を瞼を閉じて追った。


 そうだ。

 雪が降っていた"あの惨劇"から、ふた月過ぎようとしているのだ。


「時代は変わりましたな。私がまだ子供の頃は、今ほどはそう簡単にウルディアスへと渡ることは出来なかったですからな」


 老人の言葉に、男は閉じていた瞼を開いた。


「そうですね」

「今の陛下は有能な方です。レイズヴァーグがここまで豊かになったことが、私は嬉しいです」

「…………」


 老人にとってはレイズヴァーグが故郷なのだ。

 それに気が付き、古びて錆び付いた剣のように心が嫌な音を発てて軋んだ。


 国が豊かに大きく発展していく裏側ではどれだけの犠牲が関わっているのか、あなたはそれをご存知か。


 ともすれば、なんの関係もない老人を詰りそうになった。手のひらに爪を食い込ませて堪える。

 唐突に黙り込んだ男を、老人は不思議そうな笑顔でもって見つめてくる。


 男は老人に軽く頭を下げると、そのまま踵を返した。

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