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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
9/80

教化

修正版です。


 若者は鼻から大きく息を吸い込んだ。


 ――家畜と緑のにおいがする。


 見慣れた通りに、また新しい家が二軒、建ちかけている。

 この通りの向こうの外れは、ここよりもさらにたくさんの家が、修復されたり、建て直されたりしている。

 大規模ではないが、ここ何年にもわたって続いた戦闘がようやく終わった。

 終わったと実感できるようになったのだ。

 小競り合いが起きるたびにやってくる王都の兵士たちは、統制がとれているとは言い難かった。

 子供の時には、王都からくる兵士たちは、自分たちを救ってくれる者なのだと思っていた頃もあった。

 しかし、一向に収まることのない戦。

 徘徊する兵士たち。

 おさまったと思ったら、また始まる戦闘。

 これでは到底まともな生活などできるはずがない。

 若者の家は農家だった。

 そこそこ大きな農地を、家族みんなでどうにか守ってきた。

 兵士たちが若者の家の近くで戦闘を起こすことはめったにないことだったが、行きかう兵士は畑のことなど頓着しなかった。

 心ない何者かによって荒らされることもあれば、小さな小競り合いが起きて、せっかく植えた畑の苗が無残に踏みにじられ、めちゃめちゃになってしまったこともある。

 それでも、若者の父親は黙って畑を守り続けた。

 そんな生活に愛想をつかして、親戚を頼りに町を出て行った者たちもいる。

 若者一家にもそんなあてがないでもなかった。

 王都に近い所では、父親の弟家族が小さな商店を営んでいる。

 母親がその話を、父親としているのを聞いたことがあった。

 それでも父親は、ここで農業をすることを辞めなかった。

 どうして。

 それを父親に問う勇気は、若者にはなかった。

 黙って朝早くから、畑に出てゆき、怒ることもせず、泣くこともせず、黙々と荒らされた畑をまたきれいにし、苗も植えなおした。

 そんな姿を見て「ここから出て行こう」とは言えなかった。

 そんな時、若者も黙って父の手伝いをした。

「おかあさん、早く。早くしないと席がなくなっちゃうよ」

 小さな妹の声で、若者ははっと我に帰る。

「席がなければ後ろで立って聞けばいいわ。だから、もうちょっと待ってちょうだい」

「だめよ。わたしはなるべく前で聞きたいのに」

 今日は休耕日。

 近くの集会所に教師がやってきて、小さい子には読み書きを教えてくれる日だ。


 大公様がきて、この町は変わった。


 以前はなかった学校ができた。

 まだ戦争で人がいなくなった古い建物を使って人を集めているだけだが、立派な学校の建物が今、建設中だ。

 学校には貴族ではない、貧しい農民や商人の子も通える。

 お金も払わなくていい。

 教師は大公様が払ってくださるお金で雇われ、子どもたちにいろんなことを教えてくれるのだ。

 子どもだけではない。

 今日のような休みの日には、大人も気兼ねなく、学校で一緒に授業を受けられるようになっていた。

「今日は神さまのお話の続きがきけるのよ。兄さんも来ればいいのに」

 妹は目を輝かせながら言った。

 最近、妹は先生が教えてくれる神様の話に夢中だ。

 若者も一度覗きに行ったことがある。

 世界を救ってくれる神様。

 そんな人が本当にいるのだろうか。

「じゃあ、行ってくるわね。あと、頼んだわよ」

 母親に声をかけられ、若者はうなずいた。

 母親の表情も随分変わった。

 前は子どもたちに隠れて泣いてばかりだったのに。

 今はとても明るい表情になった。

「母さん、帰ったら少し話があるんだけどいいかな」

 若者が声をかける。

 妹と手をつないで歩きかけた母親が振り返った。

「わかったよ。少し市場で買い物して帰るから遅くなるけど、それでもいいかい」

「うん」

 微笑んで手を振る母親に応えて、軽く手を振り返す。

 そして身を翻した。

 これから、幼馴染の家に行くのだ。

 ここのところ数人でよく彼の家に集まる。

 話題はもちろん、この町の将来のこと……そして、大公様のことだ。

「おう」

 馴染みの顔に声をかけられ、若者の頬がゆるむ。

「今日も行くだろ」

「ああ」

 大公様は今、人を募っているという。

 兵士だけではない。

 今までの地位や身分に関係なく、能力のある者は役人として取り立ててくれるという。

 ようやくこの町の戦争は終わったのだ。

 あらためて若者は思った。

 父親の農地は、彼のすぐ下の弟に任せよう。

 弟は今ではもう十分、父親の役に立てるほど成長した。

「さあ、急ごうぜ。もう始まってるかもしれない」

 若者は頷いた。


 これからこの町の未来をこの手で、掴みに行くのだ。

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