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大公  作者: ヨクイ
第7章 決戦
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最後の戦い

 傭兵の国との戦いが終わってから、五年が経過した。

 帝国と議員連合国は、それぞれ独自の手法により、国を立て直しつつあった。

 それと同時に、帝国は竜騎兵の機動力を生かし、我が国の国境を脅かすようになった。

 正式な戦闘ではなく、国境付近の町を攻めてはすぐに撤退するというようなやり方で。

 議員連合国の方はといえば、大船団を組んで海峡を渡っては、略奪を繰り返し、我が国の貿易活動を妨害していた。

 酋長国連邦も似たようなもので、不意に空から襲ってきては、適当な街で略奪をするという有様だった。

 そのような周囲からの侵略に、大公の国の国民は皆、怒り、開戦を叫ぶ声が日増しに強くなっていた。

 だが、我が国もこの五年でかなり進歩を遂げたと言ってよい。

 特務隊の兵士数名を連れて、オレは閣議の間に入った。

 絨毯を踏みしめながら。

 一瞬、閣僚たちは、普段同席することのない特務隊の兵士を見て、「おや」という顔をしたが、それでもすぐに全員が頭を垂れた。

「閣議の前に、言っておかなければならぬことがある」

 オレは静かにきりだした。

 特務隊の同席。

 それが何を意味するのか。

「右大臣。今日まで御苦労であったな。これより右大臣の任を解く」

「は……、それはどういうことでしょうか」

 そう言いながらも、右大臣の頬がひきつっている。

「お前が我が国の新しい兵器の設計図を持ち出し、売りさばいたことは既に調査で明らかになっている。やってくれたな」

「な、なんのことでしょうか。私はそのようなことは……」

「黙れ。設計図が漏れたところで、すぐに他国で再現できるとも思えぬが、しかし、いつまでも放っておくわけにもいかぬ。目をかけてやったというのに、恩をあだで返すとは、いい度胸だ」

 オレがそこまで言うと、右大臣は勢いよく立ちあがったが、すかさず、特務隊の兵士たちが右大臣を取り押さえる。

「な、なにが恩だっ。お前に恨みはあっても、恩などない。私の、我が一族の怒りを知れ」

「一族の怒り、だと。そんなものは何の足しにもならんな。お前の望みどおり、解放してやる。恨み事はあの世で言うがいい。……連れて行け」

「はっ」

 右大臣は引きずられるように、特務隊の兵士たちに連れていかれた。

 閣僚たちは冷めた面持ちでそれを見送っていたが、左大臣である傭兵の国の元王だけは、複雑な表情をしていた。

「では、始めましょう」

 太政大臣がいつもと変わらない、落ち着いた様子でそう言った。

 そしてオレもまた、何事もなかったかのように、自分の椅子に座ったのだった。

「今回初めて導入する予定の装甲艦、戦車、対翼竜戦闘機、爆撃専用機、全て配備完了しております」

 造兵局を管轄する兵部卿が素早く言った。

「うむ。大動員令の準備は」

 今度は宣伝卿が口を開いた。

「滞りなく。国民の怒りは三国に向いております。今回の開戦は歓迎されるでしょう」

 宣伝卿の言葉に、オレは頷く。

「そうであろうな。今回は我が長男の補佐官に兵部卿、次男には、民部卿を補佐官としてつける。甘やかす必要はない。それぞれの部署で切磋琢磨するよう教育してくれ」

 長男も次男も、参画できるほどの年齢になった。

 経験を増やし、次代を継いでもらわなければならない。

「わかりました」

「お任せください」

 兵部卿と民部卿がそれぞれ応える。

「これより我が国は戦闘態勢に入る。大動員令を発令し、準備を整えよ。議員連合国には、装甲艦の艦隊を送り、海峡の主導権を握れ。本土には爆撃機の半数を派遣。首都が陥落するまで叩きつぶし、我が国の威容を示してやれ」

「は」

「酋長国連邦は、対翼竜戦闘機にて攻撃。翼竜殲滅を行う。帝国には爆撃機の半数を派遣し、主要要塞を空爆。戦車部隊で制圧。後に歩兵での占拠を始める」

「御意」

「これは三国制圧の一大戦争である。これだけの兵器を用いて、負けることは許さん。三国を平らげるまで、帰還できぬと思え」

 この世界にきて、もう何十年が過ぎたことだろう。

 もはや母国の記憶も、はるか夢物語のようだ。

 兵器開発が一気に進み、ついにこの列強三国を制圧する時が訪れた。

 だが、これで終わりではない。

 新たに開発した兵器をもってすれば、この世界全てを征服することさえ可能なのではないだろうか。


 列強三国に、正式に宣戦布告がなされた。

 既に国境近くまで兵が動き、爆弾を積み込んだ飛行隊数千機が、すぐに帝国の空を侵犯し始めた。

 飛行機は初期型のもので、一機が搭載できる爆弾はごくわずかだったが、それでも、数千機もいれば要塞を火の海にすることは、それほど難しいことではなかった。

 飛行機の後を追うように、兵部卿は大戦車団を率いて、帝国へと侵入する。

 一方、議員連合国と大公の国との狭間の海峡では、黒光りする装甲艦が、議員連合国の木製大型船を威圧していた。

 大型船といっても、装甲艦に比べれば、十分の一ほどにすぎない。

 装甲艦はこの世界において、破格の大きさなのだ。

 大量の傭兵を雇い、軍備を強化していた議員連合国軍は、それでも果敢に戦端を開いた。

 しかし、議員連合国軍の砲撃が届く前に、はるか彼方から装甲艦の砲弾が飛び、全く相手にならない。

 それでも議員連合国の大量の船は、数に頼んで進撃し、装甲艦の攻撃の合間を縫って、射程距離圏内に侵入した。

 ここぞとばかりに、装甲艦めがけて打ち放たれる鉄の砲弾。

 だが、その全てが弾き返される。

 彼らが、これはまずいと思った時には既に遅かった。

 万を数えるほどもいた議員連合国の大船団は、ことごとく海の藻屑となったのだった。

 同じ頃。

 兵部卿の指揮する、数千両から成る大戦車団は、爆撃機によって瓦礫となった要塞を乗り越えながら、残存勢力を殲滅しつつあった。

 帝国は自慢の竜騎兵を前面に、戦車に反撃を加えようとしたが、脆くも玉砕。

 酋長国連邦に派兵された対翼竜戦闘機は、初期型戦闘機に、対戦車ライフルを改造した機関銃を装備したもの。

 機関銃の重量のため、速度は出ないが、四機一体となる戦術で、その点を補うことにした。

 一匹の翼竜に対し、上下左右から包囲して、翼竜の硬い鱗すら貫通する機関銃が撃ち込まれた。

 次々と地上へ墜落していく翼竜たち。

 制空権を握った大公軍は、新たに爆撃機を投入。

 容赦のない砲撃を行った後、戦車の一団で、領土を次々と制圧していった。


 オレは執務室で、次々に入電される快進撃の報告に満足していた。

 もう少し、もう少しで全てが手中に入る。

 元の世界では、俗物な政治家共のせいで祖国は負け戦を続け、全てを無くすところだった。

 しかし、この世界でオレは全てを掴み取ろうとしていた。

「殿下は、老いても覇気が衰えませぬな。元の世界に居た頃と変わらぬその野望みなぎる眼」

 対面で報告をする太政大臣が懐かしそうにオレを見る。

「馬鹿を言うな。オレもお前も随分と年老いたわ」

 ニヤリと不敵に笑い、オレは答える。

 しかし、老いたとは自身で寸分も思っていなかった。

 まだまだこれからだと言う気力がみなぎっていた。

 列強三国全てを平らげてもなお、やりたいことは山積みに残っているからだ。

 オレが葉巻を箱から取りだし吸い口を切り落とすと、太政大臣が火をつける。

 目の前の男が補佐官であった頃はよくあったものだが、互いに身分が大きくなると、このような些細な事もなくなった。

 改めて自分が、元の世界で言えば国家元首以上の存在になりつつあることに気付く。

 執務室にある地図も、最早自国の色一色に染まりつつある。

「敗残兵になる筈であった我々が、異国の地で今の栄達を手に入れれたのも殿下のおかげ。感謝しております」

 太政大臣は、引きしまった雰囲気になると、改まったように一礼してオレに感謝を表す。

「なに。それはオレも同じこと。旗下の同胞がいなくば今のオレもない」

 そう。

 駒であり、部下である者たちがいてこそ、ここまで来れた。

 オレは珍しく昔を懐かしむような気分になっていた。

 戦争もけりがつきそうであり、柄にもなく勝利の美酒を味わう気持ちになっていたのかもしれない。

 最後の国が落ちた時に飲むはずのワインを太政大臣に棚から取り出させると、グラスに注がせる。

 オレはグラスに手をとると、軽く掲げ、口をつけた。

 その時。

 胸の、心臓のあたりが急に苦しく感じられた。

 ワイングラスが床に落ち、砕ける。

 どうしてしまったのかという思いが頭をよぎり、だが、体は言うことを聞かず、オレはその場に倒れ込んだ。

 胸が苦しい。

 オレは無意識のうちに、胸をかきむしっていた。

「閣下……っ」

 柄にもなく動揺した声で、太政大臣が叫ぶ。

 彼がこれほど動揺し、声を荒げるのは初めてではないだろうかとぼんやりする頭の中で思った。

 ほどなく彼は、医師を呼びに部屋を飛び出していった。

 太政大臣の遠ざかる足音と入れ違いに、静かな足音がオレに近づく。

「大丈夫ですか、父上……」

 その声。

 それは聞き間違いのない、自分の息子の声。

 優しさを装う三男の声だった。

 苦労知らずの、他の二人の息子に比べてまだ幼い三男。

 オレは何か声を発そうと試みたが、先ほどよりもさらに胸は苦しく、押しつぶされるようだ。

「殿下、すぐに医師が来ましょう。しばらくの辛抱です」

 どことなく、楽しそうな声は、老いてなお野心に溢れた宣伝卿の声。

 その瞬間、オレは三男の狡猾さに思い至った。

 特別どこと言って目立ちはしないが、いつも要領の良い子供だと思ってはいた。

 ……なるほど。

 オレは国を制覇することには成功したかも知れないが、後継者作りには不向きだったのだ。

 そして、ぼんやりとする意識の中で思った。

 三男は要領よく立ち回っているつもりかもしれないが、他の二人も、おそらく黙っては居るまい。

 兵部卿を後ろ盾に軍を握るであろう、長男。

 民部卿の支援で動員した民兵を支配下における状況になるであろう二男。

 そして、宮中に人気があり、各大臣以下親衛隊すら手中に収めるであろう三男。

 これからは血みどろの後継者争いが起こる事はそう難しい予想ではなかった。

 それもまた、大きくなりすぎた国の中ではよくある道のひとつだ。

 所詮、蛇の子は蛇でしかないのだろう。

 三人手を携えて国を治めてくれることが望みではあったが、それは親であるオレの願望でしかなかった。

 こうなっては誰が勝ち残るか分からぬが、かつてオレがそうしたように、血みどろの階段を駆け上り玉座をつかむ他はない。

 オレは薄れゆく意識の中、そんなことを漠々と考えていた。

 だが、後悔はない。

 むしろどこか吹っ切れたような、清々とした心持ちだった。



 

 大公がこの世を去った後、戦は一旦終結するかに見えたが、大公の息子達は父の意向『三国を平らげるまで帰還するな』との命を尊重する意向を全軍に発表。

 そしてその戦争は、半年をかけて全土を平らげ、ようやく終結した。

 戦争がこれで終わったかのように見えたが、そうではなかった。

 三兄弟の後継者争いにより、国は内戦へと突入していく。

 それぞれ大臣の大臣を後ろ盾にし、まさに大公が想像した通り、血みどろの争いが繰り広げられることとなった。

 そして、それからさらに2年後。

 長男、次男の両名を打ち破った三男がついに父の後を継ぎ、そして大公を名乗った。

 さらには、既に長年形骸化していた国王制度を廃止、自ら皇帝を名乗り、初代皇帝の名誉を亡き父に送ったという。

 

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

この作品が皆様にとってどの程度だったのか知りたく、評価をしていただけると大変嬉しく思います。


次回作はファンタジーとなります。

タイトルは「竜を喰らう者」。

戦記物としては「黒き聖伝」を投稿したています。




半年弱という短い期間ではありましたが、この作品を読んでくれたこと、感謝しています。

ありがとうございました。


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