影の領主
修正第2版です。
真っ先に部下の名乗りをあげた中年男の配慮もあって、有能な異能者たちが次々と発掘され、登用することができた。
牢獄に押し込められた他の異能者たちの話を聞くうち、驚いたことに、ここにいる者たち全員が、おそらくはオレの知っているあの世界からこの国に連れてこられたのだということが分かった。
それを知り、オレは迷うことなく役職名には、本国で使用されていたものを採用した。
そうした方が、馴染みやすいと思ったのだった。
案の定、彼らの反応は上々だ。
最初に配下になった中年男には「文部大臣」という役職名を与えてある。
独房の三方は無機質な石壁に囲まれ、廊下と部屋とは頑丈な扉で遮られているのだが、異能の力を多用するようになってから、オレにはもはや、そこに壁があるという感覚がなくなってきた。
オレは自分を取り囲むように、別の空間を映す小さな"窓"を複数開き、それぞれ別の場所にいる部下から報告を受けたり、指示を与えたりした。
「文部大臣。今の調子でいけば、どのくらいで教化が進みそうか」
オレの問いに、およそ文部大臣という肩書には似つかわしくない男は、ごりごりと顎鬚をかきながらしばらく思案した。
彼の鬚から、はらはらと何か白いものが落ちていくのが見える。
「そうだな。年内には旧領主派の鞍替えもうまくいきそうだ。年が明けたら、めでたくみんな大公派ってわけだな」
オレは静かにうなずく。
長く話してみて分かったが、そこには独自の理論に裏打ちされた、彼独特のやり方があるようだ。
他の部下から、具体的ではないが、教化が進んでいる手ごたえを感じるという報告もあがっている。
「まあ、これ以上、年内に領土が増えてなけりゃの話だがな」
男は、今度は頭をボリボリかきながら薄く笑った。
よほど体中がかゆいと見える。
「それでは困る。領土が増えれば、我々に対する信頼性が高くなり、教化も今より進めやすくなるだろう。引き続き、民衆の数が増えても同じ結果が残るように頼むぞ」
「なかなか痛いところを突かれたな。……まあ、任せてくれ。期待は裏切らねえ」
男は今度こそ、にたりと笑った。
本当はそこまでの目算もできていたに違いない。
「財務大臣、民兵の武装化に必要な金はできそうか」
今度は別の"窓"に向かって話しかけたオレに、薄く眼を開けた男が応えた。
この男も最近登用した人物だ。
「補佐官からの情報を元に計算したのですが、砦の補修、人気取りに必要な民衆への施し、軍需への補給が無ければ可能ですな」
淡々と言う男に、オレは首を振る。
「それは無理だ。並行する。別の方法はないか」
そうでなければ意味がない。彼にもわかっているはずだ。
「それならば、旧貴族、地主からの財産を没収するというのは」
「よかろう。それでやってくれ」
オレの一言に、別の"窓"に映る補佐官が頷くのが見えた。
「詳細な打ち合わせは、そっちで行ってくれ」
そう言って、補佐官に後を引き継いだオレは、意見を交わす三人の映像を遠目で見ながら、この先の計画に思いを馳せた。
少々強引なやり方だが、あまり時間があるとは考えない方がいい。
今回の戦乱をオレが鎮圧したことに、王は感づいていない。
気付くはずもないのだが……。
表向きは、国王軍が手をこまねいている間に、どこかの私兵がいつの間にか陥落させていたような体になっている。
国王軍としても、鎮圧さえしてしまえば、それがどこの勢力であったかなどはどうでもいいといったいい加減ぶりで、鎮圧したという事実だけを持って、王都に帰ったというわけだ。
だが、国王も馬鹿ではない。
各地の戦乱が次々と鎮圧されていけば、そのうちに誰かが裏で手を引いていると気づくかもしれない。
それがオレだと気づく可能性は低いが、領地に攻め込まれてしまえば、今の状態では勝機も少ない。
長く見積もっても、三年。
勢力を拡大していくには、短すぎる時間だ。
オレの首が飛ぶのが先か、王の喉元にオレの刃が当たるのが先か。
もはや後に引くことはできない。
……いや、最初から後に引くなどという、そのような選択肢などないのだ。
オレは三人の部下が話し合っているのとは別方向に、また新たな"窓"を開く。
休んでいる暇などない。
未だ土も踏めぬ領地だが、仮にもその地の領主となったオレは、次の指示を与えなければならないのだった。