小国攻略
大公の国の周辺には、傭兵の国の他にも小国がある。
交易の国、山岳の国、砂漠の国、部族長の国。
領土が拡大した我が国にとっては、とるに足らないような小さな国ばかりだ。
今まではこちらから侵略することも、小国の方から手を出してくることもなく、互いに中立を保ってきた。
だが、小国同士は長い間敵対関係にあり、小さな衝突を繰り返している。
オレは、広げた地図に目をやった。
もともとこれらの小国には、さほど興味がなかったから、あえて手出しはしてこなかった。
「そろそろ着手されますか」
太政大臣の言葉に、オレは頷いた。
「新しい兵器の量産のためには、必要だ」
帝国の領土から割譲した凍土から出る石油だけでは、資源は足りないのだった。
新しい兵器の量産のためには、石油の他に、鉄や銅などの様々な資源が、大量に必要だ。
国内にもいくらかはそうした場所があるが、必要な量があまりに多すぎて、国内の資源だけでは賄いきれない。
そして、それを補充できるほどの資源が眠っているのが、周辺にある小国なのだ。
それはここ数年の極秘調査で明らかになった。
「商人で作る議員たちの間からは、輸入してはどうかという話もありましたが」
「いかにも商人が考えそうなことだな。兵器の元になると分かれば、奴らも譲りはすまい。隠したところで、いずれこちらの足元を見て、高く売りつけてくるだろうことは容易に想像がつく」
「そうですね」
太政大臣はオレの言葉に同意しながらも、まだ何か言いたそうな顔をしている。
「なんだ」
「いえ。――我々は根っからの軍人ですね。戦って奪い取った方が早いと、すぐに考えてしまいます。殿下がそうだとは言いませんが」
オレは思わず鼻で笑ってしまった。
「はっきり、オレもそういう人種だと言ったらどうだ」
だが、太政大臣は肩をすくめただけだった。
「議員たちの言う通りとはいかないまでも、やり方は他にもある。……だが、オレもこの方が性にあっているのだ。謀略などを巡らせるより、大軍を率いて叩きつぶす方が、よほど楽しいではないか」
「――今の話は聞かなかったことに。民部卿が知ったら、憤慨しますよ」
「さて、どうかな。……オレの国だ。オレが好きなようにやる」
「私も殿下と同類ですから、何も言えませんが」
オレは再び、開いた地図に目を落とした。
「まずは、山岳砲の出来栄えを試してみることにするか」
新兵器の開発は着々と進んでいる。
それでもまだ、オレのいた母国にようやく近づいた程度だが、資源が手に入りさえすれば、あと数年で追いつくだろう。
「いよいよ小国の攻略に入るのですね」
「平らげる国が陸続きになっているのだ。一気に蹂躙するのが良かろう。傭兵の国を除く、小国は地理的につながっておるからな」
傭兵の国は北に位置するが、それ以外の小国は、南東の方角――帝国の真下に連なっている。
帝国も議員連合国も、先の戦争でしばらくは大人しい。
攻めるのならば、今が好機だ。
「やはり、問題になってくるのは傭兵の国……。あそこは一筋縄ではいかないでしょうね」
「一度は雇い主となったが……。強兵と名高いその実力――、相対してみるのも、また一興」
「こちらも、ある程度の損害は免れませんが」
「だが、それだけの価値があると思っている」
何しろ、傭兵の国に眠っているとされるのは、兵器に最も必要な鉄なのだから。
我が軍は、切り立った山の多い、山岳の国に侵攻を開始した。
軍を攻略するというよりは、むしろ地理的な面で苦慮したが、それでもほどなく拠点攻略の報が入ってきた。
まるで竜巻のように侵攻し続ける我が軍は、山岳の国土の八割をあっという間に征服した。
「殿下。ここにきて、小国はようやく同盟を組んだようで、他三国から、援軍が送られてきているとのことです」
予想外の報告に、オレはむしろ喜んだ。
小国の仲の悪さは長年続いていたので、同盟することなどないと思っていたが……。
共通の敵を前に、一時、わだかまりを脇へおき、手を携えたというわけだ。
「手間が省けて助かるな。わざわざ遠方まで出向かなくも、敵から足を運んできてくれる」
「作戦の変更が必要になりますね」
太政大臣が、冷静に言った。
「小国が束になったところで、帝国一国以下であろう。軍を分化し、個別に叩くか」
「もともと仲が悪かった国同士ですから、さほどの連携もないでしょう」
太政大臣の指摘通り、にわか仕立ての同盟は、指揮が統一されておらず、ほとんど意味をなしていなかった。
五十万の大軍はいくつかに分かれ、小国の軍を分断し、ひとつずつ確実に撃破して進軍していった。
いくら同盟を組んだところで、分断されてしまっては意味がない。
あっさりと山岳の国と部族長の国が殲滅されたところで、残り二国は降伏を宣言した。
降服した二国は、我が国の完全な属国となった。
属国となった砂漠の国と交易の国にいた貴族は放逐。
こちらから新たに官僚を送り、実権を全て移譲させる。
こうして、砂漠の王と交易の国の族長は権力を失い、名のみ許されただけの、形骸的な存在となった。
官僚たちが実権を握るための段取りをしている間にも、大公軍は歩みを止めることなく、進軍する。
国内をそのまま通過し、さらに北へ向かう。
進む先は、一番の難敵と思われる、この周辺でたったひとつ残った最後の小国。
傭兵の国だ。
傭兵の国を攻めることに閣僚の間でも賛否両論があったが、オレは耳を貸さなかった。
我が国の兵数はかなり増強しているし、新兵器が量産できれば、傭兵の力など必要ない。
傭兵の国において、兵として戦力になる国民は、多く見積もっても四万と報告されている。
退役した者も含めて、だが。
我が国の軍勢は、約五十万。
ようやくライフル銃への切り替えが終わったばかりの傭兵の国に対し、我が国は分解ができ運搬に便利で軽量な山岳砲だけでなく、弾倉式の連発銃を採用し、既に全軍に配備がすんでいる。
新しく採用した連発銃は続けて打てるだけでなく、命中精度が格段に上がり、飛距離も伸びた。
だが、五十万の大軍がほどなく傭兵の国へ到着しようかという、その時。
本国情報省より伝達が届いた。
酋長連邦に動きがあり、翼竜の一団が再び宮殿に向かっているという。
宮殿近辺には今、親衛隊しかいない。
そこを狙ってきたのだろう。
多少の軍を割いて、戻さねばなるまい。
傭兵の国はもう目前だが、宮殿に万が一のことがあってはならない。
「兵を割いて、少し戻さねばなるまいな」
すると、情報を伝えにきた兵士がさらに言葉を続けた。
「議員連合国と帝国にも不穏な動きがあるという情報があがっておりますが、こちらは実際に動いているという確認は取れていません」
「そもそも議員合国と帝国にそんな余力はないはず……」
そばにいた兵部卿が眉をしかめた。
「傭兵の国の策かもしれぬ。だが、裏が取れない以上、兵を割くに越したことはあるまい」
情報は錯綜したが、兵力差に頼み、オレは大軍を割くことにした。
兵部卿に十万の兵を預け、尖兵として傭兵の国へそのまま進軍させる。
さらに十万を翼竜対策のために宮殿へ戻し、議員連合国との国境付近に十万を派遣した。
宮殿周辺には、念のため、対戦車ライフルを配備してあるが、これが翼竜に効果があるのかどうかは定かではない。
帝国の国境付近は傭兵の国とも近いため、残りの軍を率いて、オレはひとまずそこに駐留し、情報を集めることにした。
兵部卿率いる一団は、本体と別れ、国境付近に広がる山の間を抜けて、傭兵の国の中心部に向かった。
しかし、傭兵国の軍は地の利を生かし、山間部を進む軍に対して奇襲をかけてきた。
細い道を進む軍は、どうしても兵站がのびてしまう。
そこを、傭兵国の少数の部隊が襲撃し、一撃離脱をしていくのだ。
大きな打撃はないものの、どこから現れるとも分からない傭兵国の軍に気を取られ、兵部卿の一団は進行速度を落とさざるを得なくなった。
精神的な疲労は少なくない。
小規模とはいえ、横腹を少しずつ食いちぎられるように持っていかれる。
しかも反撃する機会を与えず去っていく傭兵国の兵士たちは、見事に統率がとれていた。
思うように反撃もできないまま、兵部卿は苛立ちを深めていった。
だが、どうすることもできない。
中心部に到達し、首都さえ押さえてしまえばこちらの勝ちなのだ。
振り回される必要はない――、それが分かってはいても、分かっているからと言って、兵士たちの心労が減るわけではない。
「山ばかりで、うんざりしますね」
顔をゆがめながら、幕僚の一人が言った。
その日は予定の半分ほどしか、進むことができなかった。
不慣れな土地である上、山が多く、悪路が続いていた。
山岳の国も山が多かったが、これほど奇襲をしかけてくるようなことはなかったので、これほど神経をすり減らすようなことはなかった。
さらに目の前に続く山の手前、少し開けた場所に軍を駐留させ、その日はそこで天幕を張ることにした。
夕暮れが近づいている。
「兵たちの士気もかなり下がっています」
「それも首都に着くまでのこと。首都までの距離はもうそれほどもないはず。殿下率いる援軍も、そのうち合流するだろう」
兵部卿はそう言ったが、いつ、援軍が合流するかはわからない。
手持ちの地図では首都まであとわずかなはずだが、目前には山が連なっているだけで、首都が見えてきそうな気配は全くなかった。
だが、進むしかない。
「兵によく休息をとらせるようにしろ。見張りだけは怠るなよ」
「わかりました」
傭兵国の奇襲はいつも、細くなった山道など進軍している時などに、突発的に行われる。
夜間の休息ぐらいはしっかりとらなければ、兵士たちもやっていられないだろう。
その日も、兵部卿は泥のように眠った。
翌日の明け方、少々肌寒さを感じて不意に目を覚ました。
兵部卿は、比較的どこでも寝られる性質だが、傭兵の国に入ってからは、明け方、この肌寒さでよく目が覚める。
ふと鼻を掠めた臭いに眉をひそめる。
「なんだ……この臭いは」
呟いて一瞬の後、がばっと体を起こした。
慌てて天幕を出る。
まだ夜は明けきっていないが、周囲が見えるくらいには、もう空が白んでいた。
何かが、焼ける臭いだ。
薄く煙が空に立ち昇っているのが見えたが、天幕からは少し離れている。
部下に確認させようとして、周囲に目をやった時。
何かがおかしいと直感的に思った。
煙のあがっている方向から、人の気配が感じられた。
兵たちが異変に気づいて動いているのに違いない。
同じように奇妙な臭いを感じたのだろう。
兵部卿と同じ天幕からも幕僚が一人起きてきた。
「何か臭いますな」
壮年の幕僚が、そう言いながら険しい表情で煙の昇っている方を見た。
(だが……)
兵部卿はもう一度、木々の間に目を凝らしたが、何も見えない。
「後方の騒ぎを確認して……」
兵部卿がそう言いかけた時。
複数の銃声が鳴り響いた。
「くそっ……」
慌ててその場に伏せる。
放たれた幾つもの弾丸が、容赦なく天幕を打ち抜いていく。
天幕から出てきたばかりの無防備な幕僚の一人が撃たれ、どうと倒れた。
「伏せろっ。敵襲だっ」
どこまで聞こえているかどうか分からないが、必死に声を張り上げる。
(一体、どれぐらいの兵力だ。こんな明け方に……)
弾丸が反対方向からも容赦なく降り注ぐ。
腹ばいになりながら、木々の方に目をやると、人影が見えた。
ちらと後方に視線をやると、先ほどの煙が炎にかわっている。
(ちっ。物資が燃やされたかもしれんな)
だが、今はそれどころではない。
間もなく、見張りで起きていた部隊が応戦する声と音が、聞こえてきた。
さらに兵部卿のいる天幕の方へ、部下の兵士たちの一部が駆けつける。
銃声がまばらになった時、わっと大きな喊声があがり、林の方から傭兵国の兵士たちが攻めてきた。
兵部卿も隙を見て、銃を手にとり、応戦する。
見張りの兵士たちが銃で応戦し、それでも進んでくる敵兵を、兵部卿自身が銃で仕留めた。
最初に応戦した兵士も、かなりやられた。
しかし、徐々に他の兵士たちが集まってきて、なんとか持ちこたえる。
形勢が不利と見てとると、敵兵はかき消すがごとく、林の中へと退却していった。
それを見て、どっと肩の力が抜ける。
「なんとか、持ちこたえたのか……」
冷えていた体が、いつの間にか熱くなっている。
周囲を見渡すと、惨憺たるありさまだった。
後方ではまだ炎があがっている。
天幕は銃弾でぼろぼろに穴があき、敵兵の銃弾に倒れた兵士たちが転がっている。
「兵部卿、ご無事ですかっ」
見慣れた幕僚の一人が、天幕の脇をくぐり、やってくるのが見えた。
頬が切れ、血が滴っている。
「良かった。奴ら、ここを兵部卿がおられる天幕と知って、狙ってきたようですね」
「他の幕僚は」
「かなりやられました。重傷者もいるので、今、救護班がまわっています」
「後方のあれは」
「後方からきた兵士が言うには、持ってきた物資がかなり燃やされたそうです」
「地味だが、痛いな……。急いで体勢を立て直させろ。また来るとも限らん」
「はっ」
次はいつ奇襲があるのか……、そう思うだけで、その場の誰もがうんざりした気分だった。
帝国に動きがないのを確かめると、オレはすぐさま傭兵国へと兵を動かした。
既に、奇襲を受けた際に物資などが燃やされ、幕僚や兵士がかなりやられたという報告は受けている。
幾つもの山を抜けて進むと、ようやく兵部卿率いる一団の駐留地に近づいた。
「旗が見えましたが、ただいま交戦中の模様です」
幕僚の一人がそう告げる。
オレの耳にも、銃声が遠く聞こえていた。
「援護に入る。山岳砲には焼夷弾を用意。左右の山に打ち込み、側面を封鎖しろ」
幕僚長の指示がとんだ。
焼夷弾とは、周囲を焼き払う目的で開発された砲弾。
威力は激しく、あっというまに炎が燃え広がった。
その間に兵部卿の一団は、じりじりと本体後方へ移動していく。
「消耗する前に、前線の兵を逐次入れ替えよ」
到着したばかりの大公軍兵士たちが、傭兵国の兵士と対峙する形となった。
傭兵国の兵士たちは決死の覚悟で攻めてくるが、大公軍は次々と兵士が入れ替わる上、林の中に退路はない。
みるみるうちに、形勢は大公軍へと傾いた。
その時、傭兵国の軍の背後で異変が起きる。
大地を揺るがすような、馬蹄の音。
翻る旗印は――、帝国のもの。
傭兵国の軍の両脇を走りぬけ、一気に最前線まで到達した。
「前方、陣を固めよ」
指揮官の激しい怒号が飛ぶ。
(帝国に配備されたという、竜騎兵か)
規模はそれほど大きくはないが、馬上から銃弾が次々と放たれる。
敵の竜騎兵は、一撃放つたびに後方に回り、次の部隊が銃弾を打つ。
その間に弾込めを行い、時間に無駄がない。
大公軍の前線にいる兵士たちは、次々と消耗されていく。
だが、ふと気付くと傭兵国の軍はずいぶん後ろに後退していた。
(このまま退却する気か)
巧みに陣形を変えながら、竜騎兵たちは傭兵国の軍を後方へ下げている。
だが、それが分かっていても、それ以上、進軍させることは難しかった。
何度目かの波状攻撃を最後に、竜騎兵は一斉に退却に入った。
どうやら、帝国の竜騎兵たちは、傭兵国の軍を援護するためだけにやってきたようだ。
多くの負傷者を出した我が軍は、それ以上深追いせず、苦々しい思いでその一団を見送った。
幸い、宮殿めがけて攻めてきた酋長国連邦の翼竜の一団は、太政大臣が指揮をとり、撃退することができた。
その後、議員連合国や帝国の兵に動きはない。
帝国とは同盟を組んだわけではなく、傭兵国に対して一時的に、借りを返すために派兵しただけということも分かってきた。
情報の出元がどこだったのかは特定できなかったが、議員連合国が動いたというのは誤情報だったようだ。
このまま衝突を続けていれば、傭兵国の軍は壊滅するだろう。
それはそれでかまわないが、水面下では辛抱強い交渉が続けられていた。
続く交渉の中、最後に衝突したあの戦闘で、傭兵国の王が負傷したという情報も極秘に入手した。
「国も王も、満身創痍。そろそろ退かねば国が崩壊するな」
「傭兵国は降伏条件に、自治領を認めるよう要求してきました」
治部卿の報告に、オレは勝利を確信した。
「降伏条件をあげてきたか。大進歩だな」
「受け入れますか」
「現国王は引退し、我が配下となるならば、その条件をのんでもよい」
「傭兵国の王を配下に、ですか……。わかりました」
「それ以上の妥協はない」
オレがきっぱりと言いきると、治部卿も頷いた。
「交渉次第でしょう。お任せください」
そう言った治部卿の言葉に相違はなく、ほどなく傭兵の国は我が国の傘下に下った。
自治は認めたが、採掘権だけは全て我が国が管理するという取り決めだ。
だが、鉄の採掘も重要だが、傭兵国の王という人材も、オレにとっては重要なものだった。
傭兵国の王は代々、血族ではなく、実力ある者が先代の養子に入り、国を継ぐという。
一兵卒から、あっという間に将軍までのし上がり、やがて国王となったという話は、傭兵国の中でも、半ば伝説のようにすらなっている話だ。
オレはその傭兵国の王を、左大臣として取り立てるつもりでいた。
経済面を取り仕切る右大臣。
軍事面から国を見る左大臣。
そして、これから続々と資源が採掘され、新兵器の量産も一気に加速する。
これで欲していた条件は、整った。
「大公」も残すところ、あと一話となりました。
作者としては、だれに人気があったのか知りたいなと思いました。
というところで、気に入った上位三人を教えていただけると、嬉しいです(≧∇≦)




