挙国一致
議員連合国が大公の国に戦争を仕掛けたとき、当然のことながら、誰もが勝算あるものと信じていた。
ライフル銃も野砲の配備も十分だった。
弾薬だけは、大公の国が技術を隠し続けたため、大公の国が製造したものを各国が輸入するしか方法はない。
しかし、議員連合国では長年にわたって弾薬の備蓄を増やし続けたため、大公の国と戦争をしたとしても、当分の間は十分な量が確保できていた。
また、ライフル銃自体の普及が爆発的に広がったため、弾薬の流通は周辺諸国でかなり進んでいる。
最悪の場合、一時的に他国から融通してもらえなくもない。
大公の国で新兵器が開発される前ならば、まだ互角に戦える――。
議長を初め、多くの議員たちがそう信じていたのである。
「まんまと一杯食わされた……」
敗戦は議長にとって、屈辱的であった。
双方の軍隊は、陸上の国境付近と港との両方で、衝突した。
相手は帝国にも軍を割かなければならず、多くはこちらにまわせないはず。
苦戦はするかもしれぬが、勝機のない戦いではない――議長をはじめ、多くの議員がそう思っていた。
しかし、蓋を開けてみると、その実力差は歴然。
その時初めて、自分たちが使っていた弾薬と、大公の国で使われている弾薬が別物であることに気づかされたのである。
彼らが握らされていたのは、減装薬という、大公の国で使用される弾より、はるかに飛距離の劣るものだった。
「なんと人の好いことか。我々は性能の劣った弾を高い値段で買い集め、強くなった気でおったのだ……。これから我々は、高い賠償金を支払い続けながら、大公の国の顔色をうかがい、さらに新たな傭兵を雇いなおさなければならぬ」
そう言って、議長は自嘲した。
議員連合国の軍は、首都を守るための近衛軍ぐらいしか存在しない。
対外的な戦争に派遣される部隊は全て、雇われた傭兵によって編成されていた。
しかし、それも今回はかなりの人数を失った。
補充するためにはまた、大量の資金が必要になる。
集まっていた議員たちはうなだれた。
それぞれが、皆、自分たちが大公の国からの賄賂に踊らされていたことを、秘かに恥じていた。
「我が国は今、重大な岐路に立っておる。今のままの体制を続けていれば、国庫は破たんし、抵抗することもままならず、やがて大公の国に吸収される」
議長はおもむろに首を振った。
「わしは引退しようと思う」
「議長……」
「今回の戦いは、わしが号令をかけたもの。その責任をとろうと思う」
議員たちは目をむいた。
貪欲で知られる議長が、このような発言をすることは、誰にとっても予想外だった。
「お待ちください、議長。確かに我が国は敗戦しました。しかし、それは時期を誤ったからです。我々はもっと早くに行動を起こすべきでした」
壮年の議員が声を上げた。
「我々がかりそめの平和に酔っている間に、大公の国は着々と戦争の準備を進めていた……。無論、我々も遊んでいたわけではないが。議長のおっしゃるように、このまま手を打たなければ、再び大公の国に負け、今度こそ領土を乗っ取られてしまう……」
別の議員がひとりごとのように言う。
「この場にいる議員全員、議長を責める気持ちはありません。むしろ、議長の行動がなければ、この国は乗っ取られていたかもしれないのですから」
一瞬、しんと静まった会議場に、誰のものとも分からない、ため息が漏れる。
「議長。国を立て直さなければなりません。今度は、大公の国に依存しない兵器や弾薬を開発し、新たな兵を雇い、国を強くしなければ。国をあげて賠償金を返すのです。それを主導するのは、議長をおいて他にございません」
老齢の議員がそう言うと、議員たちは互いに顔を見合せ、うなずき合った。
議長は黙って目を閉じている。
額と眉間には、深くしわが刻まれていた。
「議長。今こそ、国がひとつになるとき。この国難にあなたが立たずして、他に誰がおりますか」
議員たちは次々に、「議長」と声をあげた。
彼らは敗戦によって、ようやく、目の前にある現実の危機に気づいたのだった。
「五年だ」
議長は目を開けて一言、きっぱりと言った。
どういう意味なのかと、皆が議長の言葉の続きを待つ。
「わしが指揮を執るからには、五年で国を建て直す」
議員たちは顔を見合わせた。
賠償金の額は少なくない。
それを返済しつつ、兵器開発を行い、国を再び立て直す期間としては、五年という歳月はあまりにも短すぎると思われた。
「他国を頼ってはならん。我々議員は私財を投げ打つ覚悟で、国民は死に物狂いで働かなければならん。しかし、それは我が国を守るためである。大事なのは、我々にその覚悟があるかどうかだ」
「我が故郷を守るため――。我々はそのために議員となったのです。この国の危機とあらば、私心を捨て、身を粉にして働きましょう」
壮年の議員がそう応えた。
皆、頷き合う。
大公という敵を前にして、議員連合国は初めて一枚岩の強固な組織へと変貌したのだった。
莫大な賠償金は大きな壁であったが、議長を初めとした議員たちは国民に呼びかけ、奮起させた。
議員たちを含む、富裕層には一定の国債を保有することを義務づけ、多くの資金を集める。
さらに新たな航路の開拓、そして国産の銃と弾薬の開発が、国の政策として積極的に推し進められた。
最初は熱心な議会の様子に国民も戸惑い気味だったが、実際に様々な政策が動き始めると、国民も素直にそれに従った。
敗戦国としての賠償金が大きくのしかかっているのにもかかわらず、国中が、次第に奇妙な高揚感に包まれていく。
「我が国には、逆境を強さに変えていくだけの国民性があったというわけだな」
数年にわたる激務で、議長もすっかり老けてしまった。
頭髪は真っ白になり、しわの数も随分増えた。
議長が最初に打ち出した五年という期限までは、もう時間がない。
五年で全て賠償金を返還することはできなかったが、国力は確実に増強している。
「来年には賠償金もすべて、払い終えることができるでしょう。五年は過ぎてしまいますが、それでも交渉時の想定より、はるかに早い。これもすべて、議長の指導力のおかげです」
「わしもすっかり年をとってしまった。だが、これで終わりではない。賠償金を払い終えれば、大公の国も再び動き出すかもしれん」
賠償金の返還だけではなく、大公の国に対するための軍備も着々と進められている。
弾薬の開発は順調に進んでおり、ほどなく量産態勢に入れるだろう。
新たに交易を始めた遠方の国とは、傭兵を大量に融通してもらうべく、交渉が進んでいる。
多少の傭兵は、周辺諸国からかき集めて雇いあげているが、まだまだ十分な数とはいえない。
「新航路の開拓が、功を奏しましたな」
議長の側近の議員が応えた。
「我が国の経済は、貿易が支えておるからな。兵の方はどうにかなりそうか」
「金額の折りあいさえつけば、実現します」
「それなりの額は出さねばならんだろう。傭兵なくしては、我が国は立たん」
議長の言葉に、側近の男も頷く。
終わりの見えてきた賠償金の返還。
その先には、さらなる国の未来がある。
「必ず……、必ず立ちあがって見せましょう。大公などにこの国を奪われてはなりません」
議長はその目を窓の外に向けた。
夕暮れが迫っているにもかかわらず、通りを行き交う商人たちで、首都はまだ賑やかだ。
ここ数年で、商売人の労働時間も長くなった。
それはまさに、国を挙げて賠償金返済に取り組んだ証ともいえる。
「まだ死ねぬ。この国に、確かな未来への道を示すまではな」
議長はぽつりとつぶやき、自分の筋張った手を見た。
この数年の無理が祟り、議長の体のあちこちが疲労を訴えている。
だが、議長は、それに耳を貸すことをしなかった。
残された時間はそう長くはない。
自分がやれるだけのことを、やっておきたかった。
美しい夕日が沈んでいく。
「議長……」
「まだ死なん。まだ……。まだ、やるべきことが山ほどある」
議長は夕日を見つめながら、祈るようにそう呟いた。




