翼竜の使い手
響く銃声。
(だめだ、挟まれる)
反対側の回廊からも兵士たちがやってくる足音。
目の前に積まれた家具の向こうには、目標の大公がいるというのに。
翼竜全てを呼べば、こんな状況、簡単に打開できるのはわかっているが、この狭さだ。
下手をすると、翼竜が回廊に一列になってしまい、格好の標的になってしまう。
翼竜は自分たちの足であり、兵器であるが、財産でもある。
下手な作戦で、むやみに傷つけてしまうことは、ためらわれた。
迫り来る兵士の足音と銃声。
もう駄目だ。
いつの間にか、目の前に大公がいた。
眼光鋭く、まるで邪神のような様相で彼を睨んでいる。
――撃たれる……っ。
そう思ったとき、青年は、はっと目を覚ました。
背中が熱い。
「夢だったのか……」
青年は無意識に、脇腹に手をやった。
大公の国を襲撃した時にできた傷は思ったより浅く、もうふさがっている。
「ちっ」
青年はひとつ舌打ちして、寝台を下り、台所へ向かった。
水瓶にためてある水を柄杓ですくって一口含み、飲み下す。
清涼感が体中に広がった。
だが、青年の気分までは晴れない。
大公の襲撃は失敗に終わった。
そのせいで、酋長の息子の一人である青年の立場は、一気に悪くなった。
腕には自信があり、その武勇が周囲にも認められていただけに、襲撃の失敗は、彼の評判を落とすものとなってしまった。
次期酋長の座を狙っているのは自分だけではない。
兄弟がたくさんいて、それぞれが皆、自分の力を誇示することに余念がない。
自分の配下だけでなく、他の連邦の者たちも大勢率いて行ったから、今回の失敗談は連邦中の兵士たちに広がっているだろう。
もともとこの話は、外国からもたらされたものだった。
大軍を率いて国に侵攻してくれないかという誘いがあったのを、酋長は断った。
その利益と損失を考えるとあまり、有益ではないという判断からだ。
だが、大公を暗殺するのであれば、話は別。
闇にまぎれて、翼竜で直接宮殿に攻め入れば、損害も少なくて済む。
宮殿内部の見取り図も、話を持ってきた男が提供してくれた。
それで成功すれば、大量の報酬が入るはずだった……。
青年は首を振った。
いつまでもくよくよと考えたって仕方がない。
日は高く昇っていた。
今日はこれから大事な仕事がある。
名誉を回復するために、今度こそ絶対に、その仕事を成功させなくてはならない。
弾薬を詰め込んだ革帯を体に巻きつけ、ライフル銃を装備する。
ライフル銃は未だ高価で、他国では軍が所有しているぐらいで、普通の市民に手が出せるような代物ではない。
だが、この酋長国連邦では、一人ひとりが国民であり、兵士でもある。
狩りに出られる年齢の者には全て、ライフル銃が支給されていた。
「全員揃っているか」
そう言って、青年は集まった仲間たちを見回した。
幼馴染や気心の知れた仲間ばかり。
彼らの翼竜たちは少し離れたところで、喉を鳴らしながら水を飲んでいる。
集まった仲間たちを前に、青年はもう一度作戦を確認した。
「狙うのは、大きな隊商だ。成功すればかなりの儲けにもなる」
成功して儲けが入れば酋長たちも村人たちも喜ぶが、青年たちが本当に欲しいのは名誉だ。
「大きな隊商だが、護衛は付けていないって話だ。これは今、偵察に行っている奴が帰ってきてから確認するが……。本当なら、かなりうまい話だ」
「今時、護衛をつけないでこのあたりを通るなんて、無謀な隊商だな」
「もしかしたら、情報屋が把握してなかっただけで、本当はついているのかもしれない」
集まった若者たちは顔を突き合わせながら、そこは偵察の帰りを待つしかないなと言い合って頷いた。
「偵察の内容によっては中止することも考える。次は絶対に失敗できないからな」
臆病者だと思われるかもしれないが、時には獲物を見極めることも大事だ。
無謀な作戦によって、自分たちの仲間が傷ついてしまっては何にもならない。
偵察に行っていた二人の仲間は、昼を過ぎる頃には戻ってきた。
「間違いない。かなり大きな隊商だ。護衛らしき姿も見当たらなかった」
状況を報告する二人は興奮したように言った。
「作戦に変更はない。みんな、準備はいいな」
青年の問いかけに、仲間たちは「おお」と声をあげた。
翼竜の背に乗せられた鞍にまたがり、転落防止のために、専用の革帯で足腰を鞍に固定した。
これで翼竜に乗ったまま銃が打てる。
青年たちの住む村落は開けた場所にあるが、翼竜に乗って少し飛べば、深い森林が続く。
切り立った崖と谷がいくつも存在し、彼らの村落を守っていた。
飛び慣れた彼らなりの道筋を辿りながら、偵察に行った仲間の情報を頼りに隊商の姿を探す。
そろそろ目標地点に到着する頃だと思い始めたところで、前を飛ぶ仲間が手で合図を送ってきた。
青年も眼下に広がる森林の間に続く街道に目を凝らす。
(あれだな)
見失う心配もないような、長い隊商だった。
これならば、かなりの収益が期待できそうだ。
すかさず仲間に手で合図を送る。
隊商の後ろから回り込み、前方、中央、後方の三つに分かれて襲撃する。
青年を乗せた翼竜もゆっくりと降下を始めた。
(む。気づかれたか)
隊商にいる何人かが、こちらを指さしているのが見えた。
とたんに隊商の動きが慌ただしくなる。
一定の距離まで近づいて、ライフル銃を放ったが、一発目は外れ。
しかも、襲撃された隊商は逃げ出すどころか、その歩みを止め、彼らに向かって弓で応戦してきた。
彼らから放たれた矢が耳元を掠める。
(いい度胸だ)
護衛をつけてないだけあって、それなりの装備を用意していたらしい。
翼竜は何度も旋回し、そのたびにライフル銃を放った。
仲間の一人が矢を背に受けたのが視界に入った。
「ちっ」
思わず舌打ちする。
しぶとい。
商人とは思えない肝の太さ。
翼竜を見ただけで縮みあがる商人がほとんどだというのに。
「一体どうなっている」
だが、その答えは見当たらない。
皆が目の前の相手に手いっぱいだった。
(このままじゃ、駄目だ)
再び脇腹をかすめて飛んで行く矢を辛うじてよけたところで、青年は一度矢の届かない上空に引き上げた。
よく見れば、弓矢を連射するように次々と放つ者までいる。
――ただの商人じゃない。
直感的にそう思った。
ただの商人にしては、戦い慣れすぎている。
これならば、護衛などいらないはずだ。
もしかしたら、商人に扮した兵士か何かだろうか。
青年は、笛を一定の間隔で吹き鳴らした。
作戦変更だ。
翼竜たちが空中で隊列を組み、さらに右、左、中央の三手に分かれて、中央の隊商に狙いを絞る。
青年が一番手を取り、狙いを定めた隊商に襲いかかった。
読みが正しければ、おそらくここが指令を出している。
空中からの射撃は命中率が低いが、これだけ数がいれば当たる。
頑強に弓矢で応戦していた一団も、ついに銃弾に倒れた。
「よしっ」
思わず拳を握り締めた。
読み通り、司令塔を失った隊商は、文字通り、白旗をあげて降参の意を示した。
すかさず、仲間たちは全員銃撃を停止する。
無駄な争いは必要ない。
だが、見れば、こちらもかなりの手勢を失っていた。
主を失った翼竜が上空を舞い、あまりの弓に倒れ、地に落ちた翼竜もいる。
楽な仕事だと思っていたら、とんだ誤算だった。
集落に戻ると、女子供たちが出迎えてくれた。
襲撃の成功を伝えると、わっと歓声があがる。
隊商はやはり、ただの商人ではなかった。
傭兵国で傭兵をやっていた者たちが、退役し、商人になった集まりだったのだ。
(どうりで手慣れているわけだぜ)
退役した者たちとはいえ、護衛につく側だった人間たち。
こちらの手勢もかなりやられた。
翼竜も傷を負っているから、手当してやらなければならない。
だが、傭兵国の傭兵と言えば、剛の者。
その隊商の襲撃に成功し、積み荷だった大量のライフル銃が手に入ったことで、青年の株はかなりあがった。
「やったな」
幼馴染が容赦なく、青年の背中を叩く。
「いてっ。まあ、結果が良ければってとこだな」
これで、長老たちも少しは青年をまた見直すだろう。
今晩こそ良い夢が見られそうだと思いながら、報告のため、青年は酋長の家のある方に歩き始めた。




