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大公  作者: ヨクイ
第6章 閑話
74/80

翼竜の使い手

 響く銃声。

(だめだ、挟まれる)

 反対側の回廊からも兵士たちがやってくる足音。

 目の前に積まれた家具の向こうには、目標の大公がいるというのに。

 翼竜全てを呼べば、こんな状況、簡単に打開できるのはわかっているが、この狭さだ。

 下手をすると、翼竜が回廊に一列になってしまい、格好の標的になってしまう。

 翼竜は自分たちの足であり、兵器であるが、財産でもある。

 下手な作戦で、むやみに傷つけてしまうことは、ためらわれた。

 迫り来る兵士の足音と銃声。

 もう駄目だ。

 いつの間にか、目の前に大公がいた。

 眼光鋭く、まるで邪神のような様相で彼を睨んでいる。

 ――撃たれる……っ。

 そう思ったとき、青年は、はっと目を覚ました。

 背中が熱い。

「夢だったのか……」

 青年は無意識に、脇腹に手をやった。

 大公の国を襲撃した時にできた傷は思ったより浅く、もうふさがっている。

「ちっ」

 青年はひとつ舌打ちして、寝台を下り、台所へ向かった。

 水瓶にためてある水を柄杓ですくって一口含み、飲み下す。

 清涼感が体中に広がった。

 だが、青年の気分までは晴れない。

 大公の襲撃は失敗に終わった。

 そのせいで、酋長の息子の一人である青年の立場は、一気に悪くなった。

 腕には自信があり、その武勇が周囲にも認められていただけに、襲撃の失敗は、彼の評判を落とすものとなってしまった。

 次期酋長の座を狙っているのは自分だけではない。

 兄弟がたくさんいて、それぞれが皆、自分の力を誇示することに余念がない。

 自分の配下だけでなく、他の連邦の者たちも大勢率いて行ったから、今回の失敗談は連邦中の兵士たちに広がっているだろう。

 もともとこの話は、外国からもたらされたものだった。

 大軍を率いて国に侵攻してくれないかという誘いがあったのを、酋長は断った。

 その利益と損失を考えるとあまり、有益ではないという判断からだ。

 だが、大公を暗殺するのであれば、話は別。

 闇にまぎれて、翼竜で直接宮殿に攻め入れば、損害も少なくて済む。

 宮殿内部の見取り図も、話を持ってきた男が提供してくれた。

 それで成功すれば、大量の報酬が入るはずだった……。

 青年は首を振った。

 いつまでもくよくよと考えたって仕方がない。

 日は高く昇っていた。

 今日はこれから大事な仕事がある。

 名誉を回復するために、今度こそ絶対に、その仕事を成功させなくてはならない。


 弾薬を詰め込んだ革帯を体に巻きつけ、ライフル銃を装備する。

 ライフル銃は未だ高価で、他国では軍が所有しているぐらいで、普通の市民に手が出せるような代物ではない。

 だが、この酋長国連邦では、一人ひとりが国民であり、兵士でもある。

 狩りに出られる年齢の者には全て、ライフル銃が支給されていた。

「全員揃っているか」

 そう言って、青年は集まった仲間たちを見回した。

 幼馴染や気心の知れた仲間ばかり。

 彼らの翼竜たちは少し離れたところで、喉を鳴らしながら水を飲んでいる。

 集まった仲間たちを前に、青年はもう一度作戦を確認した。

「狙うのは、大きな隊商だ。成功すればかなりの儲けにもなる」

 成功して儲けが入れば酋長たちも村人たちも喜ぶが、青年たちが本当に欲しいのは名誉だ。

「大きな隊商だが、護衛は付けていないって話だ。これは今、偵察に行っている奴が帰ってきてから確認するが……。本当なら、かなりうまい話だ」

「今時、護衛をつけないでこのあたりを通るなんて、無謀な隊商だな」

「もしかしたら、情報屋が把握してなかっただけで、本当はついているのかもしれない」

 集まった若者たちは顔を突き合わせながら、そこは偵察の帰りを待つしかないなと言い合って頷いた。

「偵察の内容によっては中止することも考える。次は絶対に失敗できないからな」

 臆病者だと思われるかもしれないが、時には獲物を見極めることも大事だ。

 無謀な作戦によって、自分たちの仲間が傷ついてしまっては何にもならない。

 偵察に行っていた二人の仲間は、昼を過ぎる頃には戻ってきた。

「間違いない。かなり大きな隊商だ。護衛らしき姿も見当たらなかった」

 状況を報告する二人は興奮したように言った。

「作戦に変更はない。みんな、準備はいいな」

 青年の問いかけに、仲間たちは「おお」と声をあげた。

 翼竜の背に乗せられた鞍にまたがり、転落防止のために、専用の革帯で足腰を鞍に固定した。

 これで翼竜に乗ったまま銃が打てる。

 青年たちの住む村落は開けた場所にあるが、翼竜に乗って少し飛べば、深い森林が続く。

 切り立った崖と谷がいくつも存在し、彼らの村落を守っていた。

 飛び慣れた彼らなりの道筋を辿りながら、偵察に行った仲間の情報を頼りに隊商の姿を探す。

 そろそろ目標地点に到着する頃だと思い始めたところで、前を飛ぶ仲間が手で合図を送ってきた。

 青年も眼下に広がる森林の間に続く街道に目を凝らす。

(あれだな)

 見失う心配もないような、長い隊商だった。

 これならば、かなりの収益が期待できそうだ。

 すかさず仲間に手で合図を送る。

 隊商の後ろから回り込み、前方、中央、後方の三つに分かれて襲撃する。

 青年を乗せた翼竜もゆっくりと降下を始めた。

(む。気づかれたか)

 隊商にいる何人かが、こちらを指さしているのが見えた。

 とたんに隊商の動きが慌ただしくなる。

 一定の距離まで近づいて、ライフル銃を放ったが、一発目は外れ。

 しかも、襲撃された隊商は逃げ出すどころか、その歩みを止め、彼らに向かって弓で応戦してきた。

 彼らから放たれた矢が耳元を掠める。

(いい度胸だ)

 護衛をつけてないだけあって、それなりの装備を用意していたらしい。

 翼竜は何度も旋回し、そのたびにライフル銃を放った。

 仲間の一人が矢を背に受けたのが視界に入った。

「ちっ」

 思わず舌打ちする。

 しぶとい。

 商人とは思えない肝の太さ。

 翼竜を見ただけで縮みあがる商人がほとんどだというのに。

「一体どうなっている」

 だが、その答えは見当たらない。

 皆が目の前の相手に手いっぱいだった。

(このままじゃ、駄目だ)

 再び脇腹をかすめて飛んで行く矢を辛うじてよけたところで、青年は一度矢の届かない上空に引き上げた。

 よく見れば、弓矢を連射するように次々と放つ者までいる。

 ――ただの商人じゃない。

 直感的にそう思った。

 ただの商人にしては、戦い慣れすぎている。

 これならば、護衛などいらないはずだ。

 もしかしたら、商人に扮した兵士か何かだろうか。

 青年は、笛を一定の間隔で吹き鳴らした。

 作戦変更だ。

 翼竜たちが空中で隊列を組み、さらに右、左、中央の三手に分かれて、中央の隊商に狙いを絞る。

 青年が一番手を取り、狙いを定めた隊商に襲いかかった。

 読みが正しければ、おそらくここが指令を出している。

 空中からの射撃は命中率が低いが、これだけ数がいれば当たる。

 頑強に弓矢で応戦していた一団も、ついに銃弾に倒れた。

「よしっ」

 思わず拳を握り締めた。

 読み通り、司令塔を失った隊商は、文字通り、白旗をあげて降参の意を示した。

 すかさず、仲間たちは全員銃撃を停止する。

 無駄な争いは必要ない。

 だが、見れば、こちらもかなりの手勢を失っていた。

 主を失った翼竜が上空を舞い、あまりの弓に倒れ、地に落ちた翼竜もいる。

 楽な仕事だと思っていたら、とんだ誤算だった。


 集落に戻ると、女子供たちが出迎えてくれた。

 襲撃の成功を伝えると、わっと歓声があがる。

 隊商はやはり、ただの商人ではなかった。

 傭兵国で傭兵をやっていた者たちが、退役し、商人になった集まりだったのだ。

(どうりで手慣れているわけだぜ)

 退役した者たちとはいえ、護衛につく側だった人間たち。

 こちらの手勢もかなりやられた。

 翼竜も傷を負っているから、手当してやらなければならない。

 だが、傭兵国の傭兵と言えば、剛の者。

 その隊商の襲撃に成功し、積み荷だった大量のライフル銃が手に入ったことで、青年の株はかなりあがった。

「やったな」

 幼馴染が容赦なく、青年の背中を叩く。

「いてっ。まあ、結果が良ければってとこだな」

 これで、長老たちも少しは青年をまた見直すだろう。

 今晩こそ良い夢が見られそうだと思いながら、報告のため、青年は酋長の家のある方に歩き始めた。


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