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大公  作者: ヨクイ
第5章 洗礼
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翼竜飛来

 帝国との雌雄が決すると、オレは部下に事後処理を任せ、少数の親衛隊を引き連れて国へと戻った。

 馬車が宮殿の前に近づくと、残してきた親衛隊が、出迎えの為にずらりと整列しているのが見えた。

 敬礼する親衛隊の間を、馬車はゆっくりと進む。

 宮殿前に着くと、太政大臣や宣伝卿等をはじめとした閣僚が、オレを出迎えた。

 その中に治部卿と情報卿の姿はない。

 情報卿は戦争前から業務に追われ、治部卿は既に交渉をするために出国したのに違いない。

「国内に異状はないか。周辺諸国の動きは」

「異常ありません。周辺諸国は巻き込まれることを恐れているようですね」

 太政大臣と実用的な会話を交わしながら、足早に宮殿の廊下を進む。

「議員連合国との戦闘はどうなっておる」

「まだ決着はついておりませんが、終始我が軍が有利に攻めており、勝鬨をあげるのも、もう間もなくかと」

「治部卿は出立したのだな」

「はい。帝国軍打破の知らせを受けて、すぐに出立いたしました」

 万事順調に進んでいるようだ。

 そこで太政大臣がふと立ち止まった。

「なんだ」

「少しお休みになられては。議員連合国との決着がつけば、また慌ただしくなりますから」

 そう言われ、ふと自分の身体が重いことに気が付く。

 帝国との戦闘による高揚感で、どうやら疲れを忘れていたらしい。

「そうだな。執務室で少し仮眠をとる。異変があればすぐに知らせてくれ」

「わかりました」

 執務室の隣には、それほど広くはない休憩用の部屋がある。

 雑務に追われ、多忙な時にはそこで連日寝泊まりすることも珍しくなかった。

 おかしなものだ。

 疲れを自覚した途端に、急に足が重たくなったような感じがする。

 張り付きの親衛隊に見送られ、オレは休憩用の部屋に入った。

 そして、いつ眠ったのかも覚えていないほどすぐに、オレは泥のような眠りに引きずり込まれたのだった。


 平穏な眠りはそう長くは続かなかった。

 扉を叩く耳障りな音と、奇妙に苛立ったような誰かの声によって、オレは無理やり意識を引き戻された。

 そして、それが親衛隊隊長の声であることを認識すると、一気に覚醒する。

「どうした」

 扉越しに応えると、ようやく扉を叩く音が止んだ。

「殿下、お休みのところ申し訳ございません。無数の黒い影が、こちらに向かって飛来しております」

「なに」

 オレは立ちあがり、休憩室を出ると、親衛隊隊長がそこに控えていた。

 大股で執務室を横切り、窓へと向かう。

 しかし、外は暗闇で何も見えない。

「ここから肉眼での確認は難しいかと」

 親衛隊隊長がそう言った背後で、半開きになった執務室の扉から兵士がすべりこんできた。

「大変です。翼を広げた大きな生き物が多数、宮殿に向かって飛んできます」

 今度は親衛隊隊長が驚く番だった。

「なんだとっ」

 オレも最初は戦闘機が飛んでくるのかと思ったのだが、そんなはずはない。

 ここはオレのいた母国ではないのだから。

 空を飛ぶ生き物――、そう言われて思い浮かぶのは、翼竜。

 南の酋長連邦では、翼竜が飼いならされ、彼らはそれに乗り他国に略奪に行くと、以前話には聞いた。

「翼竜か」

 オレの呟きに、親衛隊隊長もはっとした。

 情報卿か、この世界の人間であれば、すぐに思いついたのかもしれないが。

「まさか、酋長連邦は我々に敵対するつもりでは」

「わからぬ。だが、この時刻にこちらに向かって飛んできているということは、好意的な目的ではないだろうな。竜に弾丸が通用するのかどうかわからんが、配備している野砲とライフル銃で応戦しろ」

「はっ」

 親衛隊隊長は頷くと、素早く身を翻し、部下に指示を出し始めた。

「非常事態配備だ。残っている兵士全て叩き起こせ。宮殿を死守する」

 部屋にいた部下にそう怒鳴りつけると、こちらに向き直った。

「殿下もご準備を。宮殿に乗りつけられては、ここまでたどり着かぬとも限りません」

「敵もなかなか休ませてくれぬものだな」

「殿下の護衛を増員する。残りは翼竜飛来に備えろ。野砲で撃ち落とせ」

 親衛隊の兵士たちが配備に慌ただしく移動する。

 親衛隊隊長は数名の護衛とともに、執務室の窓に施錠し、分厚い扉の鍵を閉める。

 オレは隠し扉からライフル銃と、母国製の古びた拳銃を取り出し、弾を確認した。

「まさか、直接宮殿に乗り込んでくるとはな」

 オレの言葉に、親衛隊隊長も顔をゆがめた。

「翼竜など……非現実極まりない。自分の目で確認していなければ、俄かに信じられないところです」

「確かにな。――ついに酋長連邦が動いたか。議員連合国に乗せられたか、金の匂いでも嗅ぎ取ったか」

 扉を家具で塞ぎ、その両脇に兵士が張り付いてライフル銃を構える。

 ほどなくして、兵士の怒号と物が壊れる甲高い音、そして、鳥とも獣ともつかぬ咆哮が聞こえてきた。

 翼竜の話は聞いていたが、実際にオレも見たことはない。

 酋長連邦と我が国は海峡と険しい山脈とで隔てられている。

 それこそ竜に乗って空でも飛ばない限り、そうそう接触することもない場所だ。

 酋長連邦と呼ばれるのは、それぞれが別の部族であり、他国へ略奪に行くときなど限られたときにのみ、協力し団結する部族集団だからである。

 彼らは勇猛果敢な民族と聞く。

 オレは異能の力で"小さな窓"を開いた。

 その規模と位置だけでも分かればいいのだが。

 "窓"を慎重に移動させ、宮殿内の様子を探る。

 長く続く廊下をさらに、兵士たちの声やライフル銃の音のする方へと進んでいく。

 所々で兵士たちが家具を引っ張り出して積み上げた防壁が築かれていた。

 それらの頭上を通りこし、"小さな窓"は進む。

 この先は――、宮殿の広間だ。

 ぱっと視界が開けた。

 翼竜が四、五十匹はいるだろうか。

 明らかに異国の衣装を身にまとった敵兵たちが五十人程度。

 だが、そう長く状況を見続けていられなかった。

 一匹の翼竜が、明らかにこの"窓"目がけて飛んできたからだ。

 オレは、咄嗟に"窓"を閉じた。

 通常ならば気づかれるような場所でも大きさでもなかったのだが、獣の感というやつだろうか。

 迂闊に"窓"も開けぬとは。

 しかし、大体の位置と敵の数は分かった。

 翼竜は多少の大小があったが、どう見ても彼らが進むには廊下はせまい。

 この部屋まで素早くたどり着くためには、翼竜を置いてくるしかあるまい。

 "窓"を閉じてから、じりじりと時間がすぎた。

 彼らが宮殿内部の見取り図でも手に入れているのなら、ここへ辿り着くのにさほど時間はかかるまい。

 そして、それを手に入れているということは、どこかの国とつながっているという証明でもある。

 不意に銃声が扉近くで聞こえた。

 そして、静寂。

 部屋の中にいる兵士たち全員に緊張が走る。

「……来たか」

 扉は議員連合国から輸入した黒檀を国内で特別に加工して作ったものだ。

 そう簡単には破れない。

 しばらくして、室内にいた扉付近の兵士たちが「離れろ」と手で合図する。

 不意に、くぐもった爆発音が聞こえ、扉が振動した。

 がちゃがちゃと蝶番を外す音。

 鍵を壊したようだ。

 机の影にしゃがみこみ、オレは少し離れた位置にいる親衛隊隊長と目配せをした。

 扉が開け放たれるのと同時に、中の兵士たちが扉付近に向かって銃を乱射する。

 しばらく銃の応戦が続いた。

 長年売りさばき続けたライフル銃は、どうやら僻地にある酋長連邦にまで普及したと見える。

 状況は打開されないまま、開け放たれた扉の前に積まれた家具を境に、銃撃戦が繰り広げられた。

 だが、時間がたてばこちらが有利。

 さらに別の場所から親衛隊の兵士たちが駆け付ける声がする。

 追い詰めたと思ったその瞬間、あの翼竜の方向が聞こえた。

 まさかと思ったが、激しい足音を立て、一匹の小ぶりな翼竜が扉前に姿を現した。

 既に満身創痍のように見えたが、それでも狂ったように尾を振りまわしている。

 一人の若者が、その翼竜に飛び乗るのが見えた。

 脇腹から血が垂れている。

「大公っ」

 彼は大きな声で呼ばわった。

 そのまま翼竜は部屋をつっきり、大きな咆哮をあげ、窓に激突した。

 部屋が振動し、窓が砕けた。

 窓際の机にしゃがみこんでいたオレと、若者の目が合った。

「お前が……っ」

 まだ若い。

 オレはとっさにそう思った。

 そして、考える間もなく、若者に向かって銃を放つ。

 しかし、それは翼竜の翼に阻まれた。

「くそっ。行け」

 若者は脇腹を押えたまま、翼竜を促した。

 翼竜は甲高い声で一声鳴いたと思うと、若者を乗せたまま、割れた大きな窓からその身を投げた。

 高い笛の音が鳴り響く。

 それは彼らの撤退の合図であるようだった。

 若者と翼竜が飛び降りた窓に寄り、外を見ると、待機していたのであろう、翼竜や兵士たちが引き上げていくのが見えた。

 それに向かって野砲が放たれる音がどおんどおんと響く。

 しかし、それが命中するより早く、翼竜の一団は高度をあげ、朝焼け前の仄暗い空を飛び去って行ってしまった。


 宮殿内部はかなりの損傷を受け、修繕には時間がかかったが、帝国と議員連合国の敗北により、我が国は多額の賠償金を手に入れた。

 さらに、帝国からは永久凍土の大地の一部を割譲されることとなった。

 帝国にとっては何も生まぬ凍った土地にすぎないが、そこには膨大な量の地下資源が眠っている。

 以前”燃える水”として露天で売られていた原油の出元を探っていくと、ここから産出されていたことが判明したのだ。

 議員連合国からは、右大臣の身柄を完全にもらいうけることになり、さらに家族一族諸共、我が国の国民として迎え入れられる。

 右大臣が望もうと望むまいと、もはや彼は完全に我が国の国民となったのだ。

 酋長連邦はというと、だんまりを決め込んだので、我が国も深く追求することはしなかった。

 翼竜による宮殿襲撃事件は、そのまま闇に葬られることとなる。

 いずれ彼らとも再び相まみえる、そんな日が来るかもしれぬ。

 オレは強く光る、あの若者のつりあがった目を思い出していた。


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