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大公  作者: ヨクイ
第5章 洗礼
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暗黒の軍団

 議員連合国と女帝の帝国より宣戦布告を受けた我が軍は、国を防衛する最低限の兵力を残し、大きく二つにわけることとした。

 北の防衛線に進む一団を兵部卿に任せ、オレは、女帝の帝国軍のいる東へと兵を向かわせた。

 謀略の成果もあり、帝国国内は各地で内乱が起こっているはずなのだが、それでも兵を動かしてくるのだから、よほど兵に自信があるのに違いない。

 負けるとは思っていないのだ。

 東へ進む我が軍に、やがて傭兵国の兵団も合流する。

 今回は大金を積み、傭兵国の傭兵を全て雇いあげたが、それでも我が軍と比べるとその規模は小さい。

 だが、傭兵の兵団は小規模ながらも、何かにつけ終始手慣れた様子であり、独特の雰囲気を漂わせていた。

 そんな傭兵の兵団を、我が軍の兵士たちは遠巻きに眺めているといった、奇妙な様子だった。

 このところ晴天が続き、道のりは悪くない。

 空気は乾いていたが、今の時期、雨量が少ないのは、そのあたり一帯の特徴であった。

 雲ひとつなく、どこまでも続く青空の下、我が軍と傭兵の兵団は共に進んでゆく。

 やがて、ひとつの平原を前にし、我が軍はその歩みをとめた。

 斥候の報告通り、帝国兵はこの平原の手前で陣を張っていた。

 そこは、かつて我々が敗北を喫した大平原。

 因縁の場所ともいえる。

 乾いた風が、時折小さな土埃を巻き上げては、平原を横切ってゆく。

「動きそうにありませぬな」

 双眼鏡で敵兵の様子を確認していた老齢の幕僚長が言った。

「兵たちを休ませるのだろう。油断はならぬが、今のうちに必要な布陣を済ませるべきだな」

 オレは、幕僚長の隣で腕組みをして、敵陣に目をやった。

「左様ですな。しかし……、こちらの戦はやはり、呑気な感じがしてなりません」

 かつての母国からの付き合いのある幕僚長は、苦笑いしながら双眼鏡をおろし、こちらを見た。

「わかりやすくてよかろう。古き良き……なんとやらだ。だが、我々の兵器開発が進めば、それも変わる」

「戦の在り方が変わる様子を、この目で見られるというわけですな」

 日が暮れはじめた。

 慌ただしく張られる天幕の傍らを、今回持参した新しい兵器が偽装され、運ばれていく。

「暗闇を待て。敵兵に晒すなよ」

 幕僚長の声かけに、運んでいた兵たちが頷いた。

「石油関連の兵器開発が間に合わなかったことが、つくづく悔やまれますな。あれがあれば、これがあればと……。実物を知っているだけに、歯がゆい思いがしてなりません」

 それを見送りながら、幕僚長は声をひそめて言った。

「仕方あるまい。それも時の運だ。兵器開発を嗅ぎつけた議長の動きが早すぎた。手持ちのもので帝国兵を攻略するしかあるまい」

 帝国兵の陣営に目をやったまま、オレはそう応えた。

 幕僚長も同じように、敵陣のいる方角に目をやる。

「うまくいきますかな」

 幕僚長が呟くように言う。

「うまくいってもらわねば、困るな」

 そうでなければ、この戦いには意味がない。


 夜明けを待たずに、我が軍は布陣を始めた。

 それに追随するように、朝日が差し込む頃、帝国兵たちも動き始める。

 内乱に兵を割かれ、帝国兵は前回の戦いよりも若干少ない。

 帝国兵およそ七万。

 我が軍は二十万の兵と、傭兵の兵団が三万。

 兵数だけで言えば圧倒的に我が軍が有利だが、あの強固な鎧を攻略しない限り、いくら数を集めても勝つことはできない。

 我が軍は、最前列に傭兵国から来た重装備の騎士団が陣を張る。

 その背後には、我が軍の強力な弓を装備した弓兵が距離をおいて控えている。

 さらに後方には、造兵局が開発した組立式の巨大な投石機をずらりと横に配した。

「全軍、配備完了しました」

 部下の報告にオレはひとつ頷いてみせた。

 天幕から出て、その様子を眺める。

 我が軍は一見すると古臭い編成だ。

 この時代の城攻めをする遠征軍の一般的な編成とさほど大差がない。

 帝国軍もこの様子を見て、我々を嘲笑っていることだろう。

 我が軍には、ぴりぴりとした緊張感が漂っている。

 無理もない。

 数年前とはいえ、相手は大敗した――しかも、ライフル銃さえ効かない強硬な鎧を纏った騎士団。

 幕僚長がゆっくりとこちらに歩み寄り、背後に立った。

「雪辱を晴らすべき時がきましたな」

 朝日のまぶしさに目を細めながら、オレは静かに応える。

「これは特別な戦いではない。帝国兵を打破し、我々は前に進まねばならぬ」

 オレの言葉に、老いた幕僚長は頷いた。

 居並ぶ帝国の騎士と馬たちは朝日を浴び、その鎧は白銀に輝いている。

「まるで天からの使者のようですな」

 幕僚長がぽつりと呟く。

 なるほど、馬にまたがり、燦然と光り輝く帝国兵たちは、そう見えなくもない。

「おもしろい。ならば我々は、天に唾吐く暗黒の軍団といったところだな」

「うまいことおっしゃいますな」

 それはお前の方だと言おうとして、やめにした。

 そろそろ帝国兵が動き出しそうだ。

 だが、今回の作戦はまさに、暗黒の軍団にふさわしい。


 日が高く昇るより前に、帝国の軍の進撃ラッパが乾いた音を鳴らし始めた。

 それに呼応するように、傭兵国の兵団からも合図のラッパが吹き鳴らされる。

 それが会戦の合図だった。

 激しい土煙を上げながら、帝国の軍がこちらに向かって一気に押してくる。

「勝てると踏んで、また力技でくるか」

 オレはその様子をじっと見つめていた。

 密集隊形をとり、まるで鋭い銀の矢じりのように、帝国の騎士団が突き進んでくる。

 我々の陣営からも、雄叫びをあげて傭兵国の重厚な騎士団が進み出た。

 両者はほどなくして、やや中央より手前の位置で激突する。

 激しく甲冑のぶつかり合う音。

 そして、互いの兵士の激しい雄叫びと馬の嘶きとが、乾いた空気を振動させる。

 帝国軍の防御は鉄壁だが、攻撃力はそれほどではない。

 一方、傭兵国の騎士団は武勇で鳴らした猛者ぞろいだ。

 しかし、いくら強攻な騎士団でも、攻撃が通用しない相手に対しては、力で押し返すことしかできない。

 鎧のない馬の脚を狙って、相手を落馬させることは可能だが、それでは数は倒せない。

 さらに、左右から帝国軍が突き抜けてこないよう、左右から我が軍が帝国軍を囲むように進撃する。

 帝国軍はそれに気取られることなく、さらにぐいぐいと前進し、傭兵国の騎士団は防戦にまわるしかなかった。

 それは遠方から見ていてもはっきりとわかる。

 帝国側は、いずれは我が軍が疲弊し、突破できると踏んでいるのだ。

「実にいい奮闘ぶりだ」

 オレは傭兵たちのその金額に違わぬ働きぶりを目にしながら、機会を見計らった。

 そして、膠着状態になった時期を見計らい、次の合図を出す。

 伝令が走り、投石機の周囲の兵士たちが慌ただしく動き始めた。

 投石機の周囲に山のように用意されているのは、コルクでしっかりと蓋がされた大きな壷。

 その中には、国内で最も燃えやすいといわれる油がたっぷり入っていた。

 合図とともに、居並ぶ投石機が敵陣後方に向かって、その壷を次々に放り始める。

 びゅうびゅうと大きな音を立てながら、大きな壷が空を舞う。

 いくつも飛んでいく壷の姿は異様であった。

 そして、その壷は敵陣後方まで飛んでいき、砕け散る。

 中からはどろどろとした液体が飛び散り、兵士たちにまとわりつき、地面のあちこちに水たまりのようなものを形成する。

 壷の直撃を受けた後方の兵たちは怯んでいるようだが、前線はそのようなことに頓着する気配はない。

 壷の飛来を目撃した我が軍の兵士たちは、勢いづいて再びぐいぐいと押しはじめ、帝国兵たちはやや後退した。

 そして。

 次のラッパの合図で騎士団たちは配備していた大きな盾を前面にぐっと構える。

 それと時を同じくして、弓兵から敵陣後方へ火矢が放たれる。

 ――変化は劇的に訪れた。

 壷から流れ出た油と触れた瞬間、一気に大きな火柱があがったのだ。

 明るい日差しの中で、火は赤々と燃えたぎった。

 それはまるで地獄の業火のようだった。

 敵陣後方は大混乱に陥る。

 それを察知した前線の帝国兵たちにも戸惑いが走るが、それでもひるむ様子はない。

 しかし、燃え広がった炎による混乱で、後方にいた帝国兵たちがばらばらと陣を乱し始めた。

 油を浴びた帝国兵たちの鎧の隙間からは、容赦なく炎が中へ入りこんでゆく。

 鎧の隙間から炎と煙を上げながら、帝国兵たちは激しく隊列を乱し、まるで踏みつけられた蟻のようにのたうちまわった。

 阿鼻叫喚の声が、呪いの渦のように周囲を取り囲む。

 ようやく前線にいる帝国兵たちにも、その異様な状況が伝わったようだった。

 立ち往生する帝国兵たちに追い打ちをかけるようにさらに壷が投げ込まれ、火矢が撃ち込まれた。

 油と、人の焼ける臭いが戦場に広がってゆく。

 混乱は収まらず、ついに、帝国後方の兵たちは潰走を始めた。

「逃がすな。左右、撃てえっ」

 指揮官の声を合図に、左右の草地に潜んでいた兵士たちが動く。

 三人一組になり、隊列を立て直そうと必死に動く指揮官を狙い、大きなライフル銃を構えた。

 対戦車ライフル。

 本来ならば大量に配備したいところだが、まだ開発途上で、今回は五十丁程しか用意できなかった。

 それでも少数の指揮官を狙うぐらいなら役に立つ。

 対戦車ライフルに装填される弾は、通常と異なる。

 弾丸の速度が極端に早く、その速さによって戦車や装甲車の装甲をも撃ち破ることができるのだ。

 敵の指揮官を狙って放たれた徹甲弾は、その鎧を砕き、上半身もろとも吹き飛ばした。

 無敵と謳われた鎧が砕かれ、帝国兵たちに一気に動揺が広がる。

 さらに、指揮官を次々と失う帝国兵たちは、もはや軍隊としての機能を失っていた。

 それでも、左右から放たれる徹甲弾は容赦なく次々と残りの指揮官を狙い撃ち落としてゆく。

「……決したな」

 隊列もなく、秩序もなく、帝国兵は敗走してゆく。

 まだ炎は燃え続けていたが、燃え尽きた地面には、人の形をした甲冑がその隙間から黒い煙が立ちのぼらせ、いくつも折り重なってきらきらと輝いていた。

 オレは踵を返し、その凄惨な戦場に背を向ける。

「掃討戦に移れ。奴らはすでに虫の息だ」

 これはひとつの過程にすぎない。

 今回は目の前の帝国兵を打ち破ったのにすぎないのだから。

 いずれは、帝国とも直接雌雄を決する時が来るだろう。

 だが、今はまだその時ではない。

 乾いた風が吹き、微かな死臭がオレの鼻腔をくすぐった。




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