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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
7/80

取引

修正第2版です。



 無機質な壁の一部分に映る、色鮮やかな外の景色。

 城壁に囲まれた町。

 砦は半ば瓦礫となり、城門があったところからは、まだ細く煙が立ち上っているのが見える。

 そこは、この国最果ての地。

 補佐官の危な気のない采配に満足し、オレは映像を閉じた。

(予想以上に簡単に落ちたな……)

 もう少々手間取るかと思ったが、相手の兵力が少なかったとはいえ、全く相手にならなかった。

 先程まで異空間を開いていた壁は、今は無機質な壁へとまた戻っている。

 そこにはよく見なければ分らないような、小さな傷が刻みこんであった。

 一見すると何の形かは分らないだろう。

 それはこの国の地図だった。

 東西南北にのびる大地。

 中心から、すっと指でなぞって、北の端までたどった。

 そして、そのちょうど線が途切れるあたりに、十字形の印を刻んだ。

(ここが、始まりだ)

 進むべき場所は、まだたくさんある。

 オレは思わず目を細めた。

 今後さらにどこを攻めていくか、綿密な計画が既にオレの頭の中には描かれている。

 部隊は忠実に動いてくれるだろう。

 あとは、人材だ。

 これからは軍隊だけを動かしていくのではなく、領地として機能していく体制を整えたい。

 その為の人材の目星は既に、つけている。


 さて。

 ここからが、オレの異能の力の見せ所だ。

 オレは自分の独房の壁に、小さな異空間の"窓"を作る。

 その異空間が映し出すのは、いつも声だけで話し合ってきた情報通の男の独房だ。

 男は背中を向けて、だらしなく寝転がっていた。

「邪魔するぞ」

 オレが一声かけると、男は「ふぎゃ」とも「ぶひゃ」ともつかぬ奇妙な音を上げて、飛び起きた。

「だ、お前……どうやって……」

「オレだ。わかるか」

 男はしばらく黙っていたが、やがて神妙な顔で頷いた。

「軍服男だな。オレの向かいの独房にいる」

「そうだ」

「なるほど、これがお前の異能の力ってわけか……。驚かせやがって」

 オレは口の端を持ち上げて、軽い笑みを浮かべた。

 男は思っていたより若い。

 髭と髪は伸び放題だが、その間から覗く顔はいかにも狡猾そうに見えた。

「面白い能力だな。なかなか役に立ちそうだ」

「十分役に立っている。そろそろ、この独房での生活も退屈してきたんじゃないのか」

 そう言うと、男は肩をすくめた。

「そろそろどころの話じゃねえさ。年中退屈してる。何かいい話でもあるってえのかい」

 オレは男をじっと見た。

 狡猾そうだが、この独房という狭い空間にいながら、この男はかなりの情報通だ。

 それはつまり、それだけの能力があるということ。

 うまく使えば、いい人材になる。

「取引をしないか」

 オレの誘いに男は一瞬その表情に警戒感を走らせ、次に計算高い顔になる。

「取引、か。そうだな……。面白そうな話なら乗ってもいいが……。まあまず、話を聞こう」

 男はそういうと、改めてこちらに向かって座りなおした。

「あるところにオレの軍隊がある。その軍隊がとある町を占拠し、統治するとしよう」

 オレが話し始めると、男は驚いて、口をはさんだ。

「ちょ、ちょっと待て。それは本当の話か」

「人の話は最後まで聞いてもらおう。そう言ったではないか」

「そうだが……。わかった。最後まで黙って聞こう」

 今度こそ覚悟を決めたように、男は拳を握り、ぐっとオレを睨んだ。

 それを見て、オレも気軽な調子で話を進める。

「オレは軍隊を所有しているが、統治するにあたって、部下が不足している」

「政治的な面においてだな」

 男はしたり顔でうんうんと頷く。

「そうだ。例えば財務。例えば法務。例えば宗教……。そういう部署を作りたい」

「なるほど。この国にはあまりない分類だが、それをその統治する領地でやるわけだ」

 今度は男の言葉にオレがひとつ頷いた。

 なかなか話が早い。

「この牢獄には、異能の力を持つ者ばかりが集められているのだろう」

「そうだ」

「オレ自身は他の者がどういう能力を持ち、どういう人間なのかは把握していないが、中には優秀な者もいるのだろうな」

「そうだな。官僚崩れの人間や、そういうのも何人かいるな」

 やはり、だ。

 この牢獄の人間を使わない手はない。

 すべての人間が使えるとは思わないが、やはり何らかの異能の力を持った者たちだ。

 それにもともと、この牢獄の人間たちは、この国の者ではない上に、国王には一方ならぬ怨みがある。

 そこが良いのだ。

「オレが未来の役職を約束するとして、オレの元で働く気はないか」

「なるほど……。それが本当なら、おもしれえ話だ」

 男はしばらく考え込んでいたが、やがて顔をあげた。

「この窓みてえなやつは、ひとつしか作れねえのか」

「いや、小さいものなら、複数作ることも可能だが」

 そう聞くと、男はひとりでうんうんと頷き、こちらを見た。

「独房の中の人間なら何人か心当たりがある。まあ噂やなんかもあるが、あたりをつけた人間とまず交渉をしてみるってえのは、どうだい。いちいち全部の独房にこういうことをするのは、効率が悪い」

 もとよりそのつもりだ。

 口に出して言ったつもりはなかったが、男もそのことに思いあたったらしい。

「なるほど。わしが最初に選ばれたのは、こういう役割で必要とされたからってわけだな」

 オレの沈黙を肯定ととったらしい。

 男はふん、と鼻をすすった。

 小汚い男だが、彼自身が言うには、彼はもともと宗教者だったらしい。

 一見、ただの怪しげな中年男だが、この特異な環境における彼の人脈と情報網はなかなかのものだ。

「まあ、わしの本領はこんなもんじゃないんだが……」

「ゆくゆくは、正しい能力が発揮できる地位を用意しよう。それまでは、かなり地道に動いてもらわなければならないが」

 男は迷うことなく頷いた。

「よかろう。どうせ、この独房ですることなどない。お前さんのその能力を使えば、今まで話でしか聞いたことのなかった人間も、知ることができるしな」

 そう。

 そして、いつかはこの独房から抜け出してやるのだ。

「オレには人材を。そして、オレについてきてくれる者には未来を――。そう悪い取引ではあるまい」

「なるほど。それを謳い文句にさせてもらおう」

 そう言って男は、汚く笑った。

 交渉成立だった。


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