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大公  作者: ヨクイ
第5章 洗礼
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祥瑞

 兵部省の下に置かれている造兵局は、軍需産業全般を管轄する部署である。

 兵器開発に熱心な大公の意向を受け、造兵局の予算や権限は、他部署よりかなり優遇されていた。

 その造兵局を仕切っているのが、造兵局局長。

 外見こそ平凡だが、投獄されていた時代にその異能の力を買われ、長らく大公の元でその手腕をふるってきた人物である。

 内なる野心と権力志向は、その容貌に見合わないだけのものがあった。

「手詰まりだな……」

 局長は今朝届けられたばかりの報告書に次々と目を通しながら、眉をひそめた。

 造兵局主導のもと、多くの錬金術師たちが指示された開発に取り組んでいる。

 ライフル銃や野砲を初めとする、母国のそれを模倣した武器が、次々とここで開発されたてきた。

 だが、最近の兵器開発は手詰まりになりつつある。

 彼が持つ異能の力は、自分が見たもの、触れたものを設計図に起こすことができるというもの。

 母国での経験もあり、高度な兵器の設計図さえも、作ることはできる。

 とはいえ、兵器は当然のことながら、完成しなければ意味がない。

 例え高性能の兵器の知識があり、設計図が作れたとしても、母国にあったような兵器を作る為には、多様な技術と加工に必要な道具、そして何より、元になる資源が必要不可欠であった。

 ライフル銃の技術が議員連合国に渡った今、新しい兵器の開発は急務なのは、彼自身重々承知しているのだが――。

「産業部門には問題ありませんが、開発部門は苦しい状況ですね」

 局長の声を耳にした部下が声をかけた。

 彼はこの世界の生まれだが、平民出身であるのにも関わらず、教養があり、目端が非常に効く男だ。

「産業部門にも問題がないわけではない。だが、早急の課題は兵器開発だ。資源開発部の進捗状況はどうなっている」

「新しい報告はあがっていません。現在ある鉱山はすべて順調に採掘が進んでおりますが」

 そこへもう一人、局長直属の部下が部屋へ入ってきた。

 この男は変わり種で、元錬金術師という肩書を持っている。

「局長、今朝あがってきたばかりの報告書なのですが、これは早くお目にかけたほうが良いと思い、持ってまいりました」

 局長は、元錬金術師の部下の言葉に眉をあげる。

 報告書は通常、全て部下たちが一度目を通し、その中で厳選されたものが局長の元に届けられることになっている。

 従って、局長の手元に届くのは、通常は数日前の報告書ということになる。

「なんだ」

 局長は部下の様子に興味を引かれ、手渡された報告書に目を通した。

 次第に局長の顔色が変わる。

「これは……。現物があると書いてあるが、今どこにある」

「はい。ご覧になるかと思い、下の研究室に準備してございます。ご覧になられますか」

「もちろんだ」

 研究室を訪れた局長は、その光景に見とれ、そして興奮のあまり思わず叫んだ。

「すごいぞ……。これが……これがあれば、滞っている兵器開発の多くが一気に進むことになる」

 この世界の者たちには役に立ちそうだということはわかっても、それほど具体的な未来像は描けていないに違いない。

 しかし、局長の頭の中には、この物質によって可能になる兵器の数々が、次々と頭に思い浮かんでいた。

「発見者は……、研究機関にいる錬金術師だったな」

「はい。必要とあらば、呼び寄せて話を……」

「今から行こう」

 局長の興奮した様子に、部下たちは顔を見合わせた。

「は…。わざわざ出向かれずとも……」

「今すぐ馬車を用意しろ。その男の研究室に向かう」

 部下たちの様子に構うことなく、強い口調で言う局長に、部下たちはあたふたと準備にかかった。


 例の錬金術師がいる研究所に局長が着いたのは、それから数刻後。

 局長の突然の来訪は、普段は静かな研究所に突然訪れた、嵐のようだった。

 研究所の中のそれほど広くはない研究室の一室に、局長と元錬金術師の部下、そしてそれにつき従う役人が入る。

「と、突然のご訪問……。ああ、何と言ったらいいのでしょうか」

 戸惑う錬金術師を意に介すこともなく、局長は手をあげて制した。

「余計な社交辞令など必要ない。――お前がこれの発見者なのだな」

 示された報告書は確かに彼が書き、昨日提出したばかりのものだった。

「はい……い、いえ。発見したわけではないのです。実はこれは、露店で売っていましたもので」

 予想外のことに、局長は思わず声をあげる。

「露店だと」

「は、はい。町の露店で偶然見つけたのです。店主は『燃える水』だと申しておりました。一目でこれは兵器として活躍するものになると直感しましたので、ひとまず店にあるだけの『燃える水』を買い上げました」

「どこで仕入れたか、聞いたか」

「はい。ですが、店主は頑として口を割りません。向こうも儲け話となれば、命がけなのでしょう」

「そうか……。では、我々が行っても無駄ということか……」

「おそらくは。それに今は店自体がないでしょう。私が全部買い占めてしまったので、また仕入れに行ったはずです。ただ、次に仕入れた時には真っ先に売りに私の所へ売りに来てくれることになっています。ここの場所も教えておきましたので」

 店主にとっては、いい取引先ができたというわけだ。

 局長は思案した。

 この錬金術師の言う通り、高値で大量に売れると分かれば、店主はなおさら口をつぐむだろう。

 仕入れ元の特定は、慎重に行わなければならない。

 ここは、情報省に頼ったほうがよさそうだと判断する。

「物質についての調べは進んだのか」

「はあ……少しは。まだ仕入れてから、それほど時間がたっておりませんので」

 そう言って錬金術師は上目づかいに局長を見て、恐縮しながらも、また言葉を続けた。

「店主は水と言っておりましたが、もちろん水ではなく、成分も一種類ではありませんでした。霧状にすれば、燃え上がることは確認できております」

「なるほど」

 燃える水の正体は、おそらく原油であろう。

 局長はその正体に目星をつけてはいたが、あえて語らなかった。

 いらぬ知識を与えて、研究が偏ってはならないと考えたのだった。

 原油があれば、石油ができる。

 揮発油、軽油、重油、潤滑油ができる。

 局長が振り返ると、元錬金術師の部下も目を輝かせながら、何やら記述している。

「よかろう。お前をこれから、この水の研究責任者に任命する。もっと広い研究室に移るがいい。研究費は好きなだけ使え。人手が足りなければ用意しよう。助手も必要なら、お前が使いやすい者を雇うがいい。これよりこの研究を、最優先事項にする。ただし、外部には絶対に漏らすな」

「は、はい」

 呆然とする錬金術師の肩を叩き、局長はひとつ念を押した。

「この研究には、この国の命運がかかっていると言っていい。進捗状況は逐次報告書をあげよ。いやいや、お前が書かなくてもいい。助手か誰かにさせればよいのだ。この研究が成功した暁には、お前の未来も大きく開ける」

 わけもわからないまま頷くだけの錬金術師を研究室に残し、局長は馬車に乗り込んだ。

 頭の中は、今後の開発のことでいっぱいだった。

 天然ゴム等、他の物資の輸入は既に始まっている。

 あとは、内燃機関の開発を進めれば、戦車の開発が一気に加速する。

 親衛隊の保管する母国の兵器ではない、この国で産声をあげる戦車だ。

 部署に戻ったら、早速、優秀な部下を組分けし、内燃機関の研究を競わせようと局長は心に決める。

 戦車だけではない。

 今後は、歩兵を運ぶ為の装甲車や、砲の移動が楽になる自走砲、輸送用の大型車など、車両全般の開発も一気に前進するだろう。

 最終的には飛行機にまで手が届く――。

 馬車は既に出発していたが、そんなことにも気付かず、局長の頭の中では、開発の夢が果てしなく広がっていくのであった。


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