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大公  作者: ヨクイ
第5章 洗礼
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招聘

 議員連合国と我が国の国交協定の調印式は、傭兵の国において執り行われた。

 傭兵の国は、厳しい山脈が国土の多くを占める小さな国である。

 前回、女帝の国と我が国との和平協定が結ばれた折、正式な調印式の場に選ばれたのもこの国だった。

 小国にも関わらず、傭兵の国がこのような重要な調印式の場として選ばれるのには、理由がある。

 この国は目立った産業もなく、国民のほとんどが傭兵によって生計を立てているという一風変わった性質を持っている。

 通常の傭兵であれば、戦場の情勢や金次第で、味方から敵に転ぶことも少なくない。

 だが、この国の傭兵には鉄の掟が存在する。

 一度交わした契約は絶対に厳守し、例え戦場で敵味方に分かれても、自国にその遺恨を持ち込まない――というものだ。

 それは、傭兵として生計を立てる者が多い、この国ならではの法であるといえる。

 また、国として他国の戦争に介入することはなく、常に中立を保っているのも、その特徴のひとつである。

 このようにして徹底した中立を保つ国であるからこそ、各国もそこに信頼をおき、必要な時には傭兵を雇い、また和平協定などの調印を行う重要な場としても選ばれるのであった。

 また、ともすれば容易に侵略される地理的な位置にありながら、どの国もそうしないのは、各国が傭兵の国の必要性と重要性を認めているからでもある。

 傭兵の国での調印式が無事に済むと、協定通り、我が国からはライフル銃の製造に詳しい技術者が送られ、議員連合国からは、商業に精通した議員の一人が派遣されてきた。

 治部省の役人に案内されてオレの執務室に入ってきたその人物は、まだ若さの残る痩身の男だった。

「お目にかかれて光栄です」

 若いが妙に落ち着きがあるその男は、どこか抜け目のなさを感じさせる風貌をしている。

 太政大臣も交え、オレはその男と向き合った。

「遠路ご苦労だったな。議長の右腕と聞いていたが、これほど若い男だとは。もっと老獪な人間を想像していたのだが」

「年寄りにこのような役は不向きかと存じます」

 男はすまして、さらりと言った。

 議長の右腕と称されるその男をこの国に呼ぶことは、諸刃の剣であるといえる。

 だが、優秀な人物であることに違いはない。

「なるほど。で、何ができる」

「単刀直入ですね……。まだこの国に来たばかりですから、細かい情勢を把握しているわけではありません。それを踏まえた上で申し上げますが、この国の貿易に関する仕組みは非常に効率が悪いと存じます。殿下もご存じのとおり、その点が一番伸び代のある分野といえるでしょう。これは国内の商業についても同じことが言えるのですが、もっと国が深く関わることで、今以上に商業の発展を促すことができます。妨げになるものを排除し、保護すべきは保護する。その取捨選択が必要かと」

 男は一見取り澄まして見えるが、口元には、どうだというような笑みがにじんでいる。

 ここに来るまでに、あらかじめ、かなりの下調べをしてきているのに違いない。

「なるほど。まだまだ改善の余地がありそうだな」

「はい。私も役割を頂いたからには、この国の為に務めさせていただきます」

「よかろう。では、存分に働いてもらうことにしよう。次の閣議で、お前を右大臣に任命する。その下に新たに経済省を作り、必要と思われる点の改革を実行せよ」

 この一言には太政大臣も、驚いた顔をした。

「右大臣……でございますか。それは、一体どのような肩書になるのでしょうか」

 この国の地位はオレのいた母国式に近いため、他国の者をはじめ、この国の者にはなじみが薄い。

 オレ自身は長くこの国で過ごしすぎて、そういう感覚が薄れているが。

「右大臣は、太政大臣の次の地位にあたる。太政大臣は、お前の目の前にいるこの男だ。まだ左大臣はおらんが、いずれそれも登用する」

 このことはまだ、誰にも言ったことがなかったが、議員連合国から人間を引っ張ってくるにあたって、ずっと考えていたことだ。

「我が国はこれより、経済発展を最優先事項とする。他の閣僚たちの存在が妨げになってはならん。経済省を新設し、右大臣の指導の元、忠実に改革を実行できる大臣を置く」

「他国から来た私に、そのような高位をいただけるとは……」

 男は戸惑い気味に、太政大臣とオレを交互に見て言った。

 だが、その太政大臣の表情もまた、複雑だ。

「オレはライフル銃の技術を安値で提供したつもりはない。お前がここに来たからには、それ相応の働きをしてもらう。経済省の閣僚は太政大臣と相談してお前が使いやすい人間を選べ」

 そこで遠慮気味に、太政大臣が口を挟む。

「殿下、閣議がまた紛糾しそうですが」

「そうだな。我が国の閣僚はなかなか曲者が多くてな」

 オレがにやりと笑うと、男は、戸惑う表情を取り繕うように「はあ」と頷いた。

「専任の護衛をつけてやろう」

「私の……ですか。そのようなご配慮までは……」

「まあ、聞け。オレはお前の手腕による改革を期待しているが、他国の人間を閣僚に迎えることを疑問視する者、反発する者も多い。つい先だっての閣議もなかなか収拾がつかんでな」

「閣僚となれば、国家機密を扱うのですから、致し方のないことと存じますが」

 男は厳しい表情で頷いた。

「目に見える形で食ってかかるのならわかりやすいが、議員連合国から預かった大事な議員に対して実力行使されては、オレも困るのでな」

 それはつまり、男を暗殺しようと企てるほど者がいるかもしれないということなのだが……、どうやら男にも通じたようだ。

「お前の邪魔にならぬよう、腕のいい者をつけてやる。思う存分に改革ができるようにな」

 そこまで言われては、男も承諾するしかあるまい。

「ご配慮ありがとうございます」

 だが、護衛はつまり、監視役でもある。

 それは男にもよくわかっているだろう。

 護衛をつけることで全てがうまくいくとも思わないが、情報漏洩の多少の抑止力にはなる。

「結果を出すことが、そなたの命をつなぐことにもなろう。期待しておるぞ」

 男の右手がぐっと握られている。

 これは半ば脅しにもとれる言葉であることは、聡いこの男も気づいただろう。

「は。肝に銘じておきます」

 うまく立ち回らなければ、男の命はないのだ。

「太政大臣、右大臣が動きやすいように、手配してやれ」

「わかりました」

 議員連合国では、議長の右腕とまで言われた男。

 だが、この国に来たからには、その手腕を全て発揮してもらおう。


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