諸刃の剣
「本当によろしかったのですか」
和平交渉がようやく締結することが決まった頃、太政大臣は再びオレに尋ねた。
よろしいかというのは、議員連合国に対するライフル銃の技術供与を承諾したことだ。
他国へのライフル銃の技術供与は、我が国にとって大きな方向転換のひとつになる。
「遅かれ早かれこのような事態が来ることは想定していたことだ。いつまでもライフル銃にしがみついているわけにはいかぬ。もちろん帝国の鎧の存在は想定外だったがな」
「では、新たな兵器の開発にかかるということですね」
「それは錬金術師たちに頭をひねらせているところだ。本音を言えば、もう少し先延ばしにしたかったが……。帝国を黙らせて時間を稼ぐには、議員連合の協力が不可欠だからな」
「しかし、技術者まで送ってやる必要はないのでは。設計図を渡しておけば、彼らも文句は言わないでしょう。そうすれば、開発までの時間も多少は稼げます」
「これには少々考えがあってな」
そう言って、オレは葉巻をふかした。
日は落ち、屋外には闇が広がり始めている。
「議員連合の人間を組織に組み込みたいと考えている。下っ端ではなく、閣僚級の人間として、だ。彼らの商業組織の在り方を取り入れ、我が国の商業の在り方を変える」
「お待ちください。そのような重大なことに他国の人間を関わらせるのですか。閣僚に他国の人間を起用するとなれば、反発は必至です。そのような高位につけてしまっては、確実に我が国の内部事情を知られてしまいます。商業組織の改革をするのであれば、国内の議員から優秀な人間を抜擢するということでよろしいのでは」
「今までのこの国のやり方では意味がない。我々は祖国の知識から、この国を発展に導いてきた。しかし、商業の面においての専門家はいない。この国の商人しかな。軍人である我々にも限界があるということだ」
太政大臣は難しい顔をした。
「今のままでは駄目なのですね」
「無論。軍を支えるのは国。帝国兵を黙らせる具体策は未だないが、国を豊かにすることが巨大な軍を動かすことを可能にする。今まで以上の発展を望むなら、今のやり方を変えなければならん」
「しかし、議員連合国が送ってくる人物がどのような人物かは……」
そう言いかけて、太政大臣は言葉を切った。
「もしかして、ご存知なのですか」
「希望は伝えてある。今は治部省が水面下で交渉中だ。向こうも、下手な人間は送ってくるまい。何しろ、敵情視察できる絶好の機会だからな」
「いつの間に……。議員連合国にそのような人物がいることをご存じだったのですか」
「少々情報卿に動いてもらった」
オレはこぼれそうになる笑みを葉巻の煙で誤魔化した。
太政大臣はため息をつく。
「殿下にはかないませんね」
「あくまで商業組織の改革を行う者だ。兵器の開発などは今まで通り極秘にさせる」
太政大臣は頷いた。
あとは治部卿がいい結果をもたらしてくれることを祈るのみだ。
閣議は当然のことながら、紛糾した。
「いつ敵に回るとも分からない国の人間を入れるのは、危険すぎます」
兵部卿が声をあげた。
「この国は他国とは異なる文化が多い。それを他国に見せるのは、我が国にとって利益よりも損失の方が大きいのではないでしょうか」
中務卿も控えめに兵部卿に同意した。
それに対したのが大蔵卿、民部卿、治部卿であった。
「外の人間を入れることを恐れるのは愚かなことだ。今ある物に奢り、保守的になれば進歩も所詮そこまで止まり」
民部卿が重々しく反論する。
「閣僚になったからといって、全ての業務に精通できるわけではありません。兵器開発においては、今まで通り極秘で行う。それで問題ないかと思います」
太政大臣の言葉に、刑部卿が反論した。
「それは、悪意のない人間においてだけの話でしょう。送られてくる人間は間違いなく、この国を探ろうとしてくる。そういう人間をこの国の中枢におくのは、将来的に危険な行為だと思いますが」
「しかし、殿下は今の国内の状態に不満をお持ちだからこそ、国外の者を入れてでも、改革を推し進めると仰っておられるのでしょう。議員連合国の人間以上に、この国の商業改革を行うことのできる能力のある者はいないと」
そう言う大蔵卿はこの案に賛成だった。
商業改革によってこの国が潤うのは彼の望むところだった。
大公の名前があがると、反対派は一様に怯んだ。
「殿下のお言葉とはいえ、反論があれば言うのが良いでしょう。最終決定は殿下が下されるが、最良の方法を選び出すために我々がいる。意見のある者は言ってほしい」
太政大臣がそう言って、全員を見回した。
「要は軍事機密が守れるのかということです。官僚として迎え入れるのならいいでしょう。しかし、閣僚となれば、そのような事態に触れることも多い。我らの議事はそのような内容が多いですから」
兵部卿が再び口火を切った。
「軍事機密を保守できるのであれば、賛成ということですね」
「ちょっと待ってください。軍事機密といっても、兵だけのことじゃない。我が国は軍事工業も盛んだ。錬金術師たちの開発状況なども他国には知られては不利になることばかりです。しかし、商業に関わり合うということは、それらのものとも関わり合うということ。機密を守りながら、他国の人間を大臣に据えるなど・・・本当に可能でしょうか」
中務卿の具体的な発言に、太政大臣も頷いた。
「具体的に言えば、その者に任せるのは流通において。製造過程ではなく、出来上がった物をどのように売りさばくか、そういったことの制度に関する内容に関してのみです。国外に持ち出すことが許されていない兵器などは、一切関わり合いにはなりません。もちろん、開発段階にある者などはなおさらです」
中務卿が腕組みをしながら、ううむと唸った。
「せめて閣僚でない扱いで、登用することはできないのでしょうか。閣僚という扱いにするから、不満も出てくる。中枢に起用するのではなく、助言者という扱いにすれば……」
兵部卿が提案したが、太政大臣が首を振った。
「それでは、人を介することになります。人を介すれば、それだけ意図することをそのままに実現しにくくなる。殿下はそれをお望みではない」
オレは目を閉じて、彫像のように黙って聞いていたが、ここを一区切りと見て立ち上がった。
「治部卿から連絡があり、こちらが要請していた商業に長けた優秀な人材が得られることになった。議員連合国からは、予定通り、閣僚を迎えることとする」
そう言い放つと、ぐるりとその場にいる人間の顔を見渡した。
オレが独断的に決定を下しても、不満を持つ者がいることは、はっきりと分かる。
だが、結果が出れば、彼らも納得せざるを得ないだろう。
そのためにも、成果を出してもらわなければならないが……。
「これにて閣議を散会します。ああ、兵部卿は軍の現状報告をしてもらいたいので、残ってください」
太政大臣の声かけに、閣僚たちはぞろぞろと立ち上がった。
だが、その流れに逆らって、珍しく民部卿が近寄ってきた。
「殿下、私はご英断と存じます。外の人間を入れることで、この国もさらに飛躍を遂げることと、私も信じております」
いつもは軍を動かすことで不満の多い民部卿が、今日ばかりは嬉しげな様子だ。
彼の頭の中は国を豊かにすること、民の生活を守ることでいっぱいなのがよく分かる。
「ああ」
オレはそう短く応じた。
民部卿は、これで国が豊かになると信じている。
――そう、国を豊かにすることは今の最重要課題。
それがひいては、オレが望むような強大な軍隊を支えることを可能にするのだ。




