帝国の秘密
オレがこの国の実権を握って初めて、我が軍は歴史的な敗北を喫した。
女帝率いる帝国軍は、勝利に酔い、そのまま国内まで追撃してくるかと思われたが、意外にも深追いはしてこなかった。
我が軍も生き残った兵士の体勢を立て直し、さらに本土から増援を再び国境付近に配備させる。
こうして、国境付近の帝国軍とわが軍は、睨みあうようにして駐留し続けたのだった。
勝てる気は全くしない。
兵は配備したものの、彼らの鎧の秘密を解くまでは、戦いは避けるしか方法がない。
現場を兵部卿に任せ、オレは一度首都に戻った。
そこに待ち構えていたのは、治部卿と議員連合の使者であった。
「お待ちしておりました」
治部卿が困惑したように、オレに報告に来た。
「議員連合の使者が何の用だ」
「それが……我が国が敗北したと知るや、すぐに使者が参りました。和平の仲裁をするというのです」
「やけに早いな……」
帝国とは、まだ一戦を交えただけだ。
帝国からの使者もまだ来ていないというのに、議員連合の使者が出張ってくるとは。
「おそらく、国内に潜伏し、様子をうかがっていたのでしょう」
「それにしても早すぎる。個人ならともかく、仲裁に動くというからには、国ぐるみであろう」
議員連合と帝国は裏でつながっているのかもしれぬ。
あらかじめ、議員連合がこの侵略を知っていたからこそ、これほど早く動いたのではないだろうか。
「ともかく、その使者とやらと会ってみよう」
接見の間に現れた議員連合の使者は、若い男であった。
「大公殿下直々のお目通り、感謝いたします」
男は丁重に礼をした。
「この度は帝国の襲撃を受け、さぞお困りではないかと馳せ参じました」
「我が国と議員連合国には正式な国交はなかったはずだが」
いらだつ気持ちを抑え、オレは低くなった声で応える。
「正式な国交はございませんが、我が国は商業国家。殿下はご存じないかもしれませんが、商人同士の交流というものが長らくございます。かくいう私も、商売柄この国には知り合いがたくさんおりますから、この国の危機となれば、放ってはおけないのでございます」
「お前も商人というわけか」
「左様で。議員も務めておりますが、本職はやはり商人でございます。帝国には我が国も長年にわたって、和解金を支払っているのでございますよ。帝国はいつもこのように、周囲の国に何かと理由をつけて喧嘩を売っては、高い和解金を絞り取っていくのです。帝国といえば聞こえはいいですが、奴らは品のいい盗賊集団なのです」
「それはオレも聞き及んでいる」
オレは少々ためらったが、この男に聞いてみることにした。
「お前は帝国の鎧について、何か知っているか」
一瞬、男の目が光ったかのように思われた。
隠しだてするかと思ったが、彼はあっさり話し始めた。
「あの鎧には、我らも……いえ、この周辺国家全てが、頭を悩ませている代物なのでございます」
そう言うと、男は声をやや潜めて言葉を続けた。
「あの鎧の由来を知る者は、それほど多くはありません。帝国騎士団が無敵だという噂は広まっていますがね」
そこで一息ついて、男は物語を語るように、滔々と語り始めた。
「かつて帝国の初代皇帝が御前試合を行っておりました。そこで最後まで勝ち抜いた者にはかなりの報償を与えたといいます。皆がその報償目当てに死に物狂いで戦っておりました。その中でようやく最後まで勝ち抜いた者――、その者は、異能の力によって鎧を強化していたのです」
オレは男の話に驚いた。
このようなところで、異能者の話を聞くことになろうとは。
「その話を聞いた他の貴族たちも、我先にと異能者に鎧の強化を頼み始めました。それはやがて、国を挙げての国家事業にまでなったのです。帝国は異能者を抱え、何代にも渡って鎧を強化してきました。初めはそれほどでもなかったといいますが、今や矢はもちろん、剣や槍がまったく通らぬ強固な鎧になったといいます」
なんということだ。
そのような力があろうとは。
だが、その謎を知ったところで弾丸が鎧を貫通しない事実には、何ら変わりはないのだ。
「なるほど。鎧についてはよくわかった。それで、そなたに何ができると申すのだ」
「はい。私たちは帝国との交渉に慣れております。奴らは目が飛び出るほどの和解金を吹っかけてまいりますよ。我らが仲介に入れば、それを最小限に抑えることができるでしょう」
「だが、我々はまだ降参すると決めたわけではない。帝国の使者もまだ来ておらぬしな」
そう言うと、男はひょいと眉をあげた。
「ご冗談を。殿下は賢明なお方だ。この状況では和解金を払ってでも白旗を上げるのが良策と既にお分かりのはず。さもなければ、帝国の騎士どもは、今度こそ容赦なく国境付近の町を蹂躙するでしょう。帝国の使者もそれを示唆しに、まもなく訪れると思いますよ」
男の言う通りになるであろうことは容易に想像がついたが、肯定するのも癪に触った。
オレが返事するより先に、男はわかったとばかりに一つ頷いた。
「我らの調停を受け入れるかどうかは、帝国の使者の言い分を聞いてからでもかまいません。我らはしばらくこの町におりますから。こちらの役人の方に居場所をお知らせしておきます。必要とあらば、いつでもお呼びください」
そう言うと、男はあっさり引き下がった。
オレの不満げな顔色を見て取ったのだろう。
腹立たしかったが、見事な引き際だとしか言いようがない。
「どう見る」
オレは太政大臣に声をかけた。
そばで控えていた太政大臣は、首をかしげながら応えた。
「よほど自分たちに自信があるのでしょうな。交渉においてもですが、我々が議員連合の調停を受け入れる自信があるようです」
「そのようだな。しかし、まずは治部省に交渉を任せたい」
「そうですね。帝国がどのように出るか……。議員連合も何か利益があって、調停を申し出ているのでしょうから、それを見極めることも必要かと」
議員連合の使者が言った通り、ほどなく帝国の使者が訪れ、交渉が始まった。
帝国側の要求は、貴族の解放か、さもなくば、莫大な和解金を払えというものであった。
しかも要求が呑めなければ、国境を侵犯し、町ごと破壊すると脅してきた。
今更貴族を解放することなどできぬ。
しかし、帝国が提示してきたのは、耳を疑うような額であった。
我々がすぐには返答ができぬと言うと、使者は一度帰って行った。
また明後日に来るという。
「足元を見られましたね」
太政大臣が苦々しく言った。
「我々は敗戦国だからな。しかし、それにしても吹っかけてきたものだ」
それは到底受け入れがたい額であった。
「どうしますか。議員連合の調停を受け入れますか」
「仕方あるまい。議員連合の使者を呼べ」
立場が悪すぎる。
今のところ治部省においても打開策があるわけでもなかった。
再びやってきた議員連合の使者は嘲笑うでもなく、前回同様、我々に対する同情を顔に張り付けてやってきた。
腹の底でどう思っているのかは知らないが。
「決断されましたか」
「お前たちの望みは何だ。まさか無報酬で動くというのではあるまい」
そう言うと、男は目を細めてしばし黙っていたが、ほどなくしゃべりだした。
「先日大公殿下自身がおっしゃられていた通り、我が国とこの国には未だ正式な国交がございません。我が国としましては、工業が盛んなこの国と正式な国交を結びたく思っているのでございます」
「国交か……。それだけか」
「もうひとつ……殿下が肝入りで作られている歩兵に装備されている武器の秘密を知りたく存じます」
やはり、本命はそれか。
「ライフル銃だな。帝国の兵には通用せぬが、それでもよいのか」
「我々はその秘密が知りたいだけでございますから」
男はそう嘯いたが、実際は売りさばきたいのであろう。
敗戦した今、もはや幾らかは帝国にも渡っていると考えていいだろう。
ここで隠し立てしたところで、いずれは模造品が開発されてしまう可能性が高い。
「よかろう。帝国の提示額を半分にし、戦場に残ったライフル銃を回収できるというのなら、ライフル銃の技術供与を受け入れよう」
傍に控えた太政大臣が驚いた顔をして何か言いかけたが、それを手で制した。
「半額とは……。殿下もまた無茶をおっしゃいますな」
「我が国の危機を放っておけないのであろう。危機を脱した暁には、そなたらの恩義に応えようではないか」
使者はしばらく考え込んだが、頷いた。
「やってみましょう。技術供与のお話、お忘れくださいますな」
「二言はない。その条件を帝国側が受け入れれば、即時和平締結に入ろう」
我が国の使者と帝国側の使者、そこに議員連合の仲介が入り、数度話し合いがもたれた。
議員連合の使者が粘り強く交渉し、驚くべきことに、こちらの要求通り和解金は当初の半額となった。
だが、帝国から大公が直接帝国へ朝貢するよう要求され、それを断った為に、さらに追徴金が上乗せされることになった。
交渉の末、総額にして、大公領の歳入の五年分に相当する金貨を支払うこととなった。
帝国としては、その価値は国家予算の二十倍にあたる。
それだけの金貨を、十年間、分割で支払うことで手を打った。
一括で払えなくもなかったが、支払っている間は攻めて来ないであろうという計算からだ。
こうして、速やかに和平が結ばれた。
和平の調印式が済むと、帝国兵たちは何食わぬ顔で自国へ引き上げていった。
まさにたかり屋そのものだ。
残った武器はあらかた回収したが、いくらかは持ち去られた可能性がある。
敗戦した以上、それは仕方がない。
武器以上に、多くの兵も失った。
もとの状態まで軍を立て直すには、またしばらく時間がかかるだろう。
それ以上に、この十年間という時間を有効に使わなければならない。
あの鎧を攻略する術を見つけなければ、この国はあの女帝によって寄生され、延々と吸血され続けるのだ。
何物をも貫通させない鎧を身につけた蛭を、どう殺せばいいか――。
オレは思案に暮れるしかなかった。




