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大公  作者: ヨクイ
第5章 洗礼
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最強の騎士団

 東方の帝国より我が国に正式に宣戦布告が通達されたのは、情報省より情報があがってから、丸一日後のことだった。

 彼らの申し入れは、「王族を廃し、国を乗っ取った逆賊を討つ忠臣に力添えする。大公は直ちに貴族との戦闘をやめ、速やかに彼らを解放するように」というものであった。

 まだ形式上王制は廃止していないが、実務的なことを指しているのであろう。

 彼らの言い分は内部干渉にあたるのだが、我が国の王族と帝国の王族とは遠い姻戚関係にあるため、一概にそれを無為なものとすることもできない。

 そもそも、彼らはそんな大義名分を本気で考えているわけではないだろう。

 他国の貴族など、本来はどうでもいいはずだ。

 オレとしては、今、貴族制圧を止めるつもりは全くなかった。

 止めれば、奴らは調子に乗り、さらに行動を激化させるだけだ。

 解放するわけがないと見越した上で、このような要求を突きつけてきていると考えていいだろう。

 ならば、本当の目的は何か。

 本土侵略か、和解金か。

 後者ならば、てっとり早く話がつく。

 もともと女帝の国は、周辺国に対して小規模の侵略を繰り返し、和解金をせしめることで知られている。

 今回もそうであればいいのだが、必ずしもそうであると言い切れない以上、本土侵略の可能性も視野に入れて防衛線を張らなければならない。

 オレは久しぶりに異能の力を使い、いくつもの"窓"を開いた。

 帝国の軍隊規模と経路を確認するためだ。

 帝国の兵を探すのには多少手間取ったが、情報卿からの報告と地図を照らし合わせ、大体の位置を特定すると、ほどなく進軍する兵団に行き当たった。

 兵の数はおよそ十万。

 そのうちの一割が騎士、残りの九割が歩兵といったところか。

 オレは帝国の兵が徒歩でのろのろと進軍してくる間に、自軍の兵を国境付近まで列車を使って移動するよう指示を出した。

 こういう時に徒歩とは比べ物にならない、列車の速さが物を言う。

 さらに国境付近からは、現在地と移動方向から帝国兵の進路を予測し、程近い、開けた平地に兵を展開させることにした。

「敵兵は兵力を分散させることなく、国境付近にまっすぐ突き進んできていますね。やはり本土まで侵略してくる気はないのでしょうか」

 兵部卿がそう言ったが、オレも同感だった。

 断定はできないが、仮にそうだとするのならば話は早い。

 真正面から向かってくる兵に大きな一撃を食らわせ、帝国兵の度肝を抜いてやろうではないか。

 小手先でかなう相手ではないことが分かれば、奴らも早々に兵を引くだろう。


 帝国兵が到着するより前に、塹壕を掘り終わり、抵抗線の構築も完了した。

 塹壕は身長よりやや深めに掘ってあるので、中に人が入ると見えなくなる。

 内部の階段状になったところにライフルを携行した兵が立ち、体を地面の壁に添わせ、射撃体勢をとるのだ。

 塹壕は大平原をすっぽりと覆うよう、馬の蹄のような形に作らせた。

 帝国軍の兵士たちが進軍してくる主要道路が、その中心を貫く形で通っている。

 想定よりも帝国兵の到着が遅れたため、塹壕だけでなく、塹壕と後方とをつなぐ通用路まで掘ることができた。

 通用路があれば、敵に姿を晒すことなく伝令兵を前線に送ることができ、後方からの弾薬等の物資もより安全に前線に送ることができる。

 ようやく到着した帝国の軍勢は、こちらが動かないのを見て取って、天幕を張り、一夜を過ごした。

 長旅の疲れを残したまま戦闘に入るのを避けたようだ。

 奇襲を想定していないのか、それとも誘いなのか判断に迷わないでもなかったが、ここは堅固に待つことにした。

 敵の詳しい情報も分からぬまま攻めるより、構築した陣地で守りに入った方が、戦力の消耗も少ないと判断したからだ。

 やがて夜が白み始めると、兵士が動く様が見て取れた。

 帝国の兵士たちは皆、銀色に輝く鎧で身を固め、長い槍と大きな盾を装備している。

 騎士たちが騎乗している馬まで、同じような銀色の鎧を纏っていた。

 彼らは整然と密集し、前方を歩兵で固め、後方に騎馬隊が控えている陣形を組んでいた。

 こちらも彼らが動くと見て、素早く各所配置につく。

 帝国兵たちは密集した陣形のまま、ゆっくりと進軍し始めた。

 平原に風が流れ、兵士たちの鎧がこすれ合う乾いた音が聞こえてくる。

がちゃがちゃと耳障りな音を立てながら、甲冑によって顔も見えない無個性な兵士たちが、歩く速度でゆっくりと近づいてくる。

 その様子を、オレは遠方からじりじりとした思いで眺めた。

 引きつけられるだけ引きつけ――銃の射程に入ったところで、すかさず一斉射撃の号令を出した。

 激しい銃声が空気を引き裂き、白煙が周囲を覆う。

 同時に、野砲から放たれた砲弾が、いくつも敵陣後方に命中し、腹に響く大きな音を立てて、爆煙と土埃を巻きあげた。

 辺り一帯は弾幕と土埃に覆われ、やがてそれは風に流されていく。

 敵は弾丸に胸を撃ち抜かれ、爆風で飛ばされた騎士たちが地面に横たわっている――そんな光景が広がるはずであった。

「なにっ」

 誰があげたかもわからない声だったが、その場にいた皆が同じ思いだったに違いない。

 帝国兵たちは先ほどと変わらぬ様子で、整然と進軍していた。

 無言でこちらに向かって進み続ける銀色の兵士たち。

 虚を突かれたが、それでも指揮官たちは間もなく我に返り、さらに射撃の号令をだした。

 さらに白煙があがり、兵士たちを包みこむ。

 ――しかし、結果は同じであった。

 何度、一斉射撃を繰り返しても、弾丸は銀の鎧に弾かれるばかりだった。

 どういう理由なのかはよくわからないが、少なくとも効果がないのはもはや明白だ。


 ばかな……あれは一体何なのだ。


 すっと肝が冷えるのが分かった。

 あの鎧は防弾というような性質の代物ではない。

 完全に遮断している。

 口惜しいほどに、情けない話だった。

 銃が効かない、それはつまり手持ちの武器が全く役に立たないということだ。

 実質、丸腰の兵士たちを帝国兵にさらしているのと同じ。

 そう考えると、瞬時に恐ろしい光景が克明に頭に思い描かれた。

「即時撤退だ。すぐに兵を引け」

 オレが低い声で唸ると、呆然とする幕僚たちがはっと我に返った。

 これ以上兵を無防備なまま晒しておけば、無駄死にするだけだ。

 兵部卿は苦り切った顔をしていたが、彼もそれ以外の判断が浮かばないらしい。

 頷き、指示を出し始めた。

「物資は放置してかまわぬ。撤退を最優先とせよ」

 天幕の中は一転、撤退へと動き始めた。

 しかし、いくら迅速に動こうとも、指示が前線まで届き、動きだすまでには多少なりとも時間がかかる。

 ようやく撤退の指示が指揮官に届いたころ、帝国軍の後方から、甲冑の騎士団が左右に分かれてこちらに猛烈に突撃し始めた。

 塹壕に丸太を放り込み、橋替わりにして、次々と塹壕を超えてくる。

 陣形を崩すことなく進軍してくる帝国の歩兵たちに、我が軍の兵士たちは成す術もなく次々と刺殺されていった。

 槍や剣で突き殺され、踏みにじられる我が国の兵士たち。

 騎士団は次々と塹壕を乗り超えて、ついには天幕までたどり着いた。

 彼らが到達するまでに司令部は退却することができたが、天幕は燃やされ、旗は踏みにじられた。

 歩兵たちは、敵の目から逃れ、生き延びられた者だけが、ばらばらになって逃げていく。

 もはや規律ある退却ではなく、潰走としかいえないものになっていた。


 我が軍は予想外の、屈辱的な敗北を喫したのである。

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