侵略
情報卿がオレの執務室に飛び込んできたのは、正午を少し過ぎた頃だった。
明るい日差しがふりそそぐ執務室に、情報卿の青ざめた表情が対照的であった。
「殿下、東方の列強国が我が国に対して宣戦布告するとの情報が入りました」
オレは思わず立ち上がって、情報卿を睨んだ。
「動いたか」
「まだ正式な布告は出ていませんが、それほど猶予はありません。もっと早くに情報がつかめればよかったのですが」
東方の帝国は、女帝が治める広大な領土を持つ国だ。
聞き及んでいるのは、最強の騎士団を擁するという一般的な噂程度で、どういう戦略を立ててくるのかまではわかっていない。
正直なところ、今の時期に列強が動くのは想定外だった。
我が国が諸国を制圧したという話は伝わったとしても、教皇から手もまわしており、諸国制圧から半年は経過している。
各国の情勢を探らせ、しばらくは動く気配がないと見て、動員令を解除したところであった。
情勢を読み間違えたか――。
東方は教皇とは宗派の異なる者が多いとは聞いていた。
そのために、教皇の影響力が届かなかったのかもしれぬ。
しかし――。
女帝は、この機会を狙っていたのだろうか。
事態は最悪であるといっていい。
動員令は解除されて、今あるのは元々の軍団兵のみ。
その規模は動員令発令時の四分の一にも満たない。
動かすには絶対的な数が足りないのだ。
国内では、未だ地方で元貴族たちが匪賊となり、反乱をおこしている。
その反乱を抑えるために、今現在でも少なくない軍勢を動かしていた。
今更その軍団を戻そうとしたところで――、いや、今の戦況から考えて、戻せば逆に背後を突かれるであろう。
「半刻後に閣僚による緊急会議を開く。出られる者を集めろ。治部卿には宣戦布告が出次第、報告を上げるように伝達。交渉のための使者も用意しておけ。兵部卿に動かせる部隊の正確な数の確認を行わせろ。会議が始まるまでに、だ。帝国の軍の情報で、わかっているだけの資料を用意しておけ。周辺国の動きに対する警戒も怠るな」
「はっ」
情報卿が一旦下がり、周囲は一気に慌ただしく動き始めた。
オレが仮に女帝だとしても、同じように、攻めるなら早いうちに攻めただろう。
それがわかっていたからこそ、教皇の権威を振りかざしたのだが……。
問題は帝国がどの程度の兵力で来るか、だ。
戦争は嫌いではないが、今の国力を考えると、時期ではない。
早めに和平に持ち込みたいところだが、わざわざ攻めてくるのだ。
相手はそう簡単に引いてはくれないだろう。
他国の動きも注視しておかなければならない。
帝国に呼応して、議員連合国や酋長連邦が動くとなれば状況は絶望的だ。
これらが動くとなれば、また動員令をかけざるを得なくなるかもしれないが、続けてそのようなことを行えば、国民の反発は必至だ。
そもそも、動員令をかけたところで間にあうか。
先ずは敵情を正確に把握しなければならない。
半刻後、慌ただしく閣僚たちが集まり始めた。
治部卿が来ていないところを見ると、まだ宣戦布告は正式には出ていないようだ。
「揃っていませんが、時間ですので始めます。情報卿」
太政大臣の声かけに、情報卿が立ちあがった。
「本日午前、帝国に派遣している間者より報告があがりました。女帝は軍隊を動かし、我が国に対する宣戦布告の準備を行っているとのことです」
「情報に誤りはないな」
「裏はとってあります」
「動かせる兵は」
続いて兵部卿が立ちあがった。
「残党貴族の反乱制圧に動いている部隊をのぞいて、稼動できる兵は四十万。本土にも部隊を残さなければならないので、実質はもっと少なくなるかと」
「本土に半数は残そう。周辺国がどう動くかわからない今、首都を手薄にはできぬ」
オレの言葉に兵部卿も頷いた。
「鉄道を利用すれば、国内はそれほど時間をかけずに兵は動かせます。いざという時には増援を出すことも視野に入れ、ひとまずは、二十万でよろしいかと」
問題は周辺国だが――。
「周辺国の動きはどうなっている」
オレの問いに情報卿が頷いて応えた。
「今のところ目立った動きはございません。今回は東方の帝国が単独で動いているものとみられます」
「こちらが劣勢と見れば動く可能性もある。警戒は続けろ」
「は」
「民部卿、国境付近の住民には避難勧告をだしておけ。従うかどうかまでは、いちいち確認しなくて良い。最悪の場合、動員令を出すこともありうる。一応準備だけはしておけ」
「最悪の場合というのは」
「周辺国が動いた場合、もしくは本土が侵略された場合、だ」
「わかりました」
民部卿は重々しく頷いた。
「治部卿は」
「まだ来ておりません。代理の者がここに」
「まだ布告は出ていないということか……。なるべく早い段階で和平交渉に入る。相手の要求次第だが、今回は多少金を積まねばなるまい。準備をしておくよう伝えろ」
「はい」
「兵部卿、これより作戦会議に入る。他の者は指示通りに動け。……散会」
オレの一言で一同がざっと立ち上がる。
予定より少々早いが、最強と謳われる東方の騎士団――この目で拝ませてもらおうか。




