北の商人
大陸続きの広い国土に首都をおき、その北に点在する島々も支配下にある国――それが議員連合国である。
数多くの島が領土内にあるため、国内には港が多く、造船業も盛んであった。
島と島の間を船が頻繁に行き来し、港と船は彼らの生活の一部となっている。
大公のいる国より北に位置し、経済活動が盛んで、国は豊かだ。
この国の歴史は古いが、商人たちがこの国をまとめるようになってそれほど長い年月はたっておらず、今現在でも、国内には王や貴族が存在する。
かつて彼らが政権をとっていたこともあったのだが、政権は何年もかけて緩やかに王侯貴族たちから、議会へと移っていった。
今では完全に、議会がこの国を動かしている。
議会は議長を中心とし、商人出身の議員たちによって構成されている。
提出された議案は最終的には多数決によって決まるため、表面上は民主的なように見えるが、実際はそうでもなかった。
この国における議長は辣腕家であり、その実質的な発言権は他の議員たちとは比べるべくもない。
鋭い目に鷲鼻。白い髪に、長く蓄えた白鬚が、彼の威厳を表していた。
黒い光沢のある重厚な机に手をおき、議長は議会室全体に視線を走らせた。
「もはや対岸の火事ではない」
そう言い放つと、周囲の反応を待った。
議会室に集まった他の議員たちは、やや緊張の面持ちで同意の意を表している。
議長は細く鋭い目を光らせながら、低く語った。
「かの国の大公は、友好を語って列車とかいう物を諸国に贈り、今度はそれを使って、諸国の首都に一気に攻めのぼった」
「あの国は王制であったのでは……」
そう言いかけた議員の一人が、自分の失言に気づいて首をすくめた。
「それはもうはるか前の話である。王は存命と聞くが、実権は大公にある」
議長の側近といわれる若い男が、失言した議員の言葉を訂正した。
「ここ何年かで、あの国は急速に領土を広げました。その大きな要因は、この国では見たことのないような兵器にあるようです」
議員の中には、大公の国の噂について既に知っている者もいたが、海を挟んで、さらに小国の先にある国という認識が強かったため、大公の国についてほとんど知識のない者も多かった。
「大公は領土拡大に熱心である。先の諸国制圧では、国民を兵士として動員し、巨大な軍隊を組織した。これは見過ごせまい」
議長派の壮年の議員が物知り顔で語った言葉に、どよめきが起こる。
「大公は教会を取り込み、枢機卿の地位まで得ている。だが、今ならば制圧したばかりの領土をまとめきれておらず、不安定な状態だ。叩くなら早い方がよかろう」
低く静かに言い放つ議長に、さらに何人かの議員たちは困惑の色を見せた。
「戦争云々より、彼らのその技術を吸収する方が利口ではないだろうか」
一人の議員が声を上げると、別の議員も同調するように頷いた。
「もっと調査が必要ですな。その武器とやらも、入手してみないことには」
二人の言葉を遮るように、議長派の議員が声を荒げる。
「あまり悠長なことは言っておられんのですぞ。かの国は今や好戦的な軍事国家であるといってよい。海峡を挟んでいるとはいえ、いずれはこの国にも手を伸ばそう」
語気を荒げる彼に、議員の多くがやや鼻白んだ。
だが、その空気を救うように、若い議員が冷静に言葉をつないだ。
「技術は欲しい。技術を得た上で、かの国の国力を増強させるようなことなく、足踏み状態にさせなければなりません」
そこで一同に沈黙が流れる。
「提案があります」
「策を弄し、他国に攻め入らせてはいかがでしょうか」
一同が一斉にそちらを向く。
「他国にかの国を攻めさせ、国力を弱らせる。そこで我々が圧力なり交渉なりをかけ、技術をいただくのです」
「攻めさせるのは良い。女帝の帝国なり、酋長連邦なり、動かそうと思えば動かせるだろう。奴らは侵略することによって莫大な臨時収入を得ているからな。だが、技術をどうやって手に入れる」
そう言った中間派の議員は、議長派をけん制しながらも話の行方を見極めようとしているようだった。
「調停役を買って出るというのはいかがでしょうや。争わせておき、我々がそれを調停する。それによって大公に恩を売り、我々は技術供与を受ける」
老獪で知られる老議員がゆったりと言った。
「戦場に人をやり、損壊した武器を回収するのも手かと」
出された案に、議長も頷いた。
「女帝帝国と酋長連邦、動きそうな国を使って、かの国を攻めさせる。頃合いを見計らって、我らが調停に入り、大公に恩を売る。さらに、それによって査察団を派遣し、技術供与をもちかける……いかがでしょう」
これまでの意見をまとめるように、若い議員が明朗に言った。
「盗める技術は盗み、模倣できるものは模倣する。我らにはそれを生かせるだけの頭脳がある」
議長の言葉に、大多数の者が頷いたり、にやりと笑みを浮かべたりした。
こうして議会は次の話題へと移っていったのだった。
議員連合国の首都の中で、一際目立つ大きな邸宅が、議長の私邸であった。
高い塀が敷地の外に張り巡らされ、堂々とした大きな門扉が外からの視線を全て遮っている。
門扉の前には人相の悪い門番が立っているが、門番がいなくても、そこにふらりと寄りつくような人影はない。
議長の私邸には、議長派で知られる議員たちが、いつもの会合に集まっていた。
貴族の屋敷のような派手な装飾はないが、室内や家具の重厚な造りと、置かれているさりげない装飾品などは、見る者が見れば、どれも最高級のものであることがわかる。
「今日は集まりが悪いな」
議長の右腕とも呼ばれる、老議員が集った面々を見て言った。
「昨日大きな交易船がついたので、商売で来られない方が何名か……」
若年の議員が恐縮したように言うと、壮年の議員が鼻で笑い飛ばした。
「はっ。交易船ごときで、この会合に来られぬとは。議員ならば、そのような手筈は部下に任せておけばよいものを。議長に不敬であろうが」
彼は、彼の自慢である口髭をえらそうに触りながら、若年の議員をにらみつけた。
若年の議員はというと、来なかった議員と自分は関係ないのだから、たまったものではない。
「まあまあ。そう目くじらを立てるものではない。誰が来なかったかなど、ここにいる者が知っておればよいこと」
老議員が穏やかに言うと、皆が黙った。
来なかった議員は、間違いなく後で不利な立場に立たされるであろう。
そこへ、議長がゆったりとした足取りで部屋に入ってきた。
皆が一斉に立ち、この国式の礼をとる。
それに片手で応じながら、議長は自分専用の椅子にゆっくりと腰をかける。
そして、集まった者たちの顔をさっと眺めまわした。
「来てない者がおるな」
議長の一言に、空気がさっと引き締まる。
「はい。今日は大きな交易船が港に入りましたので、そちらに回った者がおるようです」
老議員が代弁した。
「そうか。わしの会合は交易船以下ということか」
目を細めながら、議長は低い声でつぶやいたのだが、張り詰めるような空気の中、その一言は部屋中に響いたようだった。
一同に緊張が走る。
「覚えておこう」
そう言うと、議長がさっと右手を挙げた。
控えていた召使が、用意してあった外国産のぶどう酒を一同にふるまう。
「女帝は動きそうか」
その間にも、議長が話しかける。
傍らの別の若い議員がそれに応えた。
「工作員からの報告では、感触は良好とのことです。条件もそろっていますので、間違いなく動くと思われます」
「金好きな女だからな。光り物にはすぐにとびつく」
議長のその一言に、乾いた笑いが広がった。
「酋長連邦はこのたびは国内事情により、難しいようです。こちらはどうなさいますか」
「まあ、あの国の考え方は少々我らと異なるからな。今回は女帝が動いただけで良しとするか」
「女帝には例の秘術がありますからな。大公を捻るのはそう難しくないでしょう」
老議員の言葉に、議長も頷く。
「そうしてもらわねば、策の意味がない。我々の目的は、大公の弱体化と武器である」
「そのためにも、戦況を見計らい、素早く調停に割り込まなければなりません」
議長は頷き、そこで一人の若い議員に目をやった。
「お前に任せよう。使者を送る手筈はお前がするがいい」
「はっ」
議長に名指しされた若者は、畏まって応えた。
彼はここ最近、議長に目をかけられている男であった。
すらりと背が高い細面の男が、立ち上がって礼をとる。
「必ずや、議長のご期待に添えてご覧に入れます」
議長はその言葉を満足げに聞き、鷹揚に頷いた。
壮年の議員がその様子をおもしろくなさ気に見つめている。
だが、それを口にすることはない。
ここでは議長の発言が絶対なのだ。
明日の会合では、これがさも、他の者の推薦のように決まるであろう。
これが議長のやり方であった。




