城攻め
修正第2版です。
広がる草原を、涼やかな風が通りわたっていく。
軍服姿の長身の男は、その景色に目を細める。
自分のことを影で冷酷だと言う噂を耳にすることもあるが、それを意に介すことはない。
軍隊にいて、時に非情であることは必要なことだ。
男は長らく将軍の元で補佐官として奮闘し、共に多くの戦場をくぐりぬけてきた。
その自分が、今回、将軍の代理としてこの軍の指揮をとることとなったのは、もちろん自然な流れではない。
並居る幕僚たちもいたのだが、それを抑え、自分が指揮をとれるようあえて立ち回ったのだ。
もちろんこの軍隊を乗っ取るつもりなどさらさらない。
むしろ自分が、最も将軍閣下の意図を正確に実現しうる人間だと考え、その為に少々策を弄した。
我が部隊の閣下に対する忠誠心は高いが、指揮官にはあくが強い人間も多い。
それをまとめあげるのは自分しかいないと思い、閣下のお墨付きもいただいた。
部隊は周囲の安全を確認した後、平原に天幕を張った。
斥候に立った者たちは、現状にひどく戸惑った様子だったが、情報はきちんと持ち帰ってきた。
その後、安全であると判断し、自分も地元の人間に見つからぬよう、数人の幕僚とともに、街が見える付近まで偵察に向う。
遠くに見える町はそれほど大きなものではない。
だが、町全体を石積みの城壁が囲んでおり、なかなか壮観だった。
城壁の数か所がちょっとした砦のようになっており、斥候の話ではそこに兵士が駐留しているという。
町というにしては、少々物々しい造り……いや、むしろ大げさすぎる造りと言っていい。
遠目からは確認できないが、兵士たちは剣や弓を携行しており、火器の類は見当たらなかったという。
城壁の向こうに、色鮮やかな橙色の屋根がちらほらと見える。
白壁に橙色の屋根がよく映えている。
(きれいな街並みだ)
素直にそう思えた。
将軍閣下の話によれば、この地域は長らく内乱が続いているというが、周辺に国王軍といわれる軍隊の姿はなかった。
町全体を包む、町に不釣り合いなほど立派な城壁は、この長く続く戦いから、必要性に迫られて作られたものだろう。
砦のような個所は複数個所あるが、大きな城門は全部で四つ、町中に通じている街道も大きく分けて四か所。
さらに、その街道から分岐する十字路が複数か所あった。
(まずは、この街道の要所を押さえておかなければならないな)
城壁は一見威圧感があるが、所詮は石壁だ。
弓や剣では攻略が難しいのかもしれないが、石積みでできており、我々にとってはそれほど強固なものではない。
今は敵対している国王軍が周囲にいないせいか、斥候の報告では、目視で確認できる兵士の数も少ないという。
この町を我々が一気に制圧し、領土として占拠する……というのが、将軍閣下の策であった。
母国が敗戦し、捕虜としての末路……捕まるか、処刑されるかもしれないと覚悟していた我々を、閣下は新天地へと誘った。
母国に帰りたいという者も多少いなくもなかったが、それを全てまとめあげ、運べるだけの武器を携えて、我々はこの地に乗り込んだのだった。
戦車や装甲車、自走砲などの大物は持ってくることができなかったが、それでも持てるだけの物資はすべて持ってきた。
これだけの物があれば、当分この世界の住人相手に、有利に戦えるだろう。
状況を自分の目で確認し、再び天幕に戻った。
兵たちには十分な休息をとらせた後、詳細な作戦の伝達を行う。
混乱が生じないよう、各部隊の兵士たちに、この世界について簡単な説明をしておいた。
援軍や補給などは一切ないから、極力損害を避け、効率重視で一気に攻め落とさなければならない。
「もし、国王軍らしき軍隊と遭遇した場合は、絶対に手出しをしないように徹底してあるな」
「はっ。各部隊に厳命しております」
将軍閣下の情報から、国王軍の旗印は既に各部隊に伝達してあった。
斥候からの報告でも、周囲に国王軍の姿はなかったというが、万が一手出しするようなことがあれば、全ての計画が台無しになる。
すべての準備が整った翌日。
ついに作戦が結構されることとなった。
敵からなるべく見えない離れた数か所に迫撃砲を配備。
それで砦を狙う。
無反動砲までは隠しきれなかったが、城門手前までは無事配備することができた。
直接状況を見るため、天幕を出て、双眼鏡で兵の動きを追う。
各所の敵兵士たちは異変に気づき、配備を強化しているが、こちらの奇妙な様相に戸惑っているようでもあった。
敵兵数およそ千。
「各員、配置につきました」
部下の声に頷く。
「よし。開始の合図をだせ」
「了解」
まずは、敵兵がいる砦を遠方から迫撃砲で攻撃する。
合図とともに、迫撃砲が砦の上空めがけて砲弾を放った。
それが砦の上へ間断なく降り注ぐ。
敵兵の細かな様子までは確認することができないが、敵兵の混乱が目に浮かぶようだ。
砦の機能が完全に停止した頃合いを見計らって、城門前の兵が、無反動砲によって城門を破壊。
煙がもうもうと立ち上り、人の姿が入り乱れ始める。
一方的な砲撃をあびせた後、待機していた歩兵が一斉に壊れた城門を乗り越えて、内部に突入した。
(定刻通りだな)
町の人間には構うことなく、一気に要所だけを制圧。
呆気ないほど簡単に、町の制圧が完了した。
時間にして半日もかかっていない。
広がる光景をあとにして、再び天幕に戻った。
ほどなく、各部隊から占領と異常の有無の報告があがる。
軽傷を負った者は数名いたが、我が軍はほぼ無傷。
あまりに手ごたえのない……とはいえ、これはまだ始まりにすぎないのだ。
本国敗戦の知らせから、まだわずか二日。
もう何日もたっているような気がするが、我々は新天地に拠点を築く第一歩を踏み出したのだった。