退路なき前進
王国の周囲には、王国と同規模の国土を持つ国が、陸続きに多数ある。
隣接しているのは、北に二カ国、南に一カ国、東に一カ国、西に二カ国。
計六カ国の国に取り囲まれている。
隣接している南北の国の向こうには海が広がっているが、東西にはさらに数カ国の国が存在する。
オレは新国王からの友好の証と称して、陸続きで行けるこの国々の首都まで鉄道を引いた。
初めは警戒し、見慣れない鉄道に戸惑う国がほとんどだった。
だが、隣接する南国の一国で普請が終わり、実際に活発な物流が始まると、他国も次々と鉄道普請に同意した。
鉄道費用はすべて我が国負担。
莫大な費用が出て行ったが、他国にはない技術による豊富な産業、品物の輸出により、順調に出費は回収できつつある。
予定した全ての鉄道が完成するには数年の年月が費やされたが、その頃には、初期に普請した鉄道を蒸気機関車が当たり前のように行き来していた。
鉄道は、我が国を中心として六つの経路に分岐しており、胴体のない昆虫の足のようだ。
流通の中心にある我が国には、当然人の出入りも増え、お金も落ちていく。
王都の経済は益々活性化されていった。
各国に鉄道を建設している間、国内でも一つの大きな制度を導入していた。
それが、戸籍制度である。
戸籍制度を導入するにあたって、大きな役割を担ったのが教会だった。
オレが枢機卿になり、今まで隅に追いやられていた国内の教会は、強い影響力を持つ組織へと変貌した。
結婚するといえば教会で式をあげ、子どもが誕生したときには教会で洗礼を受ける。
さらに人が死んだ時には教会で葬儀を行う。
人の人数を把握するためには、適した組織といえる。
オレは国内に点在する教会を使い、民部省主導の下、土地の人間をすべて戸籍に登録させた。
これでようやく国内の正確な人口が分かり、税の徴収にも大いに役立った。
こうした一連の動きは、金のため……そういう意味ももちろんあった。
対外的にはむしろ、そのような理由が強い。
しかし、オレの目的はただひとつ。
周辺国の攻略だ。
「攻め込むには、攻め込むための理由が必要になってきますね。理由なき侵攻は、周辺国の敵対感情を煽ります」
太政大臣が冷静に言った。
それに兵部卿が同意する。
「どこか一国に対してでもそのようなことを行えば、周辺国は黙っていないでしょうな」
「作らねばならんだろうな。攻め込む理由を」
オレは太政大臣と兵部卿の顔を見ながら言った。
円卓には全ての閣僚が顔をそろえている。
「なるほど、なければ作ればいいわけですな」
うむうむとしたり顔で宣伝卿が腕組みをしたまま頷いている。
そこで、情報卿が発言を求めた。
「今はほとんど表沙汰にはなっておりませんが、我が国から追いやられた貴族連中の不満は未だくすぶり続けております。これを利用されては」
「だが、表沙汰になっておらんものを、どうして責め立てられる」
民部卿が仏頂面で低く言い放った。
彼は国外侵攻をあまり快く思ってはいないのだ。
だが、オレの決定に勝るものなどない。
不承不承従っているといったところだろう。
「他国同士を戦争に誘導するというのはいかがでしょうか」
「それでは、どちらかに加担することになってしまうではないか。どちらにしてもその時点で敵を作ることになる」
閣僚のやりとりを聞きながら、オレは思案した。
他国同士が戦争した場合、どちらかの国に加担することになってしまう。
しかし、内紛であったらどうだろうか。
国内の内紛に援助する形で手を出し、そのまま国ごと乗っ取るのだ。
民衆を応援する形で手を出せば、そのあとの統治もやりやすくなるかもしれん。
「内紛を誘発させるか」
オレの一言に、はっと全員がこちらを向いた。
「なるほど。内乱ならば、他国は関係ありませんね」
「しかし、周辺国といっても、かなりの数があります。そのすべてに内乱を起こさせるのですか」
困惑する兵部卿に、宣伝卿がにやりと笑いかけた。
「民衆による革命……それも面白いかもしれませんな。この周辺国全てを巻き込んだ、革命というやつですな」
たかが平民ごときと侮っている君主たちは、慌てるだろう。
「すべての国で内乱を誘発させる必要はない。隣接する国……二、三カ国で充分だ。兵を動員する名目を立て、時間が稼げればよい」
「なるほど。しかし、その他の国に対して侵攻する名目は……」
彼らにはまだ、オレの作戦の詳細は伝えていなかった。
すべての国に対して名目立てする必要などないのだ。
「そのようなものは必要ない。一気に侵攻する」
閣僚たちが、一瞬理解しかねるといった表情でオレを見つめた。
それはそうだろう。
通常、これだけ多くの国を相手にするのには何年もかかるし、莫大な兵力も必要になる。
ただ、それは正攻法で攻めた場合だ。
「何のために鉄道があるのだ。鉄道を使って各国の首都まで大量の兵士を輸送し、一気に攻め落とす。地方など後回しでよい。権力の中枢部だけを叩くのだ」
皆が一様に息をのんだ。
電光石火といえば聞こえがいいが、失敗すれば、全ての国を敵にまわすことになる。
もちろん、失敗するつもりなどないが。
動揺する一同の沈黙を、太政大臣が破った。
「……しかし、各国の首都陥落に目的を絞ったとしても、相当数の兵力が必要になるかと思われますが」
今保有している兵力だけでは、もちろん足りない。
だが、このときのために学校では軍隊式の訓練を導入し、戸籍によって兵力となりうる人数の把握に努めてきた。
「国内全土に動員令を出す。それで兵力が大幅に増えよう」
あまりの大規模な作戦に、皆がそろって目を見張った。
周辺国に侵攻するといっても、何年もかけて落としていくものと思っていたのだろう。
だが、そんなに悠長に時間をかけていては、老いぼれてしまう。
「太政大臣」
呆けた部下たちを代表して、太政大臣に声をかける。
「は……。いつも殿下の発想には驚かされます」
よほど彼の想像を超えていたであろうことに、多少の満足を覚えた。
「……面白い。実に面白いですな。周辺国の度肝を抜いてやりましょう」
宣伝卿がにやりと笑った。
「一気に攻め落とせば、誰も文句を言う暇もないでしょうな」
民部卿がぼそりと呟く。
空気を引き締めるように、オレは声を張り上げた。
「内乱誘発には宣伝省と情報省で当たれ。兵部省は兵器と部隊の確認、平民兵士の受け入れ準備。民部省は大動員令に先駆けて、戸籍の徹底と招集令の準備」
空気が緊張ではりつめる。
それぞれが必要事項を頭に叩き込むように、オレを注視していた。
「これは極秘事項だ。外に漏れれば、全てが無駄になる」
緊張した面持ちで、それぞれが頷いた。
賽は投げられた。
周辺諸国全てを手に入れられるか――それとも、全てを失うか。
停滞による安定など、オレは求めていない。
さあ、背徳者のオレに神が微笑むかどうか……確かめてみようではないか。




