教皇庁の膿
軍団長らの反乱は、事前に潰すことができた。
空席となった軍団長の地位には、兵部卿が示してきた者たちを新たに据え、一応の終息を見た。
しかし、教皇庁という存在が気にかかる。
貴族と結託し、こちらに揺さぶりをかけてくるとは。
教皇庁について、オレはこれまではそれほど意識してこなかったが……。
今回は事前に芽を摘んだが、また同じようなことになりかねない。
それは、国外に目を向けようとしているオレにとっては厄介だ。
執務室の椅子に腰掛けたまま、葉巻の箱に手を伸ばす。
吸い口を切り落とし、火をつけた。
火を近づけた部分がじわりと赤みを帯び、やがて細く煙が立ち上ってゆく。
椅子に深く腰掛け直すと、オレはそれをゆっくりと吸い込んだ。
葉巻の香りが鼻腔をくすぐり、やがて体内をゆっくりと巡ってゆくのが感じられる。
さて……。
思案しているところに、情報卿の来訪を告げる声がした。
「入れ」
扉が開き、情報卿が一礼して入ってきた。
「教皇庁の件、調べてまいりました」
話が長くなりそうなので、情報卿に椅子を勧める。
「は。すでにご存じのこともあるかもしれませんが……」
「よい。最初から始めてくれ」
頷いた情報卿は居住まいを正して説明を始める。
「教皇庁は、教皇を頂点とした宗教集団です。この国を含めた周辺諸国一帯に末端の教会がいくつも存在し、その影響力は大きいと言えます。教皇の下にあたるのが、枢機卿と呼ばれる者たちです。教皇は一人ですが、枢機卿は現在百五十名います。枢機卿の任命は教皇が行い、教皇は枢機卿の中から選出される仕組みになっています」
「では、互いが任命しない限り、その地位につけぬというわけだな」
「そうですね。もともとは清廉な関係だったようですが、今は教皇庁もかなり腐敗が進んでいるようです」
「ほう」
「教皇は自分に都合の良い者を枢機卿に選び、自分の勢力を強めようとしています。ですが、枢機卿内にも派閥があり、現教皇に加担する者と反駁する枢機卿の派閥もあるようです」
「現教皇に任じられた枢機卿は味方につくが、そうでない者もいるということか」
「そうです。基本的に、教皇自身は枢機卿たちの推薦を受けて就任していますが、現教皇は枢機卿たちに賄賂をつかませたという噂があります。教皇着任後も、現教皇の悪評はかなり耳に入ってきています」
なるほど。
清廉潔白な聖職者なら付け入ることも難しいが……。
欲深い人物ならばむしろ扱いやすいかもしれない。
「教皇庁は信者らの寄付によってかなり豊富な資金を有しており、枢機卿の有力者たちは私兵もかなり保有しております」
「なるほど。やはり手を打っておかねば、厄介なことになりそうだな」
「教皇は手勢が欲しいようです。教皇庁内では、かなりの勢力が敵に回っていますから。貴族と結託したのもその辺りに理由があるようですね」
「ふうむ」
枢機卿に手をまわすか、教皇に手をまわすか。
やはり、教皇に接近したほうが早いだろうか。
「教皇に接触を図るか」
「は……」
「その手ごたえ次第では、中に入り込めるかもしれん」
教皇が手駒を必要としているのなら、あえて手駒になってやるのも一つの手だ。
「間諜を送りますか」
「いや、教皇にオレを枢機卿にするように働きかける」
オレの言葉に情報卿は珍しく狼狽した。
「し、しかし……。枢機卿とは本来、司教から選ばれるものです。信徒ですらない殿下となると……」
「熱心な信徒など、噂さえあればよい。司教の地位など教会から買えばよかろう」
「はあ……」
「もうよい。この件については、治部省、宣伝省、情報省で事に当たる。閣議の手配をしておけ」
情報卿を下がらせ、オレは再び葉巻に手を伸ばした。
やってみる価値はあるだろう。
教皇が取り込めず、枢機卿が無理ならば、教皇庁を抱き込むか……潰すか、だ。
だが、兵力を割かずになんとかなるなら、その方が良い。
さて、教皇がどう出るか――お楽しみといこうか。
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