玉座の先
修正版です。
内乱――宣伝卿は「愚王の乱」と名付けているようだが――は長期ではなかったため、国民にはほとんど打撃はなかった。
しかし、国王軍はかなりの痛手を負い、事実上の主を失った。
また大公軍においても、無傷ではなく、かなりの死傷者が出ていた。
このまま国王軍の援軍として来た周辺国の連合軍が、理由をつけて国内に進駐すれば、情勢はまた大きく変わっていたかもしれない。
しかし、軽い気持ちで援軍を送ってきた周辺諸国にとって、オレの軍隊は未知のものだった。
戦中の軽い脅しに従ったのも、おそらくは未知の者に対する恐怖があったからだろう。
もちろんそれは計算の上での脅迫だったのだが……。
もしも彼ら連合軍が実情を知っていれば、間違いなくこの国は乗っ取られていた。
そういう意味では、少々きわどい駆け引きだったと言える。
国民にとっての大きな変化は、内乱ではなく、そのあとの改革が大きい。
国王に裏切られた国民たちの目をそらし、扇動していくのには、やはり宣伝省の役割が大きかった。
「これも立派な作りですなあ……」
豪奢な椅子と机をうっとりと眺める宣伝卿。
物欲あふれるこの俗物は、宗教者といわれなければ、欲深い商人の様だ。
「このような品々も売り払ってしまってよろしいので」
部下に必要なことを書きとらせながら、大蔵卿が畏まって尋ねる。
「役所に贅沢な寝室は必要ないからな。机と椅子の類は使えるだろう。早い方がいいが、急ぐな。商人どもに足元を見られるからな」
「はい。適正な価格で売れるよう善処いたします」
それでなくても軍事費がかさんでいる。
売れるものは売り、使えるものは使う。
大蔵卿の頭の中は、既に今年の予算のことでいっぱいだろう。
宣伝卿はまだ、家具の品定めをしている。
「そう言えば、貴族の屋敷も随分空き家が出ましたなあ。余るような屋敷がありましたら、住んでみたいものですな」
「かまわんが」
「は……よろしいので」
許可が出るとは思っていなかったらしい。
満面の笑みでこちらを見た宣伝卿に、さらに一言付け加える。
「金は大蔵省のほうに払っておけよ」
「は……金をとるんで……」
「当り前だろう。国の資産だからな」
さもありなんと隣で大蔵卿も頷いている。
すっかり舞い上がった気分は、地に落ちたらしい。
名残惜しそうに部屋を見渡す宣伝卿を連れて、玉座の間に向かった。
天井は高く、上から大きなシャンデリアがつりさげられている。
壁には、細やかな絵の装飾を施された大きな布制の壁かけが飾られ、玉座の両側を立派な燭台が彩っていた。
そのうち宣伝卿が玉座に頬ずりするのではないかと見ていたが、さすがにそれはしなかった。
「後片付けがすんだら、ここに本拠地を移すぞ」
「は……。これまた立派な玉座ですなあ……」
「これも使えるだろう」
「は・・・こちらは使われるんで」
「接見の間として、使えばよかろう」
「今の役所もようやく居心地がよくなってきたところですが……」
「仕方あるまい。名目上にしろ、王を立てているからな」
「ああそうそう。王で思い出しましたが、御璽が見つかりましたぞ」
そう言って、宣伝卿は懐から金の御璽を取りだした。
「御璽をそれほど軽々しく扱えるのは、お前ぐらいのものだろうな」
思わず苦笑する。
「大公殿下ほどではございませんて。わしはそんなに思い切りよく、この宮殿にある豪華な品々を売っぱらうなんて、到底できませんからな」
「これで、この国全てが思いのままになるというわけだ」
オレは宣伝卿から御璽を受け取った。
「我々を貶めた王は死に、国は大公殿下のものとなりました。お次はもう考えておいでなのでしょうな」
「もちろんだ。王など踏み台にすぎぬ。この国の周囲には、まだまだ収められる土地があるではないか」
オレの返答に宣伝卿は目を細めた。
「やはりそうでしたか。いやはや……。わしも母国では教祖として好き放題したものでしたが……大公殿下の野心には到底及びませんな」
「根本が違うだろう。お前は自分の快楽のために人を集めた。だが、オレは自分の野望のために国を治める」
「なるほど……。まだまだ退屈しそうにないですな」
そう、これはまだほんの始まりにすぎない。




