大蔵卿
追加版です。
太政大臣の抑揚のない言葉を聞きながら、大蔵卿は内心、頭を抱えていた。
簡素な室内。
太政大臣の言葉が、大蔵卿の頭の上を静かに流れて行く。
「……以上だ」
ようやく途切れた太政大臣の言葉の後に、大蔵卿のため息をひとつ。
「……それは必要経費なのですかね」
絞り出すように言った大蔵卿の言葉に、容赦ない返事が返ってくる。
「もちろんだ。今まで何を聞いていたんだ」
――どうかしている。
大蔵卿はそう思わずにはいられなかった。
商業は一段と伸び、農業分野の開発も著しい。
人口も増え、税収も増えている一方なので、通常通りの出費ならば収支は問題なく黒字になるはずなのだ。
「臨時、臨時と……。これだけ臨時に出費されては、もはや臨時とは呼べません。立派な経費です」
「ならば、それでもかまわない。とにかく、軍備はまだ十分ではない。他国と渡り合うには、まだまだ投資が必要なのだ」
これだけ軍事費に予算を回していれば、兵部卿もさぞご機嫌なことだろう。
頭の中に、眼光鋭い兵部卿が口をゆがめてにやりと笑う様が浮かんだ。
王を下し、国内はようやく大公の元、ひとつに統一されたというのに。
この上まだ他国にも手を伸ばそうというのか。
――まったく、どうかしている。
大蔵卿の心を読んだかのように、太政大臣が冷やかに言い放つ。
「大公殿下は先々を見据え、この国をさらに豊かにするべく御尽力されている。大蔵省は、それを足元から支えているのだ」
そんなことは大蔵卿もわかっている。
わかってはいるが、無い袖は振れないのだ。
……振れないが、なんとしてでも振れるようにしなければならない。
最近の省内会議の内容はいつも同じ。
どうやって予算を捻出するか、だ。
「では、頼んだぞ」
そう言って部屋を出て行こうとする太政大臣を引き留めようと、大蔵卿は手をあげかけたが、あげかけた手は静かにまた元の位置に戻った。
何を言ったところで無駄なのだ。
どうしても捻出できなければ、閣議の際にまた閣僚たちの知恵を借りなければならない。
しかし、できることならそれは避けたかった。
そんなことばかりしていては、大蔵卿は無能だと証明するようなものだからだ。
太政大臣の足音が遠ざかる。
抑揚のない太政大臣にぴったりの、無機質な足音だ。
それが聞こえなくなったのを確認して、大蔵卿は部下を呼びつけた。
「会議を開くぞ。議題はいつもと同じだ」
そう言われた部下が情けない顔をする。
太政大臣の前では、自分も同じような表情をしていたのに違いない。
気持ちは同じなのだ。
しかし、どうにかしなければ大蔵省としての立場がない。
「さっさと行け。会議が始まるまでに、知恵を絞っておくように伝えろ」
指示を受けた部下は、足早に部屋を後にする。
今日もなかなか帰れそうにない……と、大蔵卿は半ばあきらめたように思ったのだった。




