戦の前触れ
修正第2版です。
牢獄での日々は相変わらず、鍛練で始まり、鍛錬で終わっていた。
異能の力を強化することに始まり、精神疲労を感じれば、狭い空間でできる、体が鈍らない程度の肉体的な鍛錬に切り替えた。
異能の力を使っている間も身体的な疲労はもちろんあるのだが、それでは、筋力が落ちる一方だからだ。
時折、物知りな隣の独房の男と話したりすることもある。
情報を得るという目的もあったが、さすがに日がな一日誰とも会話しないでいると、自分の声すら忘れそうになるからだ。
それは相手も同じようなものだろう。
そんな日々を送る中、ほどなくして、長年戦場を共にした部下からの返答が届いた。
彼らはついに敗戦の日を迎えていた。
かつてはオレもその場でその時間を共に過ごしたのだが、それはもはや遠い日の出来事のように感じられる。
姿を消したオレの呼びかけに対し、部下の中には半信半疑の者もいたようだが、返書を書いた補佐官がうまく皆をまとめてくれたようだ。
返書には、オレ直下の軍隊、ほぼ全てが敵国に捕虜として捕らわれるより、こちらの世界に渡ってくることに同意した……とある。
当初、爆破命令を出した弾薬も、まだ全て実行に移されていない。
実際に稼働可能な兵力と残った兵器、弾薬の詳細な情報も返書には記載されていた。
大きな兵器を通すだけの空間を広げることは、今のオレの力では、まだ不可能だ。
だが、それ以外の物は全て運搬可能だろう。
この作戦を練るにあたり、オレはこの国……この国の王が支配する国土を、異能の力によって見て回った。
最初、国王の姿を目にした時も奇妙な装束だと思ったが、この国の文明水準自体もオレのいた母国よりはるかに遅れていた。
実用性よりも未だ、体裁や身分が重んじられる世界。
ざっとみただけだが、大きな兵器がなくとも、十分有利に戦えると確信できる水準だった。
それに、我々にはもう、引き返す場所などないのだ。
まずは、この国に拠点を築く。
その候補地として選んだのが、この国の最果ての地だ。
その地はまだ内乱状態にあり、統治が完全ではない。
混乱状態にあるこの地をまず制圧し、まるで国王の軍隊であるかのようにふるまうことで、王国内に不審がられることなく、領地を得る作戦だ。
どちらにしろ、国王がこの地を訪れることはないだろう。
王がいる王都からはかなり離れており、長年の内乱に国王も嫌気がさしていると聞いた。
オレはこの最果ての地を詳細に調べあげ、オレの軍隊が駐留することができる場所を探した。
まずは軍隊を移送し、武器を全て運ばせることから始めなければならない。
然るべき駐留場所を確保し、休息をとらせた後、軍隊を展開し、一気に攻め落とす。
返書が届いてから作戦を実行するまで、それほど日数はたっていなかったが、オレにとっては何日も経過したようにも感じられた。
それは、待ちに待った瞬間だったからだ。
約束した刻限より少し早く、オレは母国へとつながる空間を開いた。
精神を研ぎ澄まし、壁に集中する。
最初はぼんやりとした景色が、次第に広がり、見慣れた懐かしい地面が見える。
軍隊は指示した通りの場所に、整然と隊列を組んで待機していた。
補佐官はきっちりと仕事をしてくれたようだ。
自然と笑みがこぼれた。
実際に音は聞こえないが、心地よい軍足の音までが聞こえてくるようだった。
壁に広がった異空間を、さらに、大きく広げ、人が通れる大きさにまで一気に拡大する。
そして、それを維持しながら、反対の壁にもうひとつ。
この王国の最果ての地を映し出す。
この二つの空間をつなぎわせるのだ。
そうすることで、部隊はほんの少しの行軍であの最果ての地へと降り立つことができるというわけだ。
かつて、猫が異国から異国へと、気づかずに渡っていったように。
だが、今回はあの時とは開いている空間の大きさが格段に違う。
心臓の鼓動が次第に強く早く打ち始め、額に血管が浮き出るのがわかった。
二つの異空間をつなげる試みは何度も行ったが、さすがにこの大きさは体への負担が大きい。
「だが、やるだけの価値はあるさ」
そう自嘲気味につぶやき、オレは再び歯を食いしばった。
そして、オレはついに、ふたつの空間をひとつにつなぎ合わせることに成功した。