情報卿
追加版です。
次々と領土を広げていく大公領内にあっては、情報省の仕事も多い。
過日の国王との戦い前には、噂の流布や賭博の管理なども情報省が行った。
また平素においても、各地に送り込まれた者たちから様々な情報が届く。
その情報を取りまとめているのが、情報省の情報卿である。
牢獄ではひたすら自らの筋力を鍛えることぐらいしかすることがなかったが、ここでは仕事が山積している。
「失礼します」
そう言って執務室に入ってきたのは、事務官の青年だった。
手には羊皮紙の束。
「新しい報告書です」
そう言って、羊皮紙の束を机に置く。
それで立ち去るのかと思われたが、何か言いたげに待っているので、情報卿は仕方なく書類から目をあげた。
「他にも何か」
臆病な者ならこれで黙り込んでしまうのだが、彼はそういった類の人間ではない。
そこが気に入っているといえば気に入っているのだが、鬱陶しく思えることも多い。
「大蔵省の女の子に手を出しましたね」
話が予想外の方向に飛んだので、思わず眉をあげる。
「言葉の使い方を間違っているぞ。女の子じゃない。ちゃんとした大人の女性だ」
「そんな言葉に騙されませんよ。大蔵省だけでなく、情報省にまでその噂が届いてますよ」
青年は呆れたように言う。
そんなことをわざわざ言いにきたのかと、情報卿はうんざりした顔をした。
そもそも、彼は女性関係の話を自分から口外したことはない。
だとすると、おしゃべりなのは女性の方だろう。
「別にやましいことなどない。ちゃんとした付き合いだし、丁重に扱ったさ。私の前では慎ましい女性だったんだ。まさかそんなおしゃべりだとは思わなかった」
それは事実だ。
女性はおとなしく、慎ましやかにふるまっていた。
「好きな男の前で猫をかぶってただけですよ、全く。先週までは違う女性だったじゃないですか」
やや憤慨しているところを見ると、彼はまだ女性を知らないのかもしれない。
「君に女性問題を糾弾される覚えはない。……もうちょっと言葉に気を付けたまえ」
「ぼくは農民出身ですからね。言葉を知らないんです」
開き直ったように言いながらも、青年は少し怯んでいた。
表面上は出自に関係なく平等に扱われようになっても、精神的な階級意識は根強い。
「家族はまだ農業を続けているのか」
「え……ああ、もちろんです。父親は、ぼくが跡を継ぐものだと思ってたみたいですけど。今は弟が頑張ってくれています」
青年の心は一時、故郷に残してきた家族のところに飛んでいたのだろう。
申し訳なさそうな表情だった。
「そうか」
「……話題を変えようったって、だめですよ」
はたと気がついて、青年が睨みつけてくる。
「そんなつもりはない」
そもそもなぜ私が怒られなくてはならないのか。
「仮にも情報卿なんですから。そういう風に身を捧げてくる女性の中に、他国と通じた人間がこっそり混じっていたらどうするんです」
「私もそこまで愚かじゃない。わきまえるべきはわきまえてるよ」
「そのうち、情報卿の複製縮小版みたいな子どもが情報省内にあふれてる……なんてことにならないようにしてくださいよ」
……なんて気持ちの悪いことを言うんだ。
どういう発想をしたら、こういう発言になるのか。
もはや彼は情報卿の想像を超えている。
「気分が悪くなってきた。そろそろこの書類を持って、退散してくれ」
情報卿はそう言って、頭を押さえながら必要な書類を渡した。
「どこか具合が悪いんですか。医務局に行かれたほうがいいんじゃないですか」
どこまでが本気で、どこまでが嫌味なのだろうか……。
「仕事が一段落したら、行ってみるよ」
それでも青年事務官は心配そうな顔をしながら、部屋を退室した。
周囲からは一目置かれ、女性からは熱い視線を投げかけられている情報卿だが、あの青年事務官だけには敵わないと認めざるをえなかった。




