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大公  作者: ヨクイ
第3章 閑話
38/80

民部卿

追加版です。

 民部省の予算の割り当ては、かなり厳しい。

 予算の大部分が兵部省の軍備増強に消えていくというのに、民部省には予算がほとんど回ってこない。

 国内の酪農業発展のための改革推進に貢献している、重要な部署なのだが、大公が領土拡大に重点を置いているため、いつも予算不足に苦しんでいる。

 その民部省を束ねる民部卿は、浅黒い肌に口髭をはやし、年の割にがっちりした体躯の、壮年の男だった。

 一見、大公と似通ったところも多いのだが、雰囲気があまりに生反対なので、比較されることは少ない。

 大公は見るからに眼光鋭く、獲物を狙う蛇のような、狼のような、底知れぬ深い怖さが感じられる。

 一方、民部卿は、その豪快さと人好きのする笑みで、周りからも慕われていた。

「兵部省に話は通したか」

 よく通る低い声で、民部卿が部下に声をかける。

 とにかく民部省には予算がない。

 技術普及や農業支援のための予算は削りたくないが故に、その他のところではなるべく予算がかからないように工夫しなければならなかった。

「こちらの橋の修復のほうはなんとか許可をもらいましたが、農道の整備にまで人員は避けないと……」

 部下が最後まで言い終わる前に、民部卿は声を荒げた。

「くそったれめ。農業を推進せんと、国は豊かにならん。どんパチやってる足元を誰が支えとるのかわかってるのか」

「……はい。いろいろ言葉を尽くしたのですが、あちらも実践訓練続きで、あまり多くの人員は避けないと言い張るので」

 憤慨する民部卿はなかなか迫力があるのだが、部下はその様子にも慣れているので、臆することはない。

「ったく、どいつもこいつも……。その書類をよこせ。俺が直談判してやる。ついてこい」

「はっ」

 のしのしと足音も荒く、民部卿は兵部省へ乗り込んだ。

「おう。兵部卿はいるか。兵部卿に話がある」

 大きな声で呼ばわりながら、民部卿は兵部卿の執務室を目指した。

 周りの役人たちがざわざわと道をあける中を遠慮することもなく、民部卿とその部下は進んだ。

「しょ、少々お待ちください」

 そういう役人を押しのけて、部屋に突入する。

「兵部卿はいるか」

 大きな声で呼ばわったので、さすがに彼の耳にも届いているだろうと思ったが、案の定、兵部卿は部下の話を切り上げ、驚いた様子も見せずに、立ち上がった。

「これは民部卿。わざわざご足労いただくとは」

 そう言って、民部卿に椅子を勧める。

 勧められるまま、どっかりと民部卿は腰かけた。

 その背後に部下が従う。

「橋の修復と農道の話は聞いたか」

「ああ……。どうだったかな。こちらもそれどころではないものでね」

 一見、親子といっても言いような、同じような雰囲気を醸し出す二人を、部下たちが脇に控えながら興味深げに見ていた。

「橋の修復と農道の整備は急務だ。おまけにこっちには予算がまわってこん」

「お言葉ですが、橋の修復や農道整備は本来は民部省の管轄でしょう。確かに我々には他省より多く予算はついてますが、軍備には多大な予算がかかる。我々もぎりぎりのところでやってるんですよ」

 眉をひそめながら兵部卿が言った。

「そんなこたぁわかってる。だからこうしてわざわざ足を運んで頼みに来てるんじゃねえか。てめえらが戦争準備に明け暮れてられるのは、民衆が足元から支えてくれているからだろうが。その民衆が食うもんを誰が作ってるんだ。兵士だって同じだろうが。農民が作物を大量に供給するようになってきたから、大きな軍隊も養えるんだろうが。訓練訓練といっても全部隊が出るものばかりではあるまい。工兵部隊か輜重部隊か……そこらへんを貸し出してくれればいいんだ。戦場で橋の修復や道の補修をする訓練になるだろうが。全く関係ないとは言わせんぞ」

 熱弁をふるわれて、兵部卿は肩をすくめた。

 民部卿のやり方は強引だが、言っていることは外れてはいない。

 下から上がってきた話ならば知らないふりもできたが、こうやって直談判に来られては、兵部卿も受けざるを得なかった。

「わかりましたよ。ただし、多くは出せない。日程もこちらに準じていただくことになるが」

「それでかまわん。あいてる時間にちょちょいとやってくれりゃあいい」

 わざわざ直談判に来ておきながら、そんなに簡単な話でもないだろうと兵部卿は思ったが、顔には出さなかった。

「おう、ちゃんと控えておけよ」

 民部卿に突然指を差されて指名された兵部卿の部下は、慌てて羊皮紙に小さく筆を走らせた。

「これでご満足ですか」

 やや疲れたように言う兵部卿に頓着せず、民部卿はがっはっはと笑った。

「おう、邪魔したな」

 そう言うと、また民部卿は嵐のように去って行った。

「いらん仕事が増えたな……」

 そう呟く兵部卿の声は、そばにいた部下にしか届いていなかった。






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