宣伝卿
追加版です。
部下が読み上げる細かい数値を聞きながら、宣伝卿は腕組みをしたままあくびをかみ殺した。
宣伝卿があくびをかみ殺すたびに、居並ぶ他の部下たちがちらちらと視線をよこす。
「……何か質問はございますでしょうか」
数値を読み終えた部下が顔をあげ、宣伝卿のほうを見た。
あくびをかみ殺したせいで赤くなった目をおもむろに閉じ、宣伝卿はさも重大そうに頷く。
「よかろう」
部下は困惑した。
質問はないかと聞いたはずなのに、よかろう、とはどういう意味なのだろうかと。
「あのう……」
「よかろう」
また宣伝卿がそう言ったので、部下は周囲の同僚たちに目配せをした。
同僚たちは小さく頷いている。
「で……では、私からは以上です」
戸惑いながらもそう言って、彼は所在なさ気に席に着いた。
「ええ、では次は……」
議事進行役の男がそう言いかけた時、宣伝卿が急にむっくりと姿勢をおこして手をあげた。
「ちょっと席を外すぞ」
周囲の者たちは突然のことに、驚いて「はあ」と間抜けな声をだす。
「進めておけ。すぐ戻る」
「ですが……」
肝心の宣伝卿がいないと……と部下の一人が言葉を続ける前に、宣伝卿は席を立ってしまった。
部屋を出た宣伝卿は、回廊を抜け、外の風に当たった。
周囲の部下たちは何事かと宣伝卿の後ろ姿に目をやりながらも、遠巻きに通り過ぎていく。
「面倒だな……」
そう呟いて、庭園に置かれた大きな石に腰を下ろす。
彼は元の世界・・・牢獄に入れられる前の世界では、教祖だった。
それなりに多くの信者から信奉されていた。
時代の流れもあったのだろうが、彼が組織する教団は大きなものだった。
教祖だった頃は自分がいちばん偉かったので、いちいち上に報告などという面倒がなかった。
しかし、ここでは大公に状況報告をあげなければならない。
それさえなければ、彼は結構今の自分の立場が気に入っていた。
大公は面白い人物だ。
あふれんばかりの野心があり、慈悲はないが、それを演出するだけの頭はある。
勇猛で残酷だと感じることもあるが、多くの人間をまとめあげるだけの懐の深さもある。
野心は誰よりも強いのに、突然全てを投げ出してもいいというような意外性も持っている。
面白いじゃないか。
宣伝卿は、彼がどこまで行くのか見るのも悪くないと思っていた。
旗色が悪くなった暁には、この国まるごと乗っ取ってもいい。
だが、今しばらく、あの牢獄で飢えた狼のような目をしていた男が、どこまでのぼり詰めるのかを間近で眺めていよう……そう決めていた。
「こんなところにいたのか」
意外な声に宣伝卿が振り仰ぐと、そこには高くそびえたった太政大臣が立っていた。
「……首が痛いな」
ぼそりと呟いた宣伝卿の一言を無視して、太政大臣は容赦なく口を開いた。
「もう既に期日がきているはずの報告書が上がってない。即刻出していただこう」
嫌な一言を聞いて、宣伝卿はむしろ、遠くに思いをはせるように呟いた。
「部下に言っておいたんだがな……」
「無いものは、ない。早々に提出するんだな」
「わかったよ。部下に言っとく」
宣伝卿は、その期日がきているはずの報告書とやらが、自分の手元にあるどの書類だったかなと思いやった。
しかし、思い当たらないので、思いだすことをやめた。
「報告書となると渋るな、宣伝卿。他と違って、宣伝省は今のところ大きな問題は抱えていないはずだ」
「さあて。部下を待たしとるんだ。そろそろ会議に戻ってやらんと」
よっこらせと腰をあげた宣伝卿は、頭をぼりぼり掻いた。
「まあ、悪いようにはせんよ」
そう言いながら、冷たい視線をよこす太政大臣をかわして、反対方向に歩き出す。
「会議室はそっちじゃないだろう」
背後から投げかけられた指摘に、軽やかに右手を振って応える。
「神様がお呼びなんだよ」
宣伝卿のその一言には、もはや何も返事は返ってこなかった。




