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大公  作者: ヨクイ
第3章 閑話
36/80

太政大臣

追加版です。

 雨か……。


 ふと書類から目を挙げた太政大臣は、いつの間にか降り出した雨にようやく気がついた。

 この時間にしては、空はいつになく暗い。

 雨脚が強くなるかもしれないなと頭の片隅でぼんやりと思った。

「降ってきましたな」

 書類を手にした参議が、すぐそばで立っていた。

「ああ。最近は雨が少なかった。農地にはいい恵みになるだろう」

 そう答えてから、太政大臣はふと、自分はいつからこんな考え方をするようになったのだろうと思った。

 同じ軍隊の中で、大公の補佐官として長く働いてきたが、軍人だった頃はこんな考え方をするような人間ではなかった。

 戦争、戦術、兵器。

 かつては、そんなことばかりが頭を占めていた。

 将軍の指示に添うよう、結果を出せるよう、頭を絞っていただけだった。

 それが、今や農地のことまで心に留めるようになっているとは。

 我ながらお笑い草だ。

「少し休まれたほうがいいのでは」

 部下ではあるが、自分よりも年上の参議にそんなことを言われるとは思わず、太政大臣は思わず彼の顔を見返した。

 この壮年の参議とも母国の軍隊時代からの長い付き合いになる。

 自分が補佐官で、壮年の参議は幕僚の一人だった。

 まさかこんな形で、共に国政に関わることになるとは。

「人手が足りんな」

 太政大臣は参議に語りかけるでもなく、呟いた。

「全くです。急激に扱う国土が広がったんで、どこの部署でも悲鳴があがっておりますな」

 人手が足りないというのはどこの部署も同じだった。

 兵士もたりないが、使える役人や高官の数も圧倒的に不足している。

 次々と優秀な人材が登用されていってはいるが、慣れるまでにも時間がかかる。

「民部卿、宣伝卿などはうまく立ち回っているようだが」

 太政大臣の一言に参議は苦笑した。

「灰汁の強いお二人ですな。民部卿は各省と渡り合って、うまくやっているようですな。宣伝卿は……」

「あれは部下が優秀なのだろう」

 ばっさりと言い切った太政大臣に、参議は笑いをこらえた。

 太政大臣は宣伝卿とそりが合わないのだ。

 太政大臣はかつて宣伝卿のことを、「なくてもいいが、とりあえずおいて おけば役に立つかもしれない頭」とまで言いきっていた。

 だが、大公は宣伝卿のことを意外と気に入って使っているようだ。

 そういうところが、太政大臣と大公の”差”なのかもしれなかった。

 太政大臣にはないものを、大公は持っている。

 それは懐の深さというものなのかもしれないし、器の大きさの違いなのかもしれない。

 だが、大公は必要のないものはあっさりと切って捨てる。

 太政大臣は自分が優秀な人間のうちの一人であることを自負しているが、優秀なだけの人間ではないのが、大公であった。

 自分には大公にとってかわるだけのもの――具体的にそれが何かはわからないが――それがない。

 それが彼が大公につき従う理由のひとつだった。

「軍隊時代であれば、有無を言わさず命令できたものを。それができないのが残念だ」

 宣伝卿の呑気な髭面を思い浮かべながら、太政大臣が言った。

「そういえば、まだ宣伝省から報告書がいくつかきてませんね」

「書類はできているが、宣伝卿の認可がおりていないだけだろう。いっそ、頭をどけた方が風通しがよくなるのだが」

「大公殿下と太政大臣はそのようなところが、似ておられますな」

参議の言葉に、太政大臣は意外そうな顔をした。

「そうでもないだろう。大公殿下は宣伝卿を活用しているが、私には無理だな」

「十分うまくやっておられますよ」

 朗らかに立ち去る参議の後ろ姿を見ながら、太政大臣はまだあまり納得がいっていなかった。

 軍人としての一面なら大公と共通する部分も多いが、政を行う人間としては、自分はまだまだだ。

 軍隊時代から変わらないことがある。

 それは、大公がいつも自分の一歩も二歩も先を歩いている、ということだった。



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