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大公  作者: ヨクイ
第2章 反逆の狼煙
32/80

国土の主

修正版です。

 乳白色の回廊を抜け、金で縁取られた扉をあけると、そこには豪奢な閣議の間がある。

 壁には金色の美しい装飾が施され、中央には細やかな刺繍の施された布で覆われた長机が置かれている。

 王の到着を待ちながら、閣議の間に集った王国の重臣たちは落ち着かないように雑談を始めた。

「聞きましたか。陛下がお気に入りで囲っていた異国の者が何者かに殺されたという……」

 うわさ好きの大臣が話し始めると、皆の視線が彼にどっと集まった。

「噂は本当だったのですか。そもそもそのような怪しげな者たちの存在自体も、我々は正式に聞かされておりませんのに」

 不満げに語る、名門出の若い貴族に別の重臣が頷く。

「そもそもあれは、陛下のお遊びなのだ。薄気味悪い魔術師と懇意になられてから、陛下はその魔術師の意見ばかりをお聞きいれになる」

「私は、大公様と陛下が戦ったらどちらが勝つかなどという、奇妙な賭けごとが流行っているという噂を聞きましたぞ」

 耳聡い貴族の言葉に、初耳だという顔をする者と、知っているぞとばかりに頷く者。

「内紛を誘うようなことは避けねばならない」

 したり顔で言う政策通の重臣の言葉には、ほとんどの者が不満顔を向けた。

「そもそも、陛下が一部の連中の直訴を聞かず、大公様に戦をしかけることを黙認した件はどうなる。土地持ちの貴族が多かったというが、情け容赦のない大公様は彼らを返り討ちにしたどころか、領土ごと全て召し上げてしまい、大公様だけがますます領土を広げることになってしまった」

「そのようなことがあったからこそ、大公様と陛下が戦うのではなどという噂が立つのだ」

 彼らの話はだんだん熱くなっていく。

「私はあのような形で大公様が領土を召し上げることは、そもそも筋違いだと思いますぞ。本来は王国の領土。領主が空席とならば、陛下にお返しするのが筋でしょう」

「いや、私が思うに、あの大公を名のっている男自体が胡散臭いのだ」

 大胆な一言に、周囲を窺うように目くばせした者もいたが、言った重臣は熱くなっていて、自分の言った発言の重大さに気づいていない。

「・・・噂では、あれも異国の者ではないのかという話があるが」

 誰かが声を落とすようにして、おずおずと言った。

「奇妙な兵器をどんどん開発し、農地は今まで見たこともないようなやり方で広がっているというし、もはや王国の一部とは思えぬそうな」

「やはり、噂は本当だったのか……」

 それぞれが思案顔になる。

 大公領の急激な変革は、貴族たちにとって脅威だった。

 大公領が広がり始めた初期段階で、その地にいた貴族たちが土地を追われている。

 だからこそ、一部の貴族たちが王に直訴し、大公と戦うまでに至ったわけなのだが……。

「なぜ陛下はあのような者に大公の位を与えたのか……」

 それには一同が黙った。

 大本をたどればそこに行きつく。

 大公が異国の者となれば、魔術師がかかわっているであろうことは想像に難くない。


 そこへ王の到着を告げる声が響いた。

 重臣たちは一斉に口を閉じ、何事もなかったかのようにさっと定位置についた。

 王が厳かに入室する。

 たっぷりと布地を使った豪奢な衣服を纏い、重臣たちを見ることもなく優雅に歩き、自らの豪奢な肘掛椅子に着く。

「陛下。閣議を始める前にお伺いしたいことがございますが、よろしいでしょうか」

 政策通で知られる大臣の一人が口を開いたことに、皆一様に驚いた。

 先ほどまでの雑談では多くを語らなかった彼が、何を言うのかと、そこにいる誰もが耳をそばだてた。

「なんだ、そなたにも意見があるというのか。申してみよ」

 一同にさっと緊張が走る。

 王は機嫌が悪い。

 囲っていた異能者たちの半数以上が殺害されたことに、王は憤慨していた。

 まだ犯人は特定されていないが、異能者たちがいるのは宮廷の敷地内であることから、内部の者の犯行が疑われている。

 一度口に出したものは戻せない。

 唇をやや震わせながら、意を決したように大臣は発言した。

「陛下は、大公殿下のことをどのようにお考えでしょうか」

 大臣の質問に、王はぎろりと眼をむいた。

 大臣たちは縮みあがる。

「まわりくどい言い方だの。はっきりと申したらどうだ」

「は……。大公殿下は軍隊強化に非常に熱心だと聞き及んでおります。大公という地位にありながら、一度も閣議に顔を出しませぬし、これは謀反と解釈してもよろしいのではないでしょうか」

「大公は世に忠誠を誓っておる。歯向うなど、ありえぬわ。あやつを大公の位につけてやったのは、この私だぞ。その気になればいつでも、爵位など剥奪してくれる」

「では、あくまで大公殿下は忠臣であると……」

「この国の領土は本来すべて国家のものである。そなたら貴族は小うるさく騒いでおるが、私の領土を誰が治めるかという瑣末なことで騒いでおるにすぎん。誰が領土を治めようと、同じことだ。大公はそなたらよりも、よほど多く納税しておる」

「では・・・陛下と大公殿下が戦をするなどという噂は……」

「そのようなもの、そなたらのほうが身に覚えがあるのではないか。そなたらが下手に騒ぐから、民もそれに惑わされる。不満がある者は申し出るがよい。己に自信がある者には爵位などいくらでもくれてやるわ」

「陛下、そのような……」

「ええい、そなたらが煩く騒ぎ立てするのには、もううんざりじゃ。不満がある者には爵位を与えて黙らせよ。何のための大臣じゃ。貴族らを統括し、足並みをそろえよ。そなたらの不平不満が国を乱すのじゃ」

 これ以上食い下がっても仕方がないと大臣は諦めた。

「申し訳ございませんでした」

 何を言っても、貴族のせい、大公は所詮領地を預けられたお飾りだと言われれば、これ以上言いようがない。

 追及しても、王の権力を疑うのかと恫喝されるのは、もはや目に見えていた。

 集まった大臣たちも、もはや王はあてにならぬ、自分の身は自分で守らねば……と思い始める。

 我々がしっかりして、この国を大公から守らなければならない。


 この閣議のあと、王の命により、爵位が次々と乱発された。

 これで貴族の掌握を図るという。

 しかし、これを知った一部の貴族たちは、この国家の行く末に益々不安を募らせたのだった。



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