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大公  作者: ヨクイ
第2章 反逆の狼煙
28/80

交渉

修正第2版です。


 大公領土内には、茶の産地が存在する。 

 他国でも茶を生産しているところはあるが、それほど多くはない。

 食糧確保のため、領内を上げて農業を奨励している大公領では、次々と新しい技術が導入され、全体の生産量自体も底上げされている。

 その茶が高騰し始めたのが、半年前。

 他国からの仕入れ分も多少はあったが、絶対数が不足していた。

 やがて彼らは大公領から来る商人たちに不満をぶつけるが、商人たちの主張は決まってこうだった。

「近頃、大公領は人が増えてねえ。領内での消費量も増えたし……。でも一番はね、護衛です。護衛費にお金がかさむんですよ。我々だって盗賊から身を守る権利がある。そうでしょう」

 盗賊といわれては、遊牧民たちも黙るしかない。

 盗賊は、遊牧民たち一族の中にいる人間なのだから。

 しかし、当の盗賊たちはというと、大公領から来る商人という商人全てに、屈強な護衛がついていて何も盗むことができず、手をこまねいていた。


「首尾はどうだ」

 オレは遊牧民対策のため、久しぶりに老議員と面会していた。

 相変わらず足取りは頼りないが、眼光に衰えは見られない。

「大公様が大半を買い上げてくださっているおかげで、順調に高騰しておりますよ。もうここらが潮時でしょう。遊牧民たちからは、かなり不満の声があがっておりますな。泣きつかれると少々辛いものがありますが……。ワシらも長年盗賊どもに泣かされてきたのじゃから、まあ、お互い様ですな」

 老議員は淡々と語った。

「役に立っているようで、何よりだ。相手側から具体的な動きはあったか」

「盗賊たちも躍起になっているようで、少々小競り合いもあったようですな。ああ、被害はありませんでしたがね。優秀な護衛を安価で仲介していただいておりますから、それはもう皆、進んで大公様に協力しておりますよ」

「それは何よりだ」

 のんびりと語る老議員は、そこで一呼吸おき、こちらを見た。

「先日、とうとう族長の方から申し入れがありました」

「来たか」

「このままでは民族自体が成り立たなくなってしまうと泣きつかれましたよ。遠方に移動しようとも、体調を崩す者が多すぎて、それもままならない。なんとか、茶を優先的に譲ってもらうことはできないかと……。大公様に直訴したいそうですよ」

 思惑通りだ。

 あとは彼らが配下に加わるよう、交渉するのみ。

 オレは控えていた治部卿を呼んだ。

「治部卿、遊牧民の方は計画通りに交渉を申し入れてきた。当初の予定通り、取引を開始しろ」

「わかりました。以前ご提示いただいた条件で、早速交渉に入ります」

 治部卿はちらりと老議員に目をやり、頷いた。

「彼らは何か大事な誓約を行う時、神前で誓いを立てる風習がある。もしも違えるようなことがあれば、一族全員で違反者を処刑するという、少々過激な儀式じゃが……。向こうがもし、その儀式を行うことを求めてきたなら、素直に受けられるが良いでしょうそうすることで、彼らは安心して交渉の席に着きましょうから」

 ゆったりと語る老議員の助言に、オレは素直に頷いた。

「それぐらいの譲歩は必要だろう。こちらも条件を違えるつもりはない」

「わかりました。では、そのように調整いたします」

 取引の段取りは治部卿に一任した。

 あとは、族長が交渉に応じるかどうかだ。


 話し合いが何度も行われ、ようやく遊牧民たちは、オレの出した条件を飲んだ。

 いや、飲まざるを得なかったというべきか。

 彼らは茶の供給を断たれ、幼い子供や年老いた者たちのような弱者が先に体調を崩し、移動も叶わない。

 他に大きな産地はなく、彼らのような流れ者に救いの手を差し伸べるような国もない。

 もう選択肢はないのだった。

 最後の契約は、老議員が言った通り、遊牧民たちの希望で、彼らの儀式に則って行われることになった。

 約束の真昼の刻。

 太陽は高く昇り、草原は風に揺れていた。

 遊牧民たちが祭壇を設える場所はいつも同じではないが、そこは数か所あるうちの一つだった。

 粗く削った石が敷かれ、祭壇を作りやすいような石造りの台も置かれている。

 一族の儀式に則ってそこに祭壇が設けられ、その前に小ぶりの椅子が二つ並べられた。

 儀式用に、彼らの伝統的な酒も用意されている。

 族長と軽い挨拶を交わした後、オレは用意された小さな椅子に腰を落とした。

「交渉に応じてくれたことに、まず礼を言おう」

 オレはそう切り出した。

「我々は、あなたたちの馬を操る技術に畏敬の念を持っている。我々の軍はまだ脆弱だ。我々に協力してくれれば、こちらとしてもそれなりの対価をあなたたちに支払う」

 族長はゆったりと構えながらも、その目を細めた。

「具体的には」

「あなた方の兵士を、我々の部隊に組み込みたい」

 予め水面下で交渉内容が決まっていたとはいえ、遊牧民族側に多少の緊張が走った。

「それはつまり、我らは一族を離れ、そなたらの領土で生活するということだな」

 彼らにとって、それは身を切られるようなことなのかもしれない。

 だが、オレも優秀な騎馬隊を得るために、譲歩することはできない。

「そうだな。だが、全ての兵士が我々に協力すれば、あなた方も困るであろう。だが、七割は欲しい」

「我々に対する対価とは」

「兵士として従軍した者には、対等の権利を約束しよう。迫害されることもなく、奴隷として扱われることもない。茶についても、安定的に供給できるよう取り計らおう」

「大量の若者を失えば、我々は民族としての強さを失う」

 族長は苦しげにそう言った。

「一族すべて、我々の庇護下に入ればよい。我々が後ろ盾になろう。そなたらに手出しする者は、大公が敵とみなそう。

希望する者には、兵士でなくとも大公領内で生活する市民権を与えよう」

 オレが提示している内容は、王国の奴隷思想や他国の移民に対する扱いを考えれば、破格の待遇といえる。

「誓約は必ず守られなければならぬぞ。守られていないと、我らが感じたときには、容赦なくあなたの命を頂く」

 族長のその一言は、承諾の言葉だった。

 儀式に従い、祭壇に祈りを捧げ、神に誓約を告げる。

 そして、誓いの酒を酌み交わした。

 こうして、遊牧民族は諸共、オレの庇護下に入ることとなったのだった。

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