虚構
修正版です。
広大な敷地に大きな舞台が設置された。
急ごしらえだが、三個中隊ぐらいは上がれそうなぐらいの広さがある。
その広い舞台の周囲を警備と演出を兼ねた親衛隊がぐるりと取り囲み、周囲に鋭い眼光を放っている。
日暮れ前の空が見事な色の層を作り、太陽は低く大地を照らしていた。
舞台上には、松明が煌々と燃えている。
これから壮大な虚構が始まる。
オレは善人ではない。
善人だと吹聴したこともないし、そうであろうと努めたこともない。
しかし、今回だけは違う。
民衆にとってオレは、国を憂う、善良で強い頭領でなくてはならない。
これからオレが領内全域に対して行う演説の内容は、全て頭に入っている。
さあ、開幕だ。
親衛隊を除いたほとんどの兵士や民衆は、オレの顔すら知らない。
広場を埋め尽くす人の波を見渡しながら、一呼吸。
静かにだが、力強く語りかける。
「太古の昔、この地にいた民はひとつだった。
神々が作りしこの地で、我らの祖先は田を耕し、子を育み、自然と闘い、繁栄を築いた。
しかし、いつしか人は瑣末な土地や食べ物を奪い合うようになった。
なぜか。
そこには優秀な統治者と豊富な土地、食物がなかったからだ。
人々は自らの欲望を満たすために争い、かつてひとつであった民はバラバラになってしまった。
己が信じる者に従い、それぞれが勝手に領土を主張し、少ない食物を奪い合う。
力を持った者が弱き者たちから、誰にはばかることなく、際限のない搾取をし続ける。
いつまでこんなことを続けるのか。
我々は変わらなければならない。
小さな争いに終止符を打ち、民族は再び一つになるのだ。
土地を広げ、より多くの食料が手に入るよう技術を開発し、我々の権利が、我々の家族が、誰かに奪われることがないよう、それを守るための力を手に入れなければならない。
この数年で、この大公領がどれほど変わったかは、皆も知っていることと思う。
農地は劇的に広がり、我々の生活を変える新たな技術が錬金術によって次々と開発された。
何も利益をもたらさず、ただ搾取するだけの怠惰な人間は、我々には必要ない。
農地を持つ者は農地を耕そう。
農地がない者は新たにできた工廠で働き、賃金を得るといい。
子どもは学校で学び、自分に自信のある者は、役人に志願してほしい。
そして兵士はこの領土を、我々から奪おうとする者から全力でこの領土を守りぬくのだ。
その力となりたい者は、いつでも歓迎する。
我々は変わらなければらならない。
今までの争いを水に流し、奪われ、嘆くだけの生活はもう必要ないのだと、高らかに宣言しなければならない。
手をとりあって、新たな世界を築こうではないか。
神より遣わされた、人の子である同朋諸君。
神は、我々が再びこの地でひとつになることを望まれている。
恐れてはならない。
ためらってはならない。
私と共に世界を変えていこう」
拡声器によって伝えられる音声が、遅れて民衆の波に響いていく。
演説に引き込まれ、周囲はこれだけの人がいるとは思えないほどの静寂に包まれてる。
そして、それは一気に爆音のような歓声に変わった。
兵士も、議員も、民衆も、皆がこの演説を真実のものとして受け入れた瞬間だった。
壇上をあとにすると、布教に奔走した宣伝省の大臣の、にんまりした顔が目に入った。
牢獄にいた頃の不潔な容貌では、もはやない。
「閣下、お見事でした」
臣下の礼をとる彼の真意はどこにあるのやら。
それでもオレは当然のように頷き、彼の肩を叩き、労をねぎらう。
「布教の成果、この目で確かめさせてもらったぞ」
「めっそうもない。閣下の人徳でございますよ」
短い言葉を交わして、その場をあとにした。
これで、急激な変革に戸惑い、くすぶっていた不満は沈着するだろう。
軍隊強化のもっともらしい名目も掲示できた。
虚構も信じていれば、いつか真実に変わるかもしれないな。
少なくとも、それを信じた民衆にとっては。




