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大公  作者: ヨクイ
第1章 姿なき主
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主の帰還

修正版です。

 草原の中に続く道を、がらがらと音を立てて馬車は進む。

 オレの目の前には、実務交渉をする役人が二人。

 どちらも貴族だというが、それほど身分の高い者たちではないようだ。

 馬車を操る御者は一人。

 馬車の前後には、護衛と監視の両方の役を得た騎士が各三名。

 合計六名。

 これがこの使者団の構成だ。

 オレは髪も鬚もさっぱりさせて、こちらの世界に来た頃の容貌にすっかり戻っていた。

 自分で自分の容貌に、懐かしさすら覚えた。

 服装だけは、用意された装飾の多い貴族の装いに着替えさせられて、落ち着かないが。

 名目上は大公なのだ。

 長らくオレと狭い空間を共有している貴族たちだが、互いに会話らしき会話はない。

 彼らにとってみれば、オレは形だけの駒。

 オレを矢面に立てて、とにかく大公を表に引きずり出すことが目的なのだ。

「あ、あのう……」

 御者が馬車をとめたので、それに合わせて、前後の騎士たちも馬の脚をとめる。

「なんだ、どうした」

 応えたのは貴族だった。

「ずらっと……軍隊が並んでいるのが見えますが……。このまま進んでよろしいんで」

「なんだと。本当か」

 そう言って、窓からのぞく貴族の目には、それらしき姿が見えなかったようだ。

「おい、そのようなものは見えんが」

「いえ、確かに見えますな。石壁の手前に整列しているのが見えます。ですが、こちらを攻撃する意図ではないでしょう。出迎えのための兵士ではないでしょうか」

 騎士の隊長の言葉を受けて、貴族は眉をひそめた。

「誠か。……ううむ」

 考え込んでしまった貴族の横で、もう一人がため息をついた。

 彼らは最初から貧乏くじを引かされたと思っているからだ。

「進むしかなかろう。とりあえず近くまでゆるゆる進み、攻撃するそぶりを見せたら、即刻逃げるしかない」

「そんなことで間に合うのか。もし、大公とやらに謀反の意志があれば、我らは最初の餌食になるのだぞ」

 言いあう貴族たちは再び黙った。

 二人してオレの方をちらりと見る。

 結局進むしかないのだ。

 ここで引き返し、役目を果たさずに帰れば命令違反になってしまう。

 オレは黙って知らぬふりをしていた。

「行きましょう。どうせ我らは捨て駒なのです」

 貴族たちの小心に苛立つように、騎士が言い放つ。

 彼らの返事を待つことなく、騎士は御者に合図を送った。

 再び馬車ががらがらと動き出す。

 町に近づくに従って、馬車の速度がぐんと落ちた。

 貴族たちの顔はもはや真っ青だ。

 馬車は速度を落としたまま、町中に入った。

 誰もが黙っている。

 街道にずらりと並ぶ兵士たちが次々と敬礼をしていく。

 オレは窓から見えるその光景に、思わず目を細めた。

 よく訓練されている。


 オレの兵士。

 そして、オレの領土。


 どうやらすぐに殺されるようなことはないらしいと分かり、貴族たちは体面を取り繕うように、居住まいを正している。

 まだ居並ぶ兵士に圧倒されているようではあるが。

 馬車は建物の前で止まる。

「お前が先に降りろ」

 貴族の一人がオレに向かって言った。

 どうやらまだ怖いらしい。

 オレは黙って頷き、外から開かれた馬車の扉から、ゆっくり降り立った。

 騎士がこちらに来るのより早く、待ち構えていた幕僚たちがオレを取り囲む。

 広場には親衛隊が整然と並び、見慣れた補佐官の顔が近付いてくる。

「お待ちしておりました」

 親衛隊がこちらに向かって一斉に敬礼する。

 振り返ると、すっかり顔面が蒼白になった貴族二人は騎士に守られながらも、呆気にとられていた。

 そんな二人に向かってオレは声をかけた。

「ご苦労だったな」

 貴族たちはまだ、事態が飲み込めずに茫然としている。

「大公はこのとおり健在である。これからも陛下に従い、この領土を治めていく。謀反する気など毛頭ない故、ご安心召されよと伝えるがよい」

 とうとう貴族たちはぽかんと口を開けた。

「な、なにを言っているのだ貴様……」

 そう言って身を乗りだろうとした貴族の一人を幕僚が制する。

 騎士たちも事の成行きを驚きの表情で見ていた。

 もう一人の貴族が声をあげる。

「ま、まさか、お前が本物の大公だというのか」

「本物も何も……大公は最初から一人しかおらぬ」

 薄く笑ったオレの顔を見て、二人の貴族はもはや蒼白だった。

「陛下のご使者殿には、別邸でゆるりと休まれてから、御帰還願おう」

 オレの一言で、なかば連れされられるようにして、貴族たちが運ばれてゆく。

「長い期間、命に従い、よくやってくれたな」

 見知った顔を見回しながら、オレは声をかけた。

 補佐官は感極まったように頷く。

「一日千秋の思いでお待ちしておりました」

「さあ、行こう。王との戦争の始まりだ」

 オレは大公領に着いて間もなく、異能の力を使い、牢獄で登用した者たちもすべてこちらに呼び寄せた。


 オレは賭けに勝った。

 王がオレの存在に気付くより早く、オレはこの地に辿り着くことができたのだから。

 そして、本当の戦いはこれからだ。

 オレが君臨し、オレが命令し、オレがこの領土を支配する。

 全てはオレの力量次第。

 オレの実力はどの程度か。

 どこまでいけるか――試してみようではないか。

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