主の帰還
修正版です。
草原の中に続く道を、がらがらと音を立てて馬車は進む。
オレの目の前には、実務交渉をする役人が二人。
どちらも貴族だというが、それほど身分の高い者たちではないようだ。
馬車を操る御者は一人。
馬車の前後には、護衛と監視の両方の役を得た騎士が各三名。
合計六名。
これがこの使者団の構成だ。
オレは髪も鬚もさっぱりさせて、こちらの世界に来た頃の容貌にすっかり戻っていた。
自分で自分の容貌に、懐かしさすら覚えた。
服装だけは、用意された装飾の多い貴族の装いに着替えさせられて、落ち着かないが。
名目上は大公なのだ。
長らくオレと狭い空間を共有している貴族たちだが、互いに会話らしき会話はない。
彼らにとってみれば、オレは形だけの駒。
オレを矢面に立てて、とにかく大公を表に引きずり出すことが目的なのだ。
「あ、あのう……」
御者が馬車をとめたので、それに合わせて、前後の騎士たちも馬の脚をとめる。
「なんだ、どうした」
応えたのは貴族だった。
「ずらっと……軍隊が並んでいるのが見えますが……。このまま進んでよろしいんで」
「なんだと。本当か」
そう言って、窓からのぞく貴族の目には、それらしき姿が見えなかったようだ。
「おい、そのようなものは見えんが」
「いえ、確かに見えますな。石壁の手前に整列しているのが見えます。ですが、こちらを攻撃する意図ではないでしょう。出迎えのための兵士ではないでしょうか」
騎士の隊長の言葉を受けて、貴族は眉をひそめた。
「誠か。……ううむ」
考え込んでしまった貴族の横で、もう一人がため息をついた。
彼らは最初から貧乏くじを引かされたと思っているからだ。
「進むしかなかろう。とりあえず近くまでゆるゆる進み、攻撃するそぶりを見せたら、即刻逃げるしかない」
「そんなことで間に合うのか。もし、大公とやらに謀反の意志があれば、我らは最初の餌食になるのだぞ」
言いあう貴族たちは再び黙った。
二人してオレの方をちらりと見る。
結局進むしかないのだ。
ここで引き返し、役目を果たさずに帰れば命令違反になってしまう。
オレは黙って知らぬふりをしていた。
「行きましょう。どうせ我らは捨て駒なのです」
貴族たちの小心に苛立つように、騎士が言い放つ。
彼らの返事を待つことなく、騎士は御者に合図を送った。
再び馬車ががらがらと動き出す。
町に近づくに従って、馬車の速度がぐんと落ちた。
貴族たちの顔はもはや真っ青だ。
馬車は速度を落としたまま、町中に入った。
誰もが黙っている。
街道にずらりと並ぶ兵士たちが次々と敬礼をしていく。
オレは窓から見えるその光景に、思わず目を細めた。
よく訓練されている。
オレの兵士。
そして、オレの領土。
どうやらすぐに殺されるようなことはないらしいと分かり、貴族たちは体面を取り繕うように、居住まいを正している。
まだ居並ぶ兵士に圧倒されているようではあるが。
馬車は建物の前で止まる。
「お前が先に降りろ」
貴族の一人がオレに向かって言った。
どうやらまだ怖いらしい。
オレは黙って頷き、外から開かれた馬車の扉から、ゆっくり降り立った。
騎士がこちらに来るのより早く、待ち構えていた幕僚たちがオレを取り囲む。
広場には親衛隊が整然と並び、見慣れた補佐官の顔が近付いてくる。
「お待ちしておりました」
親衛隊がこちらに向かって一斉に敬礼する。
振り返ると、すっかり顔面が蒼白になった貴族二人は騎士に守られながらも、呆気にとられていた。
そんな二人に向かってオレは声をかけた。
「ご苦労だったな」
貴族たちはまだ、事態が飲み込めずに茫然としている。
「大公はこのとおり健在である。これからも陛下に従い、この領土を治めていく。謀反する気など毛頭ない故、ご安心召されよと伝えるがよい」
とうとう貴族たちはぽかんと口を開けた。
「な、なにを言っているのだ貴様……」
そう言って身を乗りだろうとした貴族の一人を幕僚が制する。
騎士たちも事の成行きを驚きの表情で見ていた。
もう一人の貴族が声をあげる。
「ま、まさか、お前が本物の大公だというのか」
「本物も何も……大公は最初から一人しかおらぬ」
薄く笑ったオレの顔を見て、二人の貴族はもはや蒼白だった。
「陛下のご使者殿には、別邸でゆるりと休まれてから、御帰還願おう」
オレの一言で、なかば連れされられるようにして、貴族たちが運ばれてゆく。
「長い期間、命に従い、よくやってくれたな」
見知った顔を見回しながら、オレは声をかけた。
補佐官は感極まったように頷く。
「一日千秋の思いでお待ちしておりました」
「さあ、行こう。王との戦争の始まりだ」
オレは大公領に着いて間もなく、異能の力を使い、牢獄で登用した者たちもすべてこちらに呼び寄せた。
オレは賭けに勝った。
王がオレの存在に気付くより早く、オレはこの地に辿り着くことができたのだから。
そして、本当の戦いはこれからだ。
オレが君臨し、オレが命令し、オレがこの領土を支配する。
全てはオレの力量次第。
オレの実力はどの程度か。
どこまでいけるか――試してみようではないか。




