表裏
修正版です。
「よく耐え忍ばれた」
壮年の幕僚の言葉に、補佐官も頷いた。
そこは軍本部の会議室。
ごく一部の限られた者たちにだけ、大公が帰還する旨が知らされた。
補佐官が大公の元に配置される前から、壮年の幕僚は大公のことを知っている。
本国の戦争で妻も子も失った彼は、天涯孤独の身。
大公のことを、上官というよりはむしろ、身内のように感じていた。
この軍隊が彼の家であり、彼の家族であった。
「王をなんとかせぬ限り、閣下救出も叶わぬと思っていたが……。思わぬ幸運に恵まれたな」
彼は感慨深げに、補佐官に語りかけた。
会議室に集めらていた者たちは、席を立ち、それぞれの部署に戻り始めている。
そんな様子を見送りながら、補佐官も頷いた。
補佐官と彼の付き合いも長く、補佐官は壮年の幕僚には一目置いていた。
「閣下をはじめ、牢獄にいる主要な者たちがこちらに来るとなれば、一気に事が運びやすくなります」
大公の命を一手に引き受けていた補佐官にとっては、これは大きな変化になるだろう。
もちろん、良い意味でだが。
「ようやくそなたの肩の荷が下りるな」
彼がにんまり笑うと、補佐官は首をかしげた。
「どうでしょうね。しばらくは各所の調整に奔走しなければならないでしょう。大臣という職を与えられていても、長らく牢獄で生活していた者ばかりですから」
「だが、軍人ではない優秀な人材は貴重だ。我らは戦うことしかしらん」
「確かに。癖のある人物も多いですが、国造りには欠かせないでしょう」
補佐官は頭に大臣の面々を思い浮かべていた。
思い浮かぶのはどれも鬚をたくわえた顔ばかりだ。
「閣下がうまく束ねてくださるさ。そのためにも、ここまで無事に来ていただかければならない」
「その通りです。王軍の手の届かない場所に来るまでは、あくまで”王都からの使者”として迎える体をとらなければならない」
それはつまり、大公が大公領に入るまでは表立って護衛につくことができないということだ。
「王にしてみても、手をこまねいていた大公領の扱いを打開するための使者だ。扱いも”正式な大公”として来られるだろうから、形式だけでもそれなりの体裁は整えてくるだろう」
「体裁だけでは困るのですがね。下手なところから横やりが入らないことを祈るばかりです」
「……暗殺ということか」
「諸外国は、今回の使者をどれほど価値のあるものとして見ているでしょうか」
「それほど重要視していないだろう。あくまで国内の揉め事だ。今ここで使者に手を出したところで、諸外国に利益はない」
表向きはそういうことになるだろう。
真実を知る者でなければ――大公の正体を知らない者たちにとっては――これは大公領にとっての試練として解釈される。
だが、真実は真逆にある。
「領内においても、使者に手出しなく、丁重にお迎えすることを徹底しなければならんな」
「そうですね」
様々な最悪の場合を想定しながらも、二人の心は軽い。
主の帰還。
それは新しい大公領の幕開けでもある。




