使者
修正版です。
それは唐突に訪れた。
いつもは新人と食事を運んでくるだけの衛兵が、オレの独房の扉を叩いたのだ。
「正気で生きてるか」
何と答えたらいいのだろう。
「今さら何の用件だ」
考えるより早く、苛立ちが言葉になった。
「お呼びだ。出ろ」
用件は簡潔だった。
腹立たしさに反発したくなる気持ちを抑え、オレは素直に従った。
独房の前にのびる長い通路を歩く。
長く失っていた感覚にめまいがした。
オレは今、独房の外に出ているのだ。
通された小さな部屋で、一人の男が待っていた。
見たことのない顔だ。
「お前に役目を与えよう」
男はにやにやしながらそう告げた。
オレが何も答えないので、話を続ける。
「これがうまくいけば、独房から出してやっても良いというお墨付きだぞ」
どうだといわんばかりに、男はオレの反応を待っている。
ああ、そうかと思い当たった。
この男は、オレがありがたがり、喜ぶと思って待っているのだ。
だが、あいにくとそんな感情など欠片もない。
「どんな役目だ」
思い通りの反応がないことが気に食わなかったらしい。
男は一気に冷めた表情で、それでも内容を話し始めた。
オレは、その話が進むにつれて、腹の底から笑いがこみあげてきて仕方がなかった。
――王がオレを大公領に遣わす。
なんという茶番。
王はオレが例の大公だと気づかず、大公領には偽物の大公がいると思っているのか。
「大公領に行って大公の正体を暴き、報告すれば良いのだな」
「そうだ。大公を語る輩に直接会って、偽物の正体を確認できれば、自由の身だ。もし王都にまで連れてこれるのなら褒美まで下される」
「そうすれば、オレはどうなる。この大公という身分は保障されるのだろうな」
「それはどうかな。そこまでは聞いていない」
「……偽物の正体を確認すれば、自由の身だな」
「そうだ。それは保障する」
身分が保障されれば言うことはないが、高望みはするまい。
牢獄から出てしまえば、なんとかなるだろう。
「引き受けよう」
男はさも当然のように頷き、部屋の外にいる衛兵に声をかて、手続きを済ませる。
これからオレは大公領に向かうのだ。
このような形で牢獄を出ることは考えていなかったが……。
ようやくかの地の土が踏めるというわけだ。
武者ぶるいがする。
ついに主の帰還だ。




