薄氷の魔術師
修正版です。
石壁に囲まれた、さほど広くない部屋。
見る者が見れば分かる布陣が引かれ、横たわる者のいない石の台はひんやりと冷えている。
「なかなか集まらぬの、術師よ」
静かに威圧するような口調で語りかけられ、老魔術師は肝を冷やした。
「こればかりは……。異能者をこちらの世界に引き出すには他に方法はございませんので。それは他国も同じはず……」
「それはお主が無能だということかの」
さらに冷たく言い放たれて、老魔術師の心臓が縮こまる。
このままでは、用無しにされてしまう。
「引き出せるのは一度に一人。それは変わりませぬ。他にも魔術師がおれば、もっと多くの異能者を連れてくることもできましょうが、一人では限界があるのでございます」
「では、もう少しいいものが引き出せるよう、運気をあげる呪いでもしたらどうだ」
「はあ……」
老魔術師は額の冷汗をぬぐった。
この世界に魔術師は少ない。
誰でもなれるようなものではないからだ。
魔術師となるには素質があることが絶対条件な上、精神が擦り切れるような努力がそれ以上に必要となる。
だから、この世界の列強とされる国々はこぞって高待遇で魔術師を召抱えようと奪い合う。
この王都に召し抱えられたのはこの老魔術師一人だった。
王は魔術師を使って、異世界から異能者を集めている。
しかし、異能者の能力はそれぞれ異なり、異世界からこちらの世界へ引きずり出した異能者がどのような能力を持っているかは、引きずり出してしまうまでわからない。
王は即戦力となる異能者を求めているのだが、そういった特定の異能者を引き当てることは確率的にそう高くなかった。
王に従って、老魔術師も部屋をあとにした。
”運気のあがる呪い”などという子供騙しのような話は別としても、何か方策を考えなければならない。
自室にこもって思案したところだが、今日はこの後、国王も含めた大臣との会合がある。
「そうじゃ。ひとつそなたの意見も聞こうと思っていたことがあっての」
改めて声をかけられ、老魔術師はまだ何か責めを受けるのかと構えた。
「な、なんでございましょう」
「大公領の話は聞き及んでおるか」
「は、あの北の大国を制圧したとかいう貴族ですな。私なぞ、近頃その話ばかり耳にしますが」
「あれは、何とかならんかの」
「は……なんとかと申しますと……」
「かの大公とやらを呼びつけて、人となりを見てやろうと思ったのじゃが、何やら病気だか何だかと申して、こちらの求めに応じぬのじゃ。人にうつる病だと申してな。使者にも会わぬと申す。会わぬとなれば、なんとかして見てやりたいではないか」
「そうでございますな。あれだけの領土内を動かしておきながら、病というのも何やら奇妙な疑わしい話でございますな」
「魔術でなんとかならぬか」
「魔術で……でございますか……」
老魔術師は返事に窮した。
そんなものあるわけがないといえば、王の機嫌を損ねてしまうだろう。
しかし……。
老魔術師はすごい勢いで頭を回転させた。
――何か気の利いた返事をせねばならぬ。
そこで老魔術師は、はたと思い当たった。
「王、随分前に牢獄にやった異能者に、戯れで爵位をお与えになったのを覚えておられますか」
「異能者に爵位じゃと。そんなことをしたかの。したかもしれんが、してないかもしれん」
「確か大公の地位をお与えになった者がいたかと存じ上げます。その者を大公領に遣わして『やれこちらが本物じゃ、偽物に面会させろ』と、そう申させてはいかがでしょうか」
「それでどうするのだ」
「どうせ牢獄においておるだけの駒。病が移って死んでしまってもかまいませぬし、そやつを本物として、お飾りの頭に据え、事実上の直轄領としてしまうのも一策かと。お飾りに据えた本物の大公を、何かと理由をつけて処分し、領土を召し上げてしまうという策もございます」
王はしばらく思案していたが、ふうむと一息ついて、老魔術師を見た。
「牢獄におると思うしたが、そやつは生きておるのか」
「それは……。確認してみないことにはわかりませぬが、おそらく」
「そうじゃの……。ほれ、そこの」
王は、回廊に控えていた別の家臣に声をかけた。
はっ、と家臣が畏まる。
「これからこの魔術師が一策授ける故、そなた、申す通りに手筈を整えよ」
「はっ。かしこまりました」
とりあえず、首の皮がつながったようだ、と老魔術師は胸をなでおろした。
この策が実行に移されている間に、異能者を収集する方法についても何か策を考えておかなければならない。
この国王に召し抱えられてからというもの、彼の命は常に、薄い氷上に乗せられたままだった。




